再会は北酒場
──番犬の様な人だ。
テラードからの頼み事は「また」街へ着いて来て欲しいと言うものだった。
一度は断った。二度目も断った。三度目にシリルから「絶対に守る」と誓われ、その熱意が恥ずかしく「止めて欲しい」と言っても引かず、承諾してしまった。
車道側はテラード、店舗側はキャラスティと配置を決められ、シリルはずっと三歩下がった位置を維持している。
彼は一体何から「守る」つもりなのだろうか。
「なあシリル、お前の知り合いの店ってどこだ?」
「もう少し先の「ノース」と言う酒場だ」
頼みを承諾したのは「酒場」に連れて行ってくれると言われた魅力も大きい。飲む事はできなくてもキャラスティの中の「サクラギ」が是が非でもと騒いだのだ。
「ねえ⋯⋯先輩、成人したら昔、みたいに⋯⋯一緒に飲みに行ってくれない?」
「勿論、こちらからお願いします。あ、でも今の私は「先輩」じゃないですよ」
「⋯⋯先輩だよ。俺だけの呼び名なんだから」
ヘラっといつもの笑顔を見せるテラードが一瞬にして顔色を変え足を止めた。訝し気にシリルが「どうした?」と後ろから声を掛けて来るのにキャラスティは首を傾げて答える。
テラードのいつもの穏やかさが消えたその顔が険しさに変わり、視線を追うと桃色の髪の少女が苺色の瞳を大きく見開き駆け寄って来てくるのが視界に入りキャラスティは思わずシリルの背後に隠れた。
こう言う時こそ「守って」いただきたい。
シリルが前へ踏み出してくれたが恐らくランゼはキャラスティが見えても「見えない」と思われる。
ランゼは瞳を輝かせ勢いのままテラードの腕に絡み付き、はしゃぐ姿はとても愛らしい。
「きゃあっ! テラード様! シリル様! 昨日はアレクス様に会ったし、やっぱり思った通りになるみたい」
「⋯⋯君は?」
テラードは「知っているが初対面」の少女に面食らう。想像していた「ヒロイン」とは程遠い。
──やけに、幼い。
この世界では今、17歳のはずだ。本来なら16歳からスタートする「ゲーム」だが、設定、シナリオ通りでは無い部分が多く、「もしかしたら」と期待していた。
しかし、この「ヒロイン」はこの世界を知っている。それも「ゲーム」として。「ゲーム」の通りになる世界だと。
「あ、そっか。ランゼです。ランゼ・セプターです。もう、またブローチ着けてないのにっ。ひどいなあ。急いで着けてくるから」
言いたい事だけを言って走り去るランゼが見えなくなってキャラスティは安堵する。
またおかしな事を言われたら堪らない。
「ランゼ・セプター⋯⋯転入生か?」
「そうらしい」
「⋯⋯前にお前は「面倒ごとが起きなければ」と言っていたが、彼女には少し気を付けておくべきだな」
「ああ、ハズレて欲しかったけどな」
呆気にとられていた二人が溜息を吐き、振り向いてキャラスティに手を差し出す。「急ごう」とシリルに引かれれば頷くしか無かった。
ランゼが帰ってくるまでに立ち去ろうとする二人の足の長さで足早に歩かれるとキャラスティは付いていくのが精一杯だ。そろそろ辛くなってきた頃「ここだ」とシリルに言われた店はハーブの店を通り過ぎた中通りの南側。
「南側にあるのにノースなんだな」とテラードが鉄製の吊り看板を見上げて呟く。
同じく見上げ「確かに」と呟きを返せばシリルが「尊敬する人の店だ」と藍色の瞳を細めた。
扉にクローズが掲げてあってもシリルはお構いなしに開け、店内に呼びかける間キャラスティは店内を見回した。
酒の匂いに包まれた店内は中央に巨大な木を切り出したテーブルと壁に沿って四人掛けと六人掛けのテーブル、酒瓶が並ぶ前にカウンター席。
装飾が殆どされていない理想の大衆酒場だ。
「わりぃ、もうちっとまて──って、をうっ! シー坊じゃねえか」
「ご無沙汰してます」
シー坊⋯⋯。うっとりと店内を見回していたキャラスティは店主に挨拶をしなければと振り返り、目が合った店主とキャラスティが暫し互いの爪先から頭までをしげしげと見合えば、みるみる破顔する。
「ををっ!? お嬢さんか?」
「マッツさんっ!」
「おいっリズ! 来いっ! 直ぐに来いっ」
「なんだい、間に合わなくなっちまう──ありゃ? キャラスティじゃないか」
「リズさんっ!」
フワリとした香水が近くなり抱きしめられたキャラスティはリズを抱き返して再会を喜んだ。
「知り合いだったのか?」とシリルに問われ、二人と出会った経緯を話すと、あの日の叔父、アルバートと同じ「裏通りに行ったのか」と渋い顔をされてしまったが。もう過ぎた事だ。
マッツの出身はソレント領で昔はソレント侯爵家の騎士団に所属していた。怪我をしてからは子供の頃のシリルの指南役をしていたが騎士団を辞めた後は王都に出てリズと出会い、酒場を始めたと言う。
助けてもらったお礼もまだしていない事を恐縮しているとアルバートが飲みに来てお礼は済んだとマッツが名前を下げたボトルを指差しニンマリとした。
「それで、シー坊今日はどうした」
「はい。来月学園でパーティーがあるので飲み物の手配をお願いしたいのです」
「うちにか? 貴族様のパーティーならもっと高級なもんがいいんじゃねえか?」
シリルが今回は市場調査を兼ねて中通りの店から手配する旨を説明するとマッツは快く引き受け、必要量の打ち合わせが始まった。
彼らが仕事をしている間キャラスティは暇になる。
リズに何か手伝えないかと声を掛けると調理場に呼ばれ下拵えの手伝いをさせてもらえる事になった。
鶏肉を一口大に切りスパイスを予め混ぜた小麦粉を揉み込んで注文時に油で揚げる唐揚げのタネ作り、野菜を切り乾燥トウガラシと一緒に酢に漬け込んだりと二人で手分けして準備する。
──ビールにはギョウザが欲しいな。後ヤキトリも。
リズにギョウザとヤキトリは出来ないかと聞くが知らないと答えられ覚えているギョウザの作り方、ヤキトリの作り方を書き出し、両方焼く料理だから準備段階で個数を用意して置けば揚げるより油の量を控えられて早く提供出来る物だとリズに作って見て欲しいとお願いしてみた。
ギョウザの皮は強力粉と薄力粉があるなら熱湯で捏ねれば作れる。中の餡は材料を全部みじん切りにして混ぜて作る物だし、ブタニクとキャベツだったり野菜だけでも十分に美味しいはずだ。この世界にはお酢が有るのだからタレは酢で充分だ。
ヤキトリは鶏肉とナガネギでネギマは作れてもタレに必要な醤油がこの世界には無い。少し味が薄くなるが胡麻と塩とレモンでタレを作っても良いかも知れない。
──ビールと一緒に試したい⋯⋯。
「へえ、これはビールに合いそうだね。明日試してみるよ。ねえ、貴族ってのは料理するのかい?」
「上級貴族はしないと思います。私の家ではたまに、作ってました」
「どうりで中々手際いいと思ったんだ。⋯⋯で? どっちなんだい?」
「⋯⋯? どっち、って何がですか?」
「それとも、この間の黒髪の子?」
「黒髪の⋯⋯えっ! リズさんっ違います誰も違います!」
「本当に違うのかい? それとも隠してるのかなあ? 誰にも言わないからさあ、言っちゃいなよ」
「本当ですっ!」
楽し気な声が調理場から漏れ聞こえて来る。
「間に合わないって言っといてアレだ。よし、揃ったら学園に納品すれば良いんだな」
「よろしくお願いします。代金はその時に支払います」
「をうっ。⋯⋯なあシー坊、テラード、一杯やって行くか?」
ニヤリとしてマッツが二人を誘う。
酒場に来て一杯せず帰る事は端からあり得ないと意味を込めて「勿論だ」と二人は頷いた。
「あっ! ズルイ」
三人が乾杯すると、調理場からキャラスティがつまみを持って出て来て騒いだ。
トレーを乱暴にテーブルに置くと恨めし気な視線をテラードに向けて文句を垂れては茶化し返されて渡されたノンアルコールのジュースをキャラスティはぶちぶち言いながら口にする。
「随分と仲が良いな。で、お嬢さんは誰なんだ?」
「ん? 師匠、キャラスティ嬢はキャラスティ嬢だ」
「そう言う事じゃねえよ。前の黒髪か? テラードか? シー坊か?」
「グッ⋯⋯ま、マッツさんまで。誰も、違います!」
夫婦揃って同じ事を聞くものだとキャラスティは咽せた。
酒場のネタは貴族の誰と誰がから王家のゴシップ、市井の井戸端会議レベルまで噂が集まる。雑談からこうやって集めるのかと感心したが聞かれても答えようの無いものは困る。
シリルは驚きテラードは愉快気に「で? 誰?」など追い討ちで茶化す。
「誰でも無いだろ? キャラスティ嬢はアレクスの、そく──」
「わっー! あーっ! それも違います!」
シリルの中ではまだ「側室」だと思っているのかとキャラスティは言葉を遮り否定する。「絶対に守る」とはアレクスの「側室」を「絶対に守る」との意味だったのかと血の気が引いて貧血を起こしそうだ。
「どうして誰も彼も恋愛に結びつけるの⋯⋯」
「そりゃ、「俺達」が恋愛ゲームとして作ってたからな」
テラードは「それもそうだけど⋯⋯」と項垂れたキャラスティの頭をわしゃっと撫でた──のをシリルが振り払いテラードを睨む。
「アレクスの側室候補に触れるなんてテラードお前は何を考えてるっ」
「ほおー⋯⋯お嬢さんは王子様の側室になるのか」
「えらい玉の輿に乗ったね」
「な、な、なっ、なっ、何をっ言ってるんですかーっ!! 違いますっ!」
マッツとリズに拍手付きの祝福をされてキャラスティは大慌てする。酒場には噂になったらあっという間に王都に広まってしまう拡散力がある。ありすぎるのだ。
「シリル様、違うって何度もっ! テラード様もっ! 否定してくださいっ!」
最早半泣きだ。「何が違うのだ?」と首を傾げるシリルに何度も「違う」と否定する。思い込むにも程がある。
「ガンバレ、センパイ」
「テラード様⋯⋯」
「ん? ⋯⋯⋯⋯っ! イッテェっ」
何をガンバレと言うのか。
恋愛ゲームを作った「前世」の自業自得ではあるが半分はテラード「グンジ」のせいでもあるとキャラスティはしおらしくテラードの手に縋ったフリをして思いっきり手の甲を抓った。




