悪役の令嬢は攻略中?
「まず⋯⋯テラードとシリルが付いていながら申し訳なかった」
──あ、これは流れ的に「王族が頭を下げるのは──」って、言わなきゃダメかな。
仕切り直し開口一番、アレクスの謝罪に続いてテラードとシリルが頭を下げた。
上位の者が下位の者に頭を下げたり謝罪などは行ってはならない、常に上位は「正しい」と言うのが習わしだ。だからこそ、常に間違いを起こさず品行方正を望まれ限りなく聖人君子である事を求められている。
中には自らを律する事なくただ上位だと言うだけで「自分は正しい」と歪曲し、いたずらに下位を貶め好き放題を始める輩も少なくない。特に王族や上級貴族にその気の衒いがあるが、彼らは違う。
事実が自分に非があり、間違いであるならば、非を認め、間違いを認め、謝罪する。上も下もなくそれは知性のある人として持っていなくてはならない心魂だ。
「本来なら、「私の様な身分の低い者に頭を下げたりなさらないで下さい」と、言わなくてはならないのでしょうが⋯⋯有り難く受け取らせていただきます」
「身分などと⋯⋯言わないでくれないか」
「いいえ」とキャラスティが答えれば5人の表情が曇る。
「上下は何処にでもあるものですから。皆さんは責任ある立場ですし、上位の方々が「謝れる」人であれば下が安心して付いていけると言うものです」
己を律した上司なら信頼もするし頼りにもするものだ。謝ってばかりいるのはそれはそれで信頼できないが、「謝れる」と「謝ってばかり」は違う。
「前世」で社会人でもあった記憶を探ればこの世界の貴族社会は「前世」の会社組織に似たものがあると思っていた。さしずめCEOが王様でCOOが上級貴族、中間管理職が下級貴族、従業員が国民か。
本来は役職や地位がある本人以外は「立場」はあっても「地位」は無いが、子供や妻や旦那が血の繋がり、家族というだけなのに自分にも「地位」があると勘違いして権力を振りかざす辺りも似ている。
「私もぼんやりしてました。面倒をお掛けしまして申し訳ありません」
キャラスティは面倒事を起こしたと言われる前に自覚しているとアピールする。
「面倒を放置していたから起きた事だ。君が被害に遭って、漸く国が動くのだから⋯⋯守れなくて申し訳なかった」
悲痛な表情をしているシリルに謝罪されキャラスティは目を瞬いた。また「側室を守れなかった」などと言い出すのかとハラハラしていた自身を猛省する。「もう、やめましょう」と静止すれば複雑そうな視線を向けられた。
いつまでも謝り合っていても進まない。先を促すとやはり「人攫い」の問題は王都で貴族が被害に遭うまでは重要視されていなかった。
地方から平民子女や下級貴族子女の行方不明の報告があっても家出や駆け落ちだと放置していたのだ。その件数が半年ほどで急に増え、無視出来ないレベルになり、王都でも市井の子女が行方不明になり始めた。
それでも動かない「国」に対して国民の不満が溜まりつつ有った所に貴族の端くれ、キャラスティが被害に遭う。
キャラスティを攫った二人組は夜中の内に王子直轄の騎士団に捕まった。彼らは自分の身内が行方不明になり訴えたが何もしない「国」に対して不満を募らせ「反王制組織」に属したばかりだという。
「貴族が被害に遭えば無視できない」と丁度良さそうな貴族学園の生徒を狙った。
廃屋に放置したのは危害を加えるつもりがなく、ひと騒動起きればいいと。
「組織がどの程度の大きさなのかはこれから調査する事になったが、彼らは入ったばかりで聞き出せる情報は少なそうだ」
「それで⋯⋯」とアレクスが言いにくそうに言葉を紡ぐ。
何もしない「国」に対して不満が募るのも当然だ。誘拐の罪を犯したが身内が被害に遭っている同情もある。そこで「貴族を攫った」罪を不問にするとした。
「国」、「王族」と「上級貴族」の怠慢が露見しない様、貴族が被害に遭ったから動いたと国民に取られるのを避ける為に決まった方針は、王都で「貴族の被害は無かった」と言う事だった。被害に遭ったのが上級貴族ではなく下級貴族で「国」を左右する貴族ではないからだ。
先に「身分」でアレクスが引っ掛かった理由はそう言う事かとアレクスを除いた四人が嫌悪を浮かべた。
「⋯⋯彼らを行方不者捜索を王族に直談判した勇気ある国民とし、国民の為に「国」が動くシナリオだ。保護をする体を取り、「反王制組織」への牽制もある」
「⋯⋯キャラに我慢しろと?」
「えー酷くない?」
「俺とテラードが守れなかったのにか?」
「シリルとテラードは⋯⋯偶然にも彼らと会い俺への橋渡しをした、と言う事になっている」
「それが上の意思ね⋯⋯」
上層部で決められた話は聞いていなかった四人が驚きと落胆を浮かべた視線をアレクスに向けると苦渋の表情で頷かれる。
それが一番大事にならないものだ。
おかしな叱られ方をしたが「ゲーム」ならと考えてしまうのは仕方がない。
「人攫いイベント」は無事に助けられた後、犯人達が捕まり数珠繋ぎで「反王制組織」が暴かれて行く。発端となったランゼは攫われても逃げ出し「反王制組織」の情報を「国」の為に報告する。上級貴族も勇気ある令嬢だとランゼを絶賛する流れだ。
そうはうまく行かないのが現実だ。
またも「丁度良い」との理由で攫われて「無かった」とされた。
内心キャラスティはほっとした。
危険がないと分かっていた。ただ自分の運動神経が鈍いだけの理由で逃げ出すのが遅くなっただけだと。
大事になれば実家に報告が入り心配をさせてしまっていたのだから。
「行方不明者、攫われた人達の捜索はしていただけるんですよね。なら、「無かった」事にするのが最善です」
「また、身分が⋯⋯か?」
「そうですねえ。私なんかが皆さんに心配していただけた。それだけで身に余る光栄です」
気の毒だ、可哀想だ、健気だ、貴族の矜持かと憐みの視線を受けるが居心地が良いものでは無い。
そんな殊勝なものでは無い。大事にならなければそれで良い。
「アレクス様、お話いただいてありがとうございます。被害に遭った私が良いと言う事で「手打ち」にしてください」
「て、うち?」
キャラスティはパンっと音を立てて手を打つ。「あっ、この表現は無いのか」とキャラスティがテラードを見ると「くっふ⋯⋯っ」とテラードが吹き出した。その仕草はサクラギが良くしていたもの。
キャラスティは「前世」を思い出してから時々「先輩」が出て来る様になった。性格も人格も全く別人なのに。
嬉しく思うテラードとは反対にレトニスは不愉快そうになる。
「キャラ⋯⋯どう言う意味?」
「えっ、あ、意見の違いを「和解」するって⋯⋯私は「良い」アレクス様達は「良くない」って意見の違いが続くなら被害者の私の意見を聞いてもらって「この話はお仕舞い」にしてって⋯⋯うぅ、レト、そんな目で見ないで⋯⋯欲しい」
レトニスの視線は「前世」で言うところのチベットスナギツネの目だ。この世界で似た動物だと、細目キツネが近いかも知れない。
「ゲーム」を嫌っているレトニスは「前世」も同じ様に嫌い始めている。
レトニスは溜息を吐いて頷いた。
「キャラもこう言っている事だし、上層部が決めたなら俺達は何も出来ないだろ」
「しかし⋯⋯っ、キャラは本当に良いのか?」
「はい。良いです」
「やっと終わる」。キャラスティは開放感に頬が緩み意図せず会心の笑みだ。
向けられた笑顔にアレクスが驚いた様に肩を跳ねさせ、寝不足の赤い目で笑顔を作ったキャラスティに目を細めた。
「君は⋯⋯」
やってしまったと思ったのも後の祭り。
アレクスが何故か頬を染め、レトニスが頭を抱え、テラードが笑い出し、シリルがまた何故か頷く。
一人、「面白くない」と憮然とした表情のユルゲンが零した。
「僕まだ何処にも一緒に出掛けてないんだよっ! ねえ、次は僕!」
「いや、ユルゲン持ち回りで連れ出しているわけでは⋯⋯」
「それなら俺も⋯⋯だ」
ユルゲンの発言に呆気に取られている中でレトニスが便乗して来た。いや貴方は改めて出掛けるでもなく最近はほぼ一緒に居るだろうと呆れて見るも「ゲーム」に拘る仕返しだとばかりに意地悪気に微笑み返された。
「ユルゲン様、無かった事になるとしても事が事ですし外出は⋯⋯それに、私は特に面白くも無いので──」
「そんな事ないよ? そうだ、パーティーの服、仕立てに行こう。今なら街は騎士団が目を見張らせてるから反対に安全じゃないかな」
「なら、アルバートさんの所へ行ってみるか」
「ええっ!? ちょっと待って」
「アルバート洋品店? 今、注目されてるところいる所だよね! 決まり。明日は休みだし、迎えに来るからね」
「無かった」とされてたとしても、流石に昨日の今日ですぐ外出するのは如何なものか。
キャラスティの抵抗虚しく南の侯爵に異を唱えることが出来るはずもなく、勝手に話が進む。
「ドレスは俺が用意しようと思っていたんだが⋯⋯」
アレクスの言葉に「いやいやいやいや、貴方の場合は出処は国庫、税金でしょう」とキャラスティが青ざめる。
「いや、お詫びに俺とテラードで用意するつもりだったんだが別に考えるか」
「だなぁ。怖い目に合わせた訳だし。折角好みが聞けると思ったんだけどな」
シリルが残念そうに別のお詫びを用意すると言い出しテラードは下心が丸見えだ。
──考えない様にしていたけど、順調に攻略してる気がする⋯⋯。
誰かに助けを求めようにもここに居る人達は頼りになるどころか揉め兼ねないとキャラスティは肩を落とした。




