『閑話』サクラギとキャラスティのクリスマス
※クリスマスの夜なのに台無しだわっ! ⋯⋯ッピ
※誰がこんな事を⋯⋯ッピ
※犯人はあなただ! ⋯⋯ッピ
「オイっサクラギ! デスクの片付けは終わったのか?」
「このゲームが最後でーす」
バタバタと慌ただしいフロアを眺めながらサクラギと呼ばれた女性は軽く欠伸をして背を伸ばした。
この会社は年度末を待たず今年中に解散する。
今日は十二月二十五日。今夜、この会社最後の作品恋ラプ発売祝いとクリスマス会と忘年会と解散会を一気に執り行う。
自分の荷物は全て片付けた。後は飲んでお終い。
サクラギが同僚達を待ちつつ、やっているゲームはこの会社に入って最初に手掛けた恋愛サスペンス物。
携帯機用に製作したノベルゲームだ。
「何事もやってみるものだわね。最初は誰でも拙いものなのよ」
「懐かしいのやってますね」
片付けを終えた「グンジ」も手持ち無沙汰に同僚達を眺めていた。
「先輩、いつ帰るんですか」
「んー? 来月かな。会社は解散するけど残務処理あるし」
「そうでしたね。俺、来月から新しい所なんです」
「そっか、グンジはゲーム業界残るんだったね」
グンジは違うゲーム会社に、サクラギは地元に帰り違う職種に就く。社長が解散するお詫びに希望者には職を斡旋すると有言実行してくれたおかげで何とか次の仕事はあるのだ。
「クリスマスの飲み会で残念だね。一緒にサイレントナイトする子いないの?」
「は? 忙しくて作れませんよ! 先輩だって⋯⋯」
「私は飲めればそれで良い」
キリっと断言するサクラギは相変わらずだなと苦笑するグンジにふと寂しさが湧き上がった。クリスマスを過ぎれば七日で正月だ。あっという間に来月になる。
「先輩、あの⋯⋯正月ですけど、こっちに居るなら、初詣、行きませんか?」
「なんでクリスマスに正月の話をするのよ」
ケラケラと笑うサクラギに「ダメですよねやっぱり」とグンジは肩を落とした。
「良いよ。地元に帰ったらこっちにはほとんど来なくなるだろうし」
「本当ですか!? 約束しましたからね!」
「ハイハイ」と軽く流されたがグンジはガッツポーズする。
先輩には弟の様にしか見られていないのは分かっている。でも、これからは同僚でも先輩後輩でも無い。
「っしゃーっ! さあ、皆さん行きましょう! ジングルベルです!」
声を張り上げたグンジに同僚達が驚いて顔を上げた。一人また一人と急かされフロアを追い出されていく。
「なんだ、あいつ。なんかあったのか?」
「初詣行く約束しただけですよ」
「ほー⋯⋯。そうかそうか、やっと、か」
部長が「クリスマスに初詣に誘うのはズレてるけどな」と呟きながらサクラギを急かす。
「クリスマスに会社の飲み会で残念だな⋯⋯って、サクラギは飲めれば良いんだったな」
「よくお分かりで」
誰もいなくなったフロアの電気を消すとシン⋯⋯とした寂しさが残る。セキュリティを掛けて部長の後を急ぐサクラギがフラついた。
「おいおい、これから飲むのにもう酔ってるのか」
「冗談よしてくださいよ。立ちくらみです」
「さあ、行きますよ。飲むぞー」
クリスマスが過ぎて正月、サクラギは約束通りグンジと初詣に行きそこで「クリスマスプレゼントです」とスノードームを渡された。
小さな鉱石を花に見立て、男の子と女の子が星を二人で持っているフィギュアの周りを金と銀のラメが舞う。
「⋯⋯グンジ、クリスマスに正月の話をして正月にクリスマスプレゼントって⋯⋯おかしいだろうよ⋯⋯でも、ありがとう」
初詣から半月後、サクラギは地元に帰った。
グンジは版権を買い取ってくれた会社で恋ラプの続編が製作され始めると手伝いに行き、一年後に発売された時は元同僚達と久しぶりに会って進行具合やプレイ感想を語り合った。もちろんサクラギに続編を送り、やり取りは続いた。
グンジとサクラギは連絡を取り合う関係のまま一年、ほぼ進展はしなかった。
グンジがサクラギに再会したのは続編の発売からさらに一年経ったクリスマス。
ベッドの上でも相変わらずのサクラギとの再会だった。
ベッドテーブルには二年前のスノードームが飾られていた。
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キャラスティが「夢」を見始める前。
学園に通うレトニスから「聖夜祭」への誘いが届きキャラスティとリリックは揃って王都のトレイル邸へ遊びに来ていた。
ハリアード王国の一年の安寧を祝う「聖夜祭」は十二月二十五日。昼間に式典が行われ、夜には飾られた街のあちこちで歌と踊りで賑わうのだ。
「あっち見てみたい」
「ねえ! こっちの食べたい」
二人はあっちだこっちだと見たことのない品々にはしゃぐ。
急に立ち止まった二人がジャグリングを披露している道化師に魅入れば、危なげなパフォーマンスに声を上げたりしていた。パントマイムをしながら近付いた道化師が二人の前で掌を開くと「ポンッ」と小さな双子の人形が現れ、おずおずと差し出したキャラスティとリリックの掌にどうやったのかトコトコと移動させる。
嬉しそうに貰った人形を見せ合う姿がまた可愛らしく呼び寄せて良かったとレトニスの頬が緩んだ。
「何か買って、少し休もうか」
「さっきのワッフルサンド食べたい」
「私、喉が乾いたわ」
ワッフルサンドを三種類とソーダ水を手に公園で休憩すると其々を三等分して交換して腰を下ろした。
「来年は二人とも王都に来るんだよね?」
レトニスの何気ない言葉にキャラスティの顔が曇った。
「うん⋯⋯。そうなるみたい」
「キャラってば家から離れるの嫌なんだって。私が一緒に来るって言ってるのに」
「たまに来るのは楽しいけど、なんとなく不安なのよ」
「俺も居るんだから不安になる事はないよ」
じっ⋯⋯とキャラスティに見つめられてレトニスは戸惑う。ワッフルサンドのクリームが付いているのか、何かおかしいのか、顔は赤くなっていないか。
クスクスとリリックが笑う声が聞こえる。
「やめなさいって、レト兄様が困ってるじゃないの」
「あっ、ごめんなさい。悪い癖よね」
「う、うん、無闇に人を見つめたらいけないよ。その、勘違いされるから」
ドギマギとする背中をリリックに小突かれてレトニスは咳き込んだ。
「そうね、レト兄様が居るんだよね」
「そうだよ。だから心配する事は無いし、早目に来て慣れるのも、良いんじゃ無いかな」
「⋯⋯私も居るけど?」
「分かってるっ!」と頬を紅潮させたキャラスティがリリックをタシタシと叩く。そのままレトニスが巻き込まれ三人は戯れあった。
少し前にリリックはレトニスからキャラスティが気になると相談を受けて驚きと嬉しさに目を丸くしたばかり。
かと言って協力してくれとは言われていない。意地悪からではなく、もう暫くは三人で居たいとリリックはぎゅっとレトニスとキャラスティを抱きしめた。
夕暮れになると街中のランタンに火が灯り、冷たい風が通る街が橙色の暖かい光に包まれ、あちこちから歌や演奏が聞こえ始めた。
「寒いけど綺麗ね」
「うん⋯⋯来年もキャラとレト兄様と一緒に見られるかな」
「来年も一緒に見ようよ⋯⋯あのね、これ⋯⋯」
ランタンの灯りを見ながら馬車での帰り道。キャラスティとリリックはレトニスから「今日の思い出に、プレゼント」と袋を渡された。
赤いリボンで止められた袋の中身は小さな鉱石の花畑で男の子と女の子が星を二人で持ち、金と銀がユラユラと舞う、スノードーム。
「スノードーム! ありがとうレト兄様!」
「スノードーム、だ。レト兄様ありがとう」
「三人で、お揃いなんだ」
トレニスが照れながら自分用のスノードームを出して三つ合わせる。
「綺麗ねっ」
「でも、私達レト兄様に何も用意してない」
「良いんだ。二人が遊びに来てくれた、それがプレゼントだよ」
「そうだ!」とリリックがポケットから道化師に貰った人形を取り出す。「そうね!」とキャラスティも人形を取り出した。
二人が顔を見合わせて頷き、レトニスの掌に乗せて可愛らしく笑う。
「双子だから一緒に居させてあげて」
「じゃあ、こっちがリリーでこっちがキャラだね」
「⋯⋯レト兄様、ちょっとそれは引く⋯⋯」
「えっ⋯⋯そんな」
「冗談だってば」と笑うリリックと拗ねたレトニスが騒いでいる傍でキャラスティはスノードームを車内のランプにかざして見つめた。
ユラユラと落ちる金と銀。星を持った男の子と女の子。
理由は分からないが「懐かしい」気がするのだ。
「やだ、どうしたの!?」
「うん? 何が?」
「キャラ⋯⋯違うのが良かった?」
心配そうな二人が歪んで見え、涙が溜まっている事にキャラスティは気付く。慌ててハンカチで押さえるが間に合わなかった粒が落ちた。
「違うの、嬉しいよ。⋯⋯何でだろ」
「嬉し泣き?」
ぎゅうっとリリックがキャラスティに抱き付きレトニスが頭を撫でて来る。嬉しいのも本当だ。
何故かスノードームが嬉しくて「懐かしい」。
「欲しいものがあったらちゃんと、言うんだよ」
「コレが良いの。大切にするね」
小さなスノードームをキャラスティは胸に抱く。
お互いがまだ、ただの幼馴染だった。ずっと幼馴染でいられると思っていた。
この聖夜祭から間もなくして、キャラスティは「夢」を見るようになるのだった。




