初めましては突然に
学園の催しでしか見掛けない王子様は威圧的で自信家で厳しい口調と眼光。所作の一つ一つが洗練された美しくて強くて遠い人。
近くで見る王子様は話しかけるには勇気が要する近寄りがたい雰囲気ではあるが、どこか人間味のある人だった。
「無理を言って正解だな。直接来てみたかった」
「ええ、本当に無理を通されました⋯⋯」
あちこち連れ回されやっと落ち着いたのはアレクスがどうしても来たかったと言う中通りにあるハーブを使ったケーキと紅茶の店。
さっぱりした後味がとても美味しく、お土産にクッキーでも買って帰ろうか、ハーブを育ててみようかとキャラスティは遠い目で現実逃避をしていた。
昼を兼ねたお茶会にアレクスが現れ、彼は居合わせたキャラスティを「丁度良い」からと誘った。
失神する勢いで血の気が引きレイヤーに助けを求めたが「光栄な事よ」と令嬢スマイルを返されキャラスティは絶望した。
王子様の誘いを断れば家の評価が下がる、付き合いに失敗したら家の存続が危うくなるとレトニスに縋れば「俺だってまだ二人で出掛けたことがない!」と見当違いな事を怒り方をして頼りにならないとキャラスティは二度絶望したのだ。
──レイは絶対面白がってる。
「来月の休暇前に編入生歓迎パーティーを予定していてな、昼間の催しだからここのハーブケーキをと考えているんだ」
「宜しいかと。ケーキ自体が控えめな甘さなので飲み物は甘いものを用意した方が良いかもしれません。こちらのハーブ料理はアルコールにも合うかと思います」
「⋯⋯もう少し打ち解けてくれないだろうか」
中庭に居たキャラスティが「丁度良かった」のはレイヤーは目立つ美人で、街に出るには自分とでは余計に目立つ上に婚約者候補達が騒ぐだろうと考え、「王族に相応しい爵位の令嬢」ではなく、街に溶け込めるからだ。
「だが」とアレクスは眉を寄せる。
確かにキャラスティは目を見張る美人ではないが美人だと思うのに充分な素質を持っているのに何処か自信が無さ気なのが気になった。
──レトニス達とは楽しそうだったのだが。
離れた所でヤキモキしているだろうレトニスに視線を向けると不貞腐れて居るのが見える。
全くの二人きりで街に出たわけではなく距離を置いてアレクスの護衛三人とレトニスとテラードがついて来ている。
テラードから聞いてはいたがキャラスティが関わると感情が豊かになるものだと友人の新しい面が面白いとアレクスは自然に笑顔になり笑いが溢れた。
「⋯⋯何か失礼をしましたか?」
「いや、俺とでは楽しくはないか?」
「答え辛い事をお聞きにならないで下さい。王子であるアレクス様に楽しくないとは答えられません」
「楽しくないと答えているではないか⋯⋯」
変装し、金色の髪を茶色のカツラで隠しても綺麗な金色の瞳は隠せない。金色が寂し気に細められてキャラスティはドキリとする。
「楽しくない訳ではなく、緊張している、だけで、ケーキは美味しくて街歩きも楽しいです」
「なら良かった」
「ご安心ください。街に連れて来てもらった事もケーキをご一緒にさせていただいた事も勘違いしてアレクス様を困らせる様な事は致しませんので」
「何故、そんな事を?」
「⋯⋯声を掛けていただいたのも私が上級貴族ではなく、平凡で街にいても目立たないからですよね」
思惑を見透かされたアレクスの瞳が見開かれた。
──それで自信が無いように見えたのか。傷付けたのだろうか。
気遣いの視線を向けたアレクスの考えなどつゆ知らず、キャラスティは焦っていた。
自分に自信が無いのは元からだ。それよりも問題なのは攻略対象者に街歩きを誘われる「イベント」を起こしてしまっている。
──街歩きイベント──
条件:好感度「友好」状態。アレクスの場合ライバル令嬢の誰かと「友好」。
イベント発生:攻略対象者から街で生活をしていた事があるヒロインは「街に溶け込みやすい」と誘われる。
帰りにレイヤーが現れ「身の程知らず」と罵られる。
成功判定:髪留め
ライバル令嬢の攻略対象者との好感度は「友好」が最低ライン。
ここで浮かれてアレクスに印象を良くしてはならないし、悪くしても家に迷惑を掛けてしまう。
攻略対象者達は「ヒロイン」の貴族ではあり得ない行動に惹かれて行くのだから貴族としてアレクスに接する事を徹底しなくてはならないのだ。
上級貴族の様な所作は苦手だがこれでも貴族の端くれだと街を歩いている時もケーキを食べている間もキャラスティは気が抜けなかった。
「傷つけたのなら謝ろう、確かに目立たない様にとは考えていたが平凡、が悪いことではない」
「いえ、そんな傷付くだなんて畏れ多い事です。平凡でいいんです。寧ろ平凡で居たいのです。ただせめて私を連れ歩くことでアレクス様が恥ずかしくない様にしようと。それだけです」
平凡と言われて愛らしく怒り、貴族らしからぬ行動と、感情を露わにする「ヒロイン」にアレクス達は好印象を持つ。ならば平凡を強調し貴族らしく接すれば良い。
「その場に合った態度。と言うものは必要です。場にそぐわない振る舞いは相手と周りに失礼ですから。どんなに普段の自分が平凡でも相手に含む感情があってもです」
「⋯⋯何か俺に対して含みがあるのか?」
「そこ拾いますか?⋯⋯ありませんよ。畏多いです」
押し笑いをするアレクスに失言だったと思いながらキャラスティは紅茶を飲み終え、あと少しだと気合を入れる。
後は帰るだけだ。幸いレイヤーが現れ「身の程知らず」とは言わない。成功判定の髪留めもつけて来ていない。
無事に終わりそうだとレトニスとテラードの方を見るとテラードが手を振りレトニスはまだ不貞腐れていた。
「⋯⋯レトニスの機嫌がこれ以上悪くなる前に帰るか」
「はい。あの、友人にお土産を買いたいのでアレクス様はレトニス様とテラード様と一緒にお帰り下さい」
「送り届けるまでは付き合ってもらうぞ。菓子を包んでもらっているから学園に戻ったら渡そう」
「それは申し訳ないです。自分で──」
「お礼だ。受け取っておけ」
いつの間に手配していたのか菓子袋を手に店の出口に立つアレクスの護衛にさり気なく頷かれキャラスティは遠慮の言葉を飲み込んだ。
アレクスに促されて店を出たキャラスティが早く終わってくれとはやる気持ちを抑えながら馬車止めへと向かう途中。アレクスは「妹への土産を買う」と雑貨屋に入り一つの髪留めを購入した。
キャラスティが首を傾げながら王族が身に付けるにはガラス玉より本物の宝石が良いのではないかと問えば「普段使いをしてもらえる物が良い」とアレクスは答えた。
「勿論、相応の場に出る時は相応の物を身に付けてもらわなければならないが、贅沢な物が好きではなさそうだ」
「可愛らしいんでしょうね。お兄様からのお土産は喜ばれると思います」
「だと、良いな」
照れ臭そうに笑みを溢したアレクスにこうして接してみると、王族に対して失礼なのだろうがアレクスも普通の男性なのだとキャラスティは「絶対に喜びます」と微笑み返した。
再び雑貨屋を出てもう直ぐ馬車止めだと言う花屋の角を曲がる時、「殿下っ!」と小さくもハッキリと聞こえる護衛の声にキャラスティがアレクス側を見ると角から人影が飛び出して来た所だった。
影は小さく少女だとは分かったがぶつかってしまう、と咄嗟にアレクスの腕を引き寄せキャラスティが人影とぶつかる形になる。
護衛がアレクスの無事を素早く確認して離れ、キャラスティも勢いがあるぶつかり方ではなかった為よろけたくらいで済んだ。
「大丈夫ですか?。ごめんなさい。怪我はないですか?」
少女に声を掛けると強い視線を一瞬向けられキャラスティは息を飲んだ。
「急に出てくるからびっくりしちゃった」
フワっとした桃色の髪を直しながらコテンと首を傾げる仕草が可愛い少女。
キャラスティはアレクスが何かを言おうとするのを止め、少女とアレクスの間に入った。
少女はキャラスティが見えていないかの様にアレクスだけをキラキラした苺色の瞳で見つめ叫んだのだ。
「その制服! 私来月から通うんです! それに⋯⋯髪色は違うけどその瞳、王子様⋯⋯? まさかお忍びの王子様に逢えるなんて!」
少女がアレクスの腕に絡もうとするのを通行人のフリをした護衛が阻止する。少女は通り過ぎた護衛を不愉快気に睨むがアレクスに向かい合う時は可愛らしい笑顔を見せた。
初対面ではあるが「知っている」少女は表情をコロコロと使い分け、なんて器用な子だとキャラスティは感心していた。
「私、ランゼ・セプターです。本物の王子様だわ」
「あ、ああ、聞いている。しかし、周りを見ていないのは良くないな気を付ける様に」
「きゃあっ! 嬉しい。こんなことならブローチを着けてるべきだったわ」
人の話を聞かない人は本当に自分の事だけなのだなと、キャラスティがぼんやりしているとアレクスに腕を絡ませられた。キャラスティがギョッとして見上げるとアレクスは「先を急ぐので」と足早にその腕を引っ張る。
「⋯⋯身の程知らず。悪役なのに」
──え?。アクヤク?
キャラスティが悪役だと知っている。ランゼもまた転生者の一人かと振り返ろうとするが険しい表情のアレクスに「振り向くな」と強く引かれ出来なかった。
確かに「ヒロイン」からしたら悪役がアレクスに伴われて居るのは「身の程知らず」だろう。
しかも、アレクスのライバル令嬢ではなくレトニスのライバル令嬢キャラスティだ。
まさかこんな所で「ヒロイン」と出会ってしまうとは⋯⋯。キャラスティが考え込んでいるとアレクスは目を細めポツリと呟いた。
「彼女は⋯⋯謝らなかったな」
「はい?」
「君に謝らなかった。君は謝っていた」
──ランゼさん、第一印象失敗してる⋯⋯。
それは馬車に乗り込み学園へ向かい始めてすぐの事だった。
「街歩きイベント」の終わりを今か今かと待っているキャラスティには不意打ちだった。
「アレクス様に怪我が無くて良かったです」
「その事もだ。何故、君が前に出た。ぶつかった相手がもし、刃物を持っていたらどうなっていた? 君は刺されていたのかもしれないんだぞ」
「その時はその時です。王族、アレクス様を守るのは貴族の務めです。下級貴族ですがそれくらいは出来ますよ」
アレクスが惹かれるのが「貴族らしからぬ行動」なら、反対に「貴族」の心得をこれでもかと強調する。身分違いも忘れずに。
正直、刺されるのは怖いがあくまでも「貴族」だからと感情を出さないように振る舞う。
「キャラスティ」
キャラスティは初めて名前を呼ばれ目を丸くする。
「これ、を⋯⋯」
アレクスは恥ずかし気に視線を逸らし、帰り際に寄った雑貨屋の包みを「受け取って欲しい」と差し出した。
「あの、これは妹姫様へのお土産では?」
「妹は口実で⋯⋯これはキャラスティに礼のつもりで購入したんだが⋯⋯今はちゃんとした物を礼にしたいと思っている」
「もし、先程の事をアレクス様を庇ったようにお取りになっていらっしゃるのなら、充分です」
「キャラスティは貴族なのだろう? それなりの物を身に付けるべきではないか? これは、その⋯⋯普段に使ってくれると⋯⋯嬉しいのだが」
「あ、りがとう、ございます」
「礼を言うのは俺だ。今日はありがとう」
フワリとアレクスの雰囲気が柔らかくなる。
アレクスは「街で目立たないからと選んだことは申し訳ない」「上級貴族、下級貴族と分けられたと感じさせて悪かった」と恥ずかしそうにモゴモゴと言っているが、キャラスティは気が気ではない。このままではまずい気がする。
──まさかとは思うけどまた馬車で⋯⋯。
「⋯⋯キャラ、これからも偶にで良い、付き合ってもらいたい」
──やっぱりぃっ。早すぎる。展開が早すぎる。
アレクスの「好感度」変化は雰囲気だ。パウダリーな柔らかさになる。
そして、成功判定の「髪留め」これは身に付けて「街歩きイベント」をするのではなく、攻略対象者から「髪留め」を渡される事だ。
「好感度」を上げられた成功の証が攻略対象者の瞳の色が施された「髪留め」なのだ。
「勿体ないお言葉、です」
キャラスティは張り付けた笑顔の下で「馬車は鬼門だ」とボヤいた。




