おつまみは懐かしの味
「美味しかったんだ⋯⋯そうなんだ。美味しかったんだ。ふうん⋯⋯」
部屋に訪れたレイヤーは「久し振りに懐かしい味を堪能して来たわ」とライムとミントを漬け込んだ水を飲みながら時折り頭を押さえていた。
昨日、キャラスティが寮に着いた頃マッツとリズの酒場「ノース」に生徒会の面々とレイヤーが集まっていたと言う。
仲間外れだとレイヤーに抗議をすると「未成年だから」と答えられ、キャラスティはそれを言われたら「反論のしようがない」とむくれた頬を摘まれ、「だから話に来たの」と、迫力のある笑顔を見せるレイヤーに目を瞬かせた。
つくづくレイヤーは悪役令嬢が似合う。
「昨日ね──」
話し出したレイヤーは少しだけ含みのあるような表情をした。
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アレクスの元にジェイコフからの報告が届いたのはセプター商会の報告書に目を通している時だった。
街へ出ている友人達に「何かあったのか」と報告に来た騎士に聞けばキャラスティが池に落ちたと言う。一緒に居た「レトニスとユルゲンは何をしていたのか」と疑問を投げれば騎士は言い淀んだ。
悪ふざけで落ちたのならわざわざ報告に来ない。
アレクスはテラードとシリルに使いを出すと出掛ける用意を始めた。
シリルがアレクスの呼び出しを受け取ったのは丁度マッツとソレント邸で納品の打ち合わせをしている時だった。街へ出ているキャラスティ達の事について生徒会室へ来いと言う。打ち合わせついでにマッツの店へ行くつもりだったシリルはマッツに場所の提供を頼み、テラードに「ノース」で落ち合う様使いを出してアレクスを迎えに学園へ向かった。
テラードはアレクスの呼び出しに出掛ける用意をしていた所にシリルの使者が続けて訪れ「ノース」へと行き先を変えた。
ブラントに帰りは遅くなると声を掛けにテラスを覗くと驚いたことにレイヤーが訪れていてブラントを捕まえてお茶をしており、「助けてくれ」との視線を受けつつもキャラスティ達に何かあったらしいと伝えるとブラントは察したように頷き、聞いていたレイヤーは「私も行く」と付いて来る事になった。
先に「ノース」へ着いたのはテラードとレイヤー。少し遅れてアレクスとシリルが一人の騎士風の男を連れてやって来た。
互いの事情と理由を交換し、騎士風の男、ジェイコフが公園での出来事とキャラスティを寮へ返したと報告すると一様にグラスを持つ手が止まった。
「ジェイコフ、レトニスとユルゲンを連れて来てくれ。まだ街に居るだろう」
「御意」
ジェイコフを見送った四人は顔を見合わせて互いの神妙な表情に苦笑を溢した。
小さく息を吐いたアレクスが眉間を押さえながら考えを纏めるように言葉を紡ぐ。
「正直⋯⋯理解し難い。二人らしくない振る舞いだな⋯⋯」
突然現れた少女はランゼだ。三人は記憶に新しい桃色の少女だと確信する。
ランゼは髪留めを取ろうとキャラスティを池に落とした。池に落ちたキャラスティをレトニスとユルゲンは見捨てた。到底「正気」とは思えない。あり得ない。
「テラード、前に変な事を言っていたな「瞳」を見るなと」
「理由は分からないがブローチを着けたランゼ嬢とその瞳には不思議な力が有るらしい。⋯⋯俺は、その時ランゼ嬢の事しか考えられなくなった⋯⋯」
テラードは理由を知っている。ランゼは「祝福」の瞳とネバーエンディングモードの「ブローチ」の力を使えるのだと。
アレクスに「ゲーム」のシステムだと言えれば楽だが「ゲーム」と「前世」から説明をして理解をしてもらう必要がある。それには時間が足りない。
「影響され掛けた」後ろめたさからチラリとレイヤーを見ると呆れた顔をしながらも彼女はテーブルの下でこっそりと握り拳を作っていた。
──へぇー、影響されたんだあ。一発入れてあげるわよ?
──いや、今は影響は切れてるっ! ヤメテクレ。
コソコソ話す二人を訝しげに思いつつもアレクスが「不思議な力」にレトニス達も影響されたのかと眉間の彫りを深くした。
「にわかに信じ難い話だ⋯⋯そんな「魔法」の様な⋯⋯」
「あの時のテラードは何処か存在が薄くなった気がした。もし、本当にそんな力を持っているとしたら⋯⋯危険ではないか?」
人を操れる「不思議な力」。そんな力を「有力者」相手に使われたら「国」が混沌としてしまう。
現時点ではテラード、レトニス、ユルゲンに使われた。彼らも次期侯爵と言う「有力者」だ。
「セプター男爵とランゼ嬢について調べる必要があるな」
頷き合う三人を眺めてレイヤーは溜息を吐いた。
ランゼが正攻法で彼らを攻略するのなら邪魔をせず見守り、好きに惹かれ合ってくれと期待をしていたが、甘かったのだろうか。
攻略は相手の「好感度」だけではなく、自身のパラメーターを上げなければならないのにランゼはブローチと瞳を使い一時的に「好感度アップ」をしているだけだ。
テラードなら「気配り」「魅力」「品位」
シリルなら「運動」「気配り」「癒し」
ユルゲンなら「魅力」「芸術」「運動」
レトニスなら「芸術」「癒し」「品位」
アレクスなら「品位」「芸術」「運動」「魅力」「気配り」「癒し」
「ゲーム」では、六つのパラメーターを攻略対象者に合わせて上げる必要がある。ゲームでさえも相手に合わせた「努力」をしなければならなかった。
現実はそんなパラメーターは無い。「努力」は自分自身の為にするものだ。
──面倒な子がヒロインになっちゃったのね。
「お連れしました」
ヤキモキしながら待つ時間が過ぎ、ジェイコフの声に一同の緊張が見えた。
連れて来られたユルゲンは泣きそうに、レトニスは呆然とした様子だ。
新しい飲み物とつまみが並びアレクスが「何があった」のかと聞くが、二人は「分からない」と首を振るだけで要領を得ない。
ジェイコフから聞いた話を伝えても「あの時」の事は全く覚えが無いと繰り返すばかり。
アレクスはランゼの持つ「瞳」と「ブローチ」の力で操られていたのだろうと仮説を立てたと話すと、黙ったまま聞いていた二人は「信じられない」と言う表情を浮かべたが、つい先程に自身が体験して来た「不思議」に「納得が行く」と悔しそうに零した。
「責めているわけではない、お前達が会ったランゼ嬢が関わっているのは確かなんだ」
「僕、キャラちゃんに謝りたい」
「⋯⋯キャラはどうしている? 怪我は?」
「安心しろ怪我はない。ジェイコフの話だと気丈だったらしい。お前達を思いやっていたそうだ。彼女らしいな⋯⋯」
レトニスは伏せた目を瞑った。気丈に見えたのは分かっていただけだ。レトニスが「ゲーム」に影響されるとキャラスティは分かっていた。だから「諦め」られているのだと目の奥が熱くなる。
「それで、来月からランゼ嬢は学園に来る。テラードの件、そして今回レトニスとユルゲンの件、彼女がなんらかの関わりがあると見て生徒会として他に影響が出ない様に注視してもらう事になる⋯⋯どうすれば良いのかは現時点では分からないがな」
「あ、ちょっと良い?」
いつの間にか空になったビールのグラスが五つ並び六杯目とヤキトリを手にレイヤーが口を挟んだ。
レイヤーの存在を忘れ掛けていた五人がギョッとして気付き、並ぶグラスを見るその目は「飲み過ぎだろ」とでも言いたげだった。
「ランゼさんが学園に来たら、アレクス様達の方からキャラに関わらないで欲しいの」
「⋯⋯何故だ? レイヤー」
「今の話、ランゼさんはキャラの事嫌ってるみたいじゃない? 髪留め取ろうとしたり、池に落としたり? アレクス様達がキャラに構うとまた何かされるかも知れないでしょ?」
いきなり「関わるな」と言われアレクス達の表情が曇った。
「そう言えば、親友にするならレイヤー嬢とクーリア嬢って言ってたよ。知り合いなの?」
「知らないわよ。そんな事言っていた?」
「爵位が高いからって⋯⋯」
「うわぁ⋯⋯打算的ぃ⋯⋯」
「⋯⋯まあまあ、レイヤー嬢、今後キャラ嬢がどうして欲しいか聞いてからでも良いだろう」
テラードが手をヒラヒラと振りレイヤーを制した。
ランゼは自分達に近付こうとしている。そこにキャラスティが居れば傷付けるかもしれない。それならば距離を置くのが妥当だ。
それでも其々が口にはしないがキャラスティに友人として「離れ難い」気持ちを既に持ち始めているのもテラードは理解している。
ここで無理矢理離れろと言っても納得はしないだろう。
沈黙が流れる中レイヤーだけは懐かしいヤキトリとギョウザを堪能しつつビールが進む。
──私達が避けてもランゼが「ゲーム」攻略の為に近付いて来る事はあるだろうけど。
レイヤーは気まずい空気を見回してランゼの「ゲーム」攻略で自分やキャラスティが「悪役」を演じる事になっても、アレクス達と築いた「友好」の関係は最悪な「断罪」だけは回避させてくれるのかも知れないと肩を落とす彼らの姿にクスクスと笑った。
「ふうん⋯⋯ふふっ。成る程成る程、そんなにキャラを気に入ってたのかぁあ。そうかそうか。ふふふっ」
「⋯⋯レイヤー、飲み過ぎだ」
「モテモテねえ。でもねえ、キャラって去るもの追わずな所あるのよねえ。ただでさえ身分違いに拘ってるものねえ。一番攻略難しいのはキャラかも知れなーい。あははっ」
「コウリャク⋯⋯?」
疑問を浮かべた三人と不機嫌を浮かべたレトニスに苦笑したテラードがレイヤーを宥めながら「帰ろう」と呼び掛けたのを合図に「ノース」での会合がお開きとなった。
「あーっ味はちょっと薄いけどヤキトリとギョウザにビールは最高っ!」
「レイヤー嬢、あいつらを煽るのも程々にしてくれよ⋯⋯」
テラードの溜息混じりの呟きをぼんやりと聞きながらレイヤーは良い気分のまま帰宅し、翌朝頭痛に起こされた。
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「⋯⋯と、まあ、ランゼの事は生徒会が動くらしいわ。一応関わるなって言ってみたけど」
「煽ったのねレイ⋯⋯」
「飲み過ぎた」とレイヤーは水を飲み干して一息吐いた。
道理で朝からアレクス達からの「見舞い」の品が届くわけだと、キャラスティは生けられた花と菓子を見て攻略される側のアレクス達が「攻略」に来ている構図に頭を抱えた。
「見舞い」は花であったり、菓子であったりと断り辛いさり気ない物だ。頭が痛いのは添えられたカード。
一様に各家への招待が記されキャラスティは酒が入ってないのに悪酔して来た。
──侯爵家でも気が重いのに、王宮なんて⋯⋯無理。
「あらら、アレクス様達火が付いちゃったのね。あっテラード様までしれっと招待して来てる」
「火が付いた、じゃないわよ⋯⋯レイが付けたんじゃないのっ。どうするのよ⋯⋯」
キャラスティがレトニスのカードを手にして溜息を吐くと、心配そうにレイヤーが覗き込んだ。
「⋯⋯レトニス様はなんて?」
「アレクス様達と同じよ」
「そっか⋯⋯」
話を終えると時間は昼に差し掛かっていた。
寮の食堂で良いなら一緒に取るかと誘うが「二日酔いで食欲が無いから帰っておとなしくする」と言ってレイヤーは帰って行った。
一人になってキャラスティは改めてレトニスのカードを開いた。微かにレトニスの香水が香る。
アレクス達と同じではない。
レトニスのカードにはただ一言「ごめん」と書かれていた。




