始まる物語
月が変わり雨季に入った。
「編入生」が学園に通い始めてから半月。
雨の合間の晴天に恵まれ、学園では生徒会主催の歓迎パーティーが開かれた。
学園中央にある中庭はドレスアップした生徒に溢れ賑やかに、穏やかに会は進行していた。
そのメイン会場から離れた学園最奥「いつもの中庭」ではキャラスティを始めとした「悪役」と呼ばれる令嬢が仲良くお茶をしていた。
「キャラったら毎日放課後はどこに行ってるのかと思っていたけど、ここに居たのね」
「ここで私と出会ったのよねえ⋯⋯ふふ、なんだか昔の事みたい」
レイヤーは感慨深く辺りを見回す。テラードに連れられたキャラスティと出会ってまだ一ヶ月程度しか経ってない。ここでの出会いがなければ一人で断罪回避に奮闘していただろうし、こうして気兼ねない友人としてお茶をする事もなかったのだ。
「ねえキャラ、どうして私達をここに?」
ベヨネッタは不安気に中庭を見回す。
連れてこられた時、入り口に生徒が入らないように警備員が配置されていたがキャラスティとレイヤーは何事もなく通り過ぎたのだ。
踏み入れた中庭にはベンチとテーブルが置かれ、パーティーと同じ飲み物と食事、生徒会の物と思われる書類や荷物が置かれていた。
明らかにここは生徒会役員の休憩所として使われているのだとすぐに分かった。
レイヤーとキャラスティが生徒会と懇意にしているのは知っているが、だからと言ってわざわざベヨネッタとリリックまで連れてくる理由があるのかとベヨネッタが不思議そうに問い掛ける。
前日、キャラスティから「これからは何があっても守るから」と唐突に言われベヨネッタとリリックは顔を見合わせたばかりだ。それと関係があるのだろうか。
「ちゃんと、後で説明するけど、信じてもらえないかも知れない話で⋯⋯」
「もうっ。煮え切らないわねえ。何かあるの?」
「私達が「悪い事」をしない為なの」
キャラスティはまた訳の分からない事を言う。リリックが呆れた表情のままレイヤーに説明を求めた。
「レイ、どう言う事?」
「もう少し待って、意味が分かるわ」
レイヤーがカップを下ろすと中庭の入り口からテラードとシリルが姿を現しお茶をしている四人を確認して安堵の表情を見せた。
「会場でランゼ嬢が何者かに紅茶を掛けられた」
「彼女が言うには「水色」のドレスが見えたと言うんだ」
レイヤーは黄色のドレス。キャラスティ、リリック、ベヨネッタの三人は色をお揃いにした「薄水色」だ。もちろん水色のドレスは多くの人が身に着けている。それなのにわざわざ自分達を疑いに来たのかとリリックが訝し気にテラードとシリルを見ると視線に気付いたシリルが慌てて「疑っているわけでは無い」と否定するが附に落ちない。
「時期は違うけど本当に「シナリオ」通りなのね」
「起きるとは思っていたわよ。キャラ達をここに居させて良かったわ」
「何なのよ一体⋯⋯」
「会場に居たら私達の「誰か」が疑われたのよ」
「何で? 私達ランゼさんと知り合いでも無いのに?」
「私達が知らなくてもランゼさんは私達を知っているの」
何故知らない人が自分達を陥れる様な事をするのか。ベヨネッタが不安気にキャラスティを見ると「絶対守るから」と笑顔で返された。
今までのキャラスティは何処か「諦め」を持った雰囲気だった。最近は何かに「覚悟」を決めたかの様だとベヨネッタはキャラスティの手を握った。
「テッド兄、アレクス様が呼んでる。キャラスティ達も来て」
続けて現れたブラントに「さあ、行くわよ」とレイヤーが席を立つ。
「ゲーム」ではブラントはサポート兼隠し攻略対象者。メインの攻略対象者との関係を「友好」止まりにした場合、慣れない学園で令嬢達からの嫌がらせに負けず頑張ったヒロインにブラントは「ずっと見守っていた」と卒業式に告白する。
ブラントはその「ゲーム」の様に「ヒロイン」ランゼの学園生活をサポートをするよう指示が出されている。
要は、監視だ。
テラードから「ゲーム」概要を聞いているブラントは嫌がったが、レイヤーとキャラスティの為だと宥められ編入した日からランゼに付いていた。
「連れてきま──」
「あっ! 貴女! 貴女達だわっ! 私のドレスをこんなにしたのは!」
「ランゼ様おかわいそうに⋯⋯」
「私達が付いてますわ」
友人達に慰められていたランゼが叫ぶとキャラスティ達に視線が向けられた。
染みが広がってしまったドレスの裾を握り締め、潤んだ瞳のランゼに寄り添っている令嬢は強い視線だ。
その姿に「友人が出来て良かった⋯⋯」など余計なお世話だがキャラスティは奔放なランゼに友人が出来た事に誰彼構わずに攻撃的では無いのだなと冗談抜きで感動していると「ぽやっとしないのっ」とレイヤーに背中を小突かれて我に返った。
視界の端に不機嫌そうなアレクス、不安気なレトニス、心配気なユルゲンが見える。
「⋯⋯ご苦労。全員に聞いているのだが、ランゼ嬢が何者かに紅茶を掛けられた。君達は、何処に居た?」
一見、眉間を寄せたアレクスの表情は折角のパーティーを台無しにする出来事に不愉快そうに見えるが、予めアレクス達にパーティーで起こりうる事態を話していたキャラスティ達には「聞いていた事」が起きた事に対する驚きの表情だ。
険しい表情のアレクスに事が起きた時刻はレイヤーと別の所で談話していた。学園の警備員が証言してくれるだろうと説明するが、ランゼは犯人はキャラスティ達だと益々声を荒げた。
「都合よく警備員が居るわけないでしょ! 嘘よ! 私は見たんだから「水色」のドレスを!」
──嫌がらせ(紅茶)──
イベント発生:学園のパーティーで攻略中の対象者のライバル令嬢から「紅茶」を掛けられる。
攻略中の対象者だけでなく全攻略対象者の好感度が上がる。
ランゼの訴える嫌がらせはこの事だ。警戒して離れていて良かったとキャラスティは安堵する。
震えているベヨネッタをリリックに任せてキャラスティは後ろめたい事は一切ないのだからと毅然としてランゼの前に出た。
──やるしかない。
「ランゼさん、私達は貴女に紅茶をかける様な無作法な事はいたしません。それに、人前で取り乱すなんてそれでも貴族の令嬢ですか?」
「なんですって!? 失礼じゃない!」
「ただ水色のドレスを身に着けていただけで大勢の前で犯人だと晒されて、先に失礼を行ったのは貴女です」
レイヤーに特訓された「悪役令嬢」の笑みを作りキャラスティはランゼに凄む。
自分は多少の化粧で飛び切りの美人にはなれない事は分かっている。それでも貴族令嬢だけでなく女性にとってはドレスと化粧は武装だ戦闘服だ。やり切るしかない。
キャラスティがレイヤーをチラリと見ると飛び切りの美しい悪役令嬢然とした仕草で扇で隠した口角を上げた。
もし、ランゼがレイヤーを狙いとしたらこの役はレイヤーが担った。さぞ迫力のある素晴らしく美しい「悪役令嬢」が演じられただろう。見られないのが残念だ。
「貴族社会は何処で陥穽に嵌められるか分からないのです。ですから、私達は「あらぬ疑い」を掛けられない様、警備員が私達を確認できる場所に居るようにしてました。「自分の身を守る為」にです」
キャラスティが腕を組み、流し目を送るとランゼは後退り友人にしがみ付く。
「そうだ」とキャラスティは心で自分の言葉に同意する。落とし落とされる貴族社会。
自分を守れるのは自分だけなのだ。自分が守ってあげなくて誰が守ってくれるのか。
対峙したキャラスティとランゼに騒つく生徒達の間を警備員が通り抜けアレクスに報告しているのが見えた。
キャラスティに小さな笑みを見せてくれた一人はアレクスの護衛のジェイコフだ。
──この辺で「悪役令嬢」のフリは終わりかな。
「アレクス様、私の友人が疑われた、という事は私も貴方に疑われているのですか? 悲しいですわ」
優雅に泣き真似をするレイヤーに苦笑を溢しそうになったアレクスが「パンっ」と手を鳴らす。
「報告を受け取った。確かにキャラスティ嬢達はこの場に居なかった。数名の警備員が証言している。よって、この件は我々が預かる」
アレクスの宣言にポロポロと涙を流すランゼは儚く弱々しく映るはずなのに。「ゲーム」ではランゼの言葉を信じたアレクス達が「悪役令嬢」達を責めていたのに。それなのに責めるどころか「悪役」の言葉を信じた。
「なんでなんでなんで」とランゼは繰り返す。
学園に入った半月の間にアレクスを始めとした生徒会の面々からランゼに話し掛けて来ていた。
やはり自分は「ヒロイン」なのだと確信した。
──遭遇イベント──
──登下校イベント──
──校内案内イベント──
校内イベントをこなしたのだから「好感度」が上がっているはず。
「好き」状態で扱われたいからと「瞳」と「ブローチ」の力も使った。
パーティーで嫌がらせをされればまた「好感度」が上がるはずだった。
うまく行かない。何故うまく行かないのか。「ゲーム」ならここで「悪役令嬢」達が嫌がらせをして来るはずだった。普段も、パーティーが始まっても「悪役令嬢」は一向に嫌がらせをして来なかった。これでは「好感度」が上がらない。
嫌がらせをされないのなら、作り出せば良い。
焦ったランゼは自ら紅茶をドレスに溢した。
なのに、うまく行かなかった。
──悪役のくせに憎らしい!。
「ランゼさん、今日のパーティーは貴女を歓迎する意味のものです。ドレスをお着替えになって楽しんで下さい」
ランゼが悔しさに俯きながら友人達と着替えに立ち上がると楽団が演奏を始め、生徒達は其々に散ってダンスをしたり談笑したりとパーティーの続きに戻って行った。
「悪役」になり切れないキャラスティにレイヤーがポツリと「キャラらしいわね」と零すとアレクス達は微かに頷く。
化粧をしていつもより綺麗だとは思う。が、それだけではなく普段とは違う先程の笑みは妖艶で艶やかな表情も出来るのかと目を見張った。
ランゼを見送り安堵の息を吐いたキャラスティは情けないような、おずおずとした笑みを浮かべて振り返った。
キャラスティの態度の落差にケラケラと笑うリリックから「キャラったらいつの間にあんな顔する様になったのよ」と揶揄われて恥ずかしさに「忘れて!」と戯れ合うのは、いつものキャラスティだ。
「お疲れさま。「悪役令嬢」の表情は中々のモノだったわねえ」
特訓の成果が出たとレイヤーは嬉しそうに揶揄う。
鏡の前で何時間も「悪い笑顔」の練習をしたがレイヤーがやると迫力があるのにキャラスティがやると迫力が無い。「もっと自信を持って!」と言われても表情筋が強張り引き攣り笑いになる始末だった。
ならば「悪い笑顔」では無く、「艶然と微笑む」特訓に変更した。「もっと無理だ」と嘆くキャラスティに艶の出る化粧を施せば様になると毎日化粧の研究をしながらの特訓だった。
「キャラ、さっきのアレ、俺に向けてもう一度して?」
「レトニス⋯⋯に突っ込みを入れたいが俺もアレはクルものがあったな」
「僕にも! なんかお姉様って感じだった」
「滅多に見られないとなると貴重だな」
「⋯⋯悪くない。俺も、もう一度見たい」
「や り ま せん!」
アレクス達の追い討ちを掛ける感想に真っ赤になるとボソリと呟き、リリックとまだ震えているベヨネッタの手を引いてキャラスティはその場を離れた。
一つめの「嫌がらせ」を回避した。
まだ一つめだ。キャラスティは「いつもの」中庭に向かいながら先が長いと溜息が出るのを押し殺した。




