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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第一章 始まりの前

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仕事終わりのビール

「⋯⋯い」

「せ⋯⋯い」

「せん⋯⋯せんぱい⋯⋯先輩っ!!」

「っ! はいっ寝てませんっ! ──っぅ⋯⋯痛ァァ」


 勢いよく頭を上げたせいで首から肩に掛けて引き攣った。


「今日はもう上がりにしましょう。プログラミングまでまだ一週間あるんですから」


 「一週間しか無いのよお」と先輩と呼ばれた彼女はクシャクシャと頭を掻き、ぶちぶち言いながらデスクの原稿用紙を番号順に並べる。

 キャラクターデザインは完成している。本筋のシナリオも完成している。イベントシナリオ、ルート毎のシナリオ、隠しルートのシナリオ、選択肢、分岐点、必要アイテムも、完成。

 今は何度もシナリオを読み返し、辻褄は合っているか、整合性は取れているかをチェックする期間だ。

 

「ああ、明後日にはイラストが上がってくる」


 イラストが上がってくればイラストとシナリオを合わせ、声撮り。プログラミング工程で選択肢と必要アイテムの有無によるパラメーター判定とシナリオ進行を合わせる。

 そう、後が控えている。

 シナリオが完全に仕上がっていなければ次の行程に入れない。時間があるようで殆ど無いのだ。


「もう⋯⋯根を詰め過ぎですよ。先輩、飲んで帰りませんか?」

「行くっ! ちょっと待ってて」


 バタバタとトイレに向かい暫くして小綺麗にして来た先輩がスッキリとした顔で戻って来た。目は完全に覚めたらしい。



「とりあえずビール! あっ、大と中で!」


「大と中お待ちどうっ」


 流石勝手知ったる店の店員、当然のように先輩へ大ジョッキを渡す。


「今日もお疲れー⋯⋯くっうぅぅう!この一杯が堪らんっ!」

「飲み過ぎないでくださいよ、明日もあるんですから」

「当たり前よ。仕事は仕事、ビールはビール」


 焼き鳥をつまみに先輩と後輩が向かい合う。今作っているゲームは恋愛アドベンチャー「恋愛ラプソディー〜恋の祝福〜」。目の前の先輩が勢いで付けたが、当時相当酔っていたのか記憶がなく「誰よこのタイトルつけたのは」と大笑いしていた。


 先日、突然会社の経営不振を告げられ、これが最後ならと自棄になった社員達が総力を挙げて作ってやると上がった企画が通り、動き出してしまった。

好き放題やり過ぎているとは思う。皆が好き勝手に性癖を詰め込んで来るものだからシナリオの量がとんでも無い物になりつつあった。それをどうにか圧縮させたり、本筋に入らない物はおまけシナリオで使う事でシナリオのOKが出たのが五日前。

 来週からはイラスト合わせと声撮り、プログラミングに入る。


「先輩、シナリオよく通りましたね⋯⋯」

「だって、ノーマル、ハッピー、バッドを作るとシナリオ量圧縮出来ないじゃない。全部ハッピーエンドよ」

「でも、流石に監禁とか病み落ちはハッピーというのは強引じゃあ⋯⋯」

「攻略対象の周りの女を蹴落とすんだから幸せなんじゃない?」


 ドヤァとふんぞり返ったが「痛たた⋯⋯」と首を押さえる先輩。首の痛みはスッキリしていなかったようだ。


「書いててアレだけど、主人公はいつも幸せになって全部悪いって訳じゃ無いライバルが不幸になるのも定番で考えものよね。男も悪いんだし、考え無しのお花畑に書かなきゃならないし」

「そう言うものですかね、アレですか? キャラクターが子供みたいって感情」

「それもあるけど物語には悪役は必要なのよね。だからちょっとシナリオと言うより、パラメーターでライバル達に救いを付与したいなぁと」

「はあ?」


 主人公に立ちはだかるライバル令嬢に対して攻略対象者に隠しパラメーターを設定する。本筋には絡んでこないが攻略対象者はライバル令嬢を嫌っていない関係にする。

 主人公が攻略対象者を構わないでいると主人公とのパラメーターが下がり隠しパラメーターが上がってライバル令嬢と攻略対象者が良好な関係で居続ける。


「ああ、パラメーター管理して物語の裏側的位置付けですね。シナリオも必要ないし」

「そう。見え無いし、本筋には全く関係ないの」

「あれ? そうするとネバーエンディングモードではどうするんですか? 逆ハーレムですよ」

「あれは「おまけ」。全ルートクリアの証のブローチを着けている間だけのパラメーター上昇にして、外せば元が「友好」なら「友好」に「普通」なら「普通」に戻る様にするの」


 ネバーエンディングモード。全攻略対象者を「好き」状態からスタートできる「おまけ」。

 ブローチを身に着けて攻略対象者に会えば「好き」状態のイベントが見られる。見落としイベント救済の「おまけ」だ。

 ブローチをエンディング手前まで一度も外さず身に着けパラメータ上げをしてから外すと数値が跳ね上がり唐突に全攻略対象者が主人公に靡く逆ハーレムになる。

 ただ、ブローチにより「好き」状態になっている攻略対象者のパラメーター上昇率は絞られているハードモードでもある。

 逆ハーレムは一度も外さない、パラメーター上げを行う事が必須だ。


「イラストレーターさんには主人公がブローチを付けた状態の攻略対象者に違いを付けてって注文を出してあるの」

「どう言う事ですか?」

「正攻法の攻略と違って、努力しないでも落とせるブローチって言うチートアイテムを使うのだから、洗脳的な演出」

「洗脳って⋯⋯まあそうとも言いますけどね」

「瞳の光を減らすとか、髪の色を薄くするとかの違いだから元のイラストの加工で出来るってOKしてくれたわ」


 残りのビールを飲み干し、軽快な音を立ててテーブルにジョッキを置いた先輩は「うまぁーーーい」と唸り、満足気に「ご馳走様でした」と両手を合わせた。


「それじゃ帰りますか」

「そうだ、グンジ、隠しルート、あんたの「サポートキャラクター」あれ」

「ブラントですか?」

「そう。隠し攻略対象者。最初はサポートキャラクターの。ブラントのシナリオは最後まであんたに任せる」

「っ! 良いんですか? 頑張ります!」

「じゃあまた明日、お休みいっ」

「はいっお休みなさい」



 急に眠りに入ったキャラスティは声を掛けても、頬を叩いても、揺すっても起きる気配が無い。

 息はしているが全身が脱力して支えていないと横にさせたソファーからズリ落ちてしまうほどだった。


 彼女が寝入ってから一時間は経っている。


「どうして起きないんだ⋯⋯」


 このまま起きないのでは無いかとレトニスが不安気にキャラスティの手を握る。体温が低くなっているのかやけに冷んやりとしていた。


「今夜はこのまま眠らせてやろう。部屋に連れて行ってあげてくれ」

「そうね、この状態だといつ起きるか分からないもの」

「⋯⋯いつ起きるか分からない? 起きないかも知れないのか? レイヤー嬢、テラード何か知っているのか?」

「レトニス様、冷静に、落ち着いてください」

「どうしたらキャラは起きるんだ? ⋯⋯知っているのなら、教えてくれ」


 テラードとレイヤーが言い難そうに顔を見合わせて「自分達がそうだった」とレトニスに告げた。

 普通の睡眠と違い「前世」の「夢」を見ている状態では何をしても起きない。

 断片的に見る時はほんの少しの時間で普段の睡眠の間に見ることがある。だが情報の多い「前世」を見るときは見終わるまで起きる事が無い。

 キャラスティがどの位の量の「前世」を見ているかでいつ起きるかが変わるのだ。


「私の最初は三日。それからは、たまに少しづつ普段の睡眠の間に見ているわ」

「俺は普段からだから寝込む事はなかったな。聞いた限りキャラ嬢も寝込む訳では無かったみたいだ。だから、朝になれば起きる可能性が高いな」


 キャラスティが眠そうにし始めたのは「ゲーム」の話になった頃。「ゲーム」について「前世」が流れ込んでいるのだろうとテラードは推測している。


「起きないなんて事はないんだな⋯⋯今夜はこのまま休ませる。三人はどうする? 泊まって行くか?」

「出来れば。俺とブラントを泊めてくれ。レイヤー嬢は帰った方が良いな」

「えー私も泊まる。キャラが起きた時側に居たい」

「仮にも公爵家の令嬢が婚約者でも無い異性の家に泊まるのは外聞がよく無いだろ」

「それだったらキャラだってそうよ」

「公爵家に色々言う輩はそうは居ないよ。俺達侯爵家だってそうだろ。何時も標的になるのは立場が弱い者だ⋯⋯。レイヤー嬢が一緒なら有難い」


 レトニスは執事のエガルを呼び三人の部屋を用意する様、指示を出すとキャラスティを抱き上げた。

 本当に動かしても起きない。ずっと起きない訳では無いと安心し、この一年緊張した表情しか見られなかったキャラスティが無防備に身を委ねてくれていると微かに笑みが溢れる。


「あ、レトニス様、いやらしー。何嬉しそうにしてるのよ」

「い、いやら、しい⋯⋯そんな事は」

「今のは紳士的に良くないですね」

「レトニス、お前⋯⋯少し気持ち悪いな」

「っく⋯⋯」


 酷い言われようだとエガルを見ると彼も眉を寄せて主人を見ていた。「今のはいかがなものかと──」と小言が続きそうなのをレトニスは溜息で止めさせた。



 キャラスティを部屋に寝かせ、それぞれが部屋に戻り、日付が変わった頃に漸くトレイル邸は静かになった。

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