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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第一章 始まりの前

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南の侯爵と東の侯爵

 翌日、宣言通り現れたユルゲンとレトニスの表情は正反対だった。


 上機嫌で普段何をしているのか、何色が好きか、どんな人が好みか、好きな人はいるのか⋯⋯質問攻めのユルゲンと、いつもなら必要以上に牽制するのにたまに眉間を寄せるだけの不機嫌なレトニス。

 「牽制するなら今でしょう!」とキャラスティは恨めしくレトニスを見やるが悩まし気に見返されるだけで何を我慢しているのか何故今、我慢をするものがあるのか。頼りにならない。


 流石に昨日の今日での外出は後ろめたいものがある上に、どうしてこうも連続で攻略対象者達と関わってしまうのか溜息を吐きそうになるのをキャラスティは我慢していた。


「ねえねえ、レトニスとはどんな関係? 僕たちって卒業するまで婚約者は決まらないんだけど候補だったりするの?」

「関係⋯⋯ってただの幼馴染ですよ。それに、四大侯爵家の婚約者候補は伯爵位以上ではないですか?」


 貴族史の授業で北のソレント、南のベクトラ、西のグリフィス、東のトレイル。四つの「砦」と呼ばれる侯爵家が出てきた。

 四家は古代、王家の始祖ハリアードの兄弟達、ソレント、ベクトラ、グリフィス、トレイルが各地に散らばったのが始まりだとか。

 大まかに言ってしまえばハリアード王国貴族の流れは古代ハリアード王に繋がって行くが、現代になると王家直系、公爵家、四大侯爵家が古代からの血が色濃い程度だ。

 その血をなるだけ濃いものに維持する理由で王家、公爵家、四大侯爵家の子孫を嫡子として認めるのは基本的に伯爵位までの家との子とされているのだ。


「古い制約だよね。他にも他国へ旅行に行くのに目的と同行者を「国」が了承しないと行けないとかさ」


 ぷーと頬を膨らませる仕草をしたユルゲンは実年齢より幼く見える。今日は橙色の髪を無造作に流し、長めの前髪をポンパドールに上げて可愛らしい。


「ねえ、これから行くアルバート洋品店って二人の親戚なんだって? 早く言って欲しかったなー。今までになかった技法の生地とデザインが評判なんだってね、楽しみなんだ」

「⋯⋯ラサーク家独自の品を扱っているのはアルバート洋品店だけだ」

「へ? キャラちゃんの実家? どんな人がデザインしてるの?」

「⋯⋯目の前にいるだろ」

──喋ったと思ったら余計なこと言わないでー!


 「前世」への嫌悪感から憎々し気に呟くレトニスとは対照にユルゲンから期待に見開かれた視線を向けられてキャラスティは強張った。

 デザインと技法なんて「こんな風」と伝えただけで大層なものではないし、全く新しくも斬新でもない。「前世」で見た物を形にしているだけなのだ。


「す、ご、い、よ! 何で名前を出さないの? もっと表に出せば良いのに」

「好きじゃないんです。目立ったり噂されたりするのが」


 生徒会の面々と居る事で目立つような事態になっているのに矛盾していると言われてもどうでも良い。本心は目立ちたくない。嘘偽り無い気持ちだ。


「貴族社会の探り合いも噂も持ち上げられるのも苦手なんです」

「キャラ、それ位にしなさい。ユルゲンもこれ以上聞かないであげてくれないか」

「⋯⋯ふぅん。平凡なんだね」


 「平凡」で何が悪い。こんな平凡娘を華々しいユルゲン達が気にする意味が分からないと言われたら「自覚している」とでも返そうかと、ユルゲンの好みの記憶をキャラスティは探る。

──明るくて天真爛漫、ノリが良くて可愛い女の子──

 どちらかと言うとリリックの方が合いそうだ。

アレクスの時は結果的に好感度が上がってしまったが、アレクスが惹かれる理由とは反対の行動を取るようにした。ユルゲンには取り繕う必要もない程に自分は全く好みに引っ掛からない。


 攻略対象者情報を浮かべ安堵の息を吐いたキャラスティはまた「ゲーム」かと察したレトニスが眉を寄せたのに気付き、視線を逸らした。


「⋯⋯分かるよ。でもさ、本当に凄い事なんだよ! 楽しみだなあ」


 ユルゲンが一瞬だけ真面目な表情をしたように見えたが直ぐに笑顔になった。彼の呟きは聞こえないフリをした。


 アルバート洋品店の前で馬車を下ろしてもらい、ショーウィンドウを覗くとアイボリーに薄黄色の薔薇を捺染し、重ねたオーガンジーレースに金糸でアラベスクの刺繍を散らばらせたドレスと、黒に黒紫色の薔薇が捺染され、裏地は黒紫、襟と袖口、上着の裾とボトムスの裾にアラベスクを刺繍したタキシードが飾られていた。

 やはり華やかな場に出るには捺染だけでは物足りなく、模様を捺染した生地に刺繍や宝石で装飾を施して豪華に仕上げてもらった。

 総刺繍で模様を付けていた頃よりドレープが柔らかく表現されている。想像より良い仕上がりにキャラスティは満足した。


「もう出来たんだ」

「柄は入っているけど、総刺繍⋯⋯じゃないな」

「何これっ! 黒だけど黒じゃないの? ねえ、よく見たいんだけど!」


 ユルゲンの気持ちはよく分かる。キャラスティも近くで見たいと早る気持ちで茶色の扉を開いた。

 カランっとドアベルが軽快に鳴る。


「こんにちわ叔父様っ!」

「ん? キャラか、いらっしゃい。やあ、レトニス君、と、そちらは⋯⋯」


 アルバートは心なしか焦げ茶色の髪が乱れて疲れた顔をしていた。何があったのかと店内を見回すと作業台にサンプル生地が広げられカウンターには受注票が散乱している。


「ユルゲン・ベクトラです。アルバート洋品店に是非、来てみたくて同行させていただきました」

「ベクトラ⋯⋯ああ、お世話になってます。染色の植物はベクトラ侯爵家の統括品なんですよ」

「そうなんですか! 嬉しいな。評判の店の品にウチのが使われているなんて」


 南の地域を統括するベクトラ侯爵家は南の温暖な気候に咲く鮮やかな植物、果物、海の産物が主な産業だ。東の地域では七割方南の地域から植物を購入している。

 楽しそうにアルバートとユルゲンが花を咲かせている側でキャラスティは気になっていた作業台を片付け始めた。生地見本がクシャクシャのゴチャゴチャだ。


「叔父様、何だか疲れてない? ここも散らかってるし」

「ここの所注文が増えてさ。捺染生地が評判よくて。嬉しい事なんだけどね」

「あの、今日はキャラのドレスと俺達のモーニングコートを仕立てに来たのですが難しいですか?」


 レトニスの言葉にアルバートが「聞き間違いか」と言いたげに瞬きする。キャラスティに視線を向けると「そうらしい」と頷かれて瞬きが止まらなくなった。

 数日前に拗れそうだった二人に何があったのだろうか。


「い、いや、仕立ては問題ないよ。トレイル家に連絡する所だったんだけど、スラー家も捺染を始めてもらう事になってね、受付が僕の店だけだから集中してるだけだよ」

「あの! 僕、ショーウィンドウのタキシード試してみたいんです!」

「ありがとうございます。新しいフォーマル用生地での仕立てなんですよ」


 ショーウィンドウからドレスとタキシードを外すついでにアルバートは入り口に「貸切」の札を掛けた。お得意様や重要な人物を接客していると周知し、入店を控えてもらう表通りのルールだ。


 タキシードに袖を通したユルゲンが「⋯⋯軽い」とつぶやいたのをキャラスティは心の中でガッツポーズする。

 総刺繍よりもかなり軽くなると思っていた。形を保つ硬めの接着芯を試してみたが思惑通りのシルエットが浮かんでいる。

 

「僕、これで仕立てたい。アルバートさん! この生地で三人分お願いします」

「えっ、ユルゲン様っ」

「ありがとうございます。パターンはこちらになりますがどれにされますか」


 ユルゲンがショーウィンドウと同じ生地で三人お揃いで作りたいと言い出し「二人だけ揃いにすれば良い」との抵抗虚しく、支払いは二人からになる結果、揃いでの仕立てをお願いする事になった。


 黒地に、ユルゲンは栗色、レトニスは深緑。裏地はそれぞれの捺染と同色。

 どちらも捺染色は黒を強めている為、遠目で見ると微かに赤味のある黒と緑味のある黒に見える。二人に近付ける人だけが柄に気付ける染め方だ。

 キャラスティは薄水色に白縹で薔薇の捺染。ドレスはオーガンジーレースを重ねず、裾と袖のレース部分に刺繍を入れてもらう事にした。

 三着ともアラベスクの刺繍は銀糸に変えた。


「二週間程で出来るかな。仕上がったらトレイル家に届けようか?」

「請求書も服もベクトラ家の方に届けてください。ウチが支払います」

「では、ベクトラ様にお願いします」

「ユルゲンで良いですよ」


 アルバートが伝票の控えを手渡すと「女の子は良いよねードレスは色んな形あるんだもん」とユルゲンが起こされたデザインを拾いボヤく。


「⋯⋯確かに男性は殆ど同じですね。だから、生地の色やパーツの切り替えで遊べると思うんです。僕はそれがしたくて洋品店を始めたんですよ。新しい染色をする様になって幅が広がって楽しいんです」


 職人を監督する立場ではなく、職人と創りたい。それがアルバートが貴族を辞めた理由の一つ。


 アルバート達は話しながら応接室に二人を招き入れ、キャラスティにお茶の用意を頼んだ。

 アルバートは聞きたいことがあると視線をレトニスに送って笑顔を作った。

 ユルゲンが居るから大人しいのか、「何か」あって大人しいのか。アルバートはそこが聞きたい。


「さて、ここからは叔父としてなのだけど。レトニス君、何かあった? 今日は随分と大人しいじゃない?」

「な、そ、そんな事は、ない、です」

「僕も思ってたよ。何? キャラちゃんと何かあった?ん?」


 尋問開始とばかりに詰められレトニスは不貞腐れて話し始めた。


「エガル、執事に押すばかりじゃなく引けと⋯⋯我慢しろって⋯⋯その⋯⋯言われたので」

「あーっそっかレトニスはキャラちゃんが好きなんだもんねー」

「ばっ⋯⋯か、ユルゲン! アルバートさんの前で──」

「うん。知ってるよ?」


 「ダダ漏れだもん君」とアルバートとユルゲンが笑いレトニスは青ざめ項垂れた。確かに今まで隠そうとは確かに思っておらず、誰もが分かるくらいの事をしてきた自覚はある。避けられたまま離れられる方が怖かったのだ。考えなくともバレバレだ。


「目立つ事嫌いって言ってたし、レトニスのやり方じゃ悪手だよー」

「⋯⋯叔父としては嬉しい事けど⋯⋯キャラが妾だとか愛人になるならば、反対させてもらうよ」


 冷静な口調で厳しい視線を向けられ「それが出来る子だからさせたく無い」とアルバートの言葉に二人が強張った。

 自分達は四大侯爵家。古い制約ではあるが正妻は伯爵位までの家から迎える事が基本とされている。


「君達は「特別」だからね」


 キャラスティは「特別」では無い事を自覚している子だから、愛人だろうが妾だろうが「そう言うものだ」と受け入れる子だとアルバートは続けた。


「⋯⋯そうだったね。「特別」ってのは本当に窮屈だよね⋯⋯」


 レトニスはエガルに釘を刺され好意を出す事を我慢している。

 温和なアルバートが厳しい表情を浮かべている。

 ユルゲンも普段の軽い調子とは違う。


 キャラスティはいつもの彼等とは違う雰囲気を応接室に入れないで何事かと覗き込んでいた。


──私って運動神経だけじゃなくタイミングも悪いのか⋯⋯。


 以前、図書室で出るに出られない場に遭遇した記憶は新しい。


「でも、まあ、キャラは結構面倒臭い子だから頑張りなよ」

「アルバートさん、それをこの話の流れで言いますか⋯⋯」

「好きなものは仕方ないよねー。そうそう、アレクスも最近キャラちゃんの事気になってるみたいだよね? レトニス大変だねえ」

「⋯⋯はい? ユルゲン君、アレクス様って⋯⋯」

「王子様、でっす!」


「きゃーっっ!!」


 キャラスティが悲鳴を上げると同時に「ああーっ!」とレトニスが頭を抱えた。

 「何しているんだキャラはーっ!」とアルバートも頭を抱えた。


「思った通りだ。キャラちゃんだけじゃなくキャラちゃんの周りは面白い事だらけだ」


 三者三様頭を抱えた景色を満足気に見回したユルゲンだけが愉快そうに笑い声を上げた。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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