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小さな家

 過去が「今」に繋がった分岐点は「どこ」だったのだろうか。


 振り返ればその分岐点は多く存在していた。その度に選び、進み「今」がある。


 けれど、「あの頃に戻れたら」「あの時、別の道を選んでいたら」と何度も思い返すのも人の性。考えても戻れないからこそ人は過去に思いを馳せ後悔を重ねながらも「今」を進むしかないのだ。


 ──それは彼らも。


「貴方はセプター男爵⋯⋯ですね」


 災厄と化したランゼの居場所を探す途中で見つけ、警戒しながら中を覗いて人の気配に踏み込んだ小さな家。

 

 部屋は二つ。入ってすぐの居室から奥の部屋を開けて眉を寄せた。

 そこには引き裂かれボロボロになった天蓋とカーテン。埃が被り色褪せたソファー。まるで廃屋だ。

 床には酒瓶や脱ぎ捨てられた衣服が散らばり、テーブルの上で何日も前の食事らしき残骸が悪臭を放っている薄暗い部屋で「セプター男爵」と呼ばれた塊がゆらりと揺れてキャラスティは言葉を失った。


 ベッドに横たわっていたエルトラ・セプター男爵は首や胸に引っ掻き傷と内出血の跡が残る身体を起こしたが、虚ろな眼差しのまま口の端を上げた姿は不気味さを感じさせると同時に痛々しい。

 隣には同じように何も身に付けずセプター男爵に抱きついている女性。

 彼女もセプター男爵と同じ虚な目をしていながらもただ愛しい人だけを見つめて微笑んでいた。


「貴方には人攫い及び人身売買と複製品無許可製造及び違法販売の嫌疑がかかっている。速やかに投降し、裁判を受けてもらう」


 恐らく伝わっていないだろうと理解しながらもアレクスが一応そう告げると案の定、聞こえていないのか反応は無く、セプター男爵は気怠げに伸ばされた女性の腕が導くままその身体を再びベッドへと横たわらせてしまった。

 汚れたシーツに潜り互いだけの世界でクスクスと笑い合う二人に言いようのない気持ちが込み上げたキャラスティは隣のレトニスの腕にそっと頼った。

 

「今、この方々も私達も出来ることは有りません。眠っていてもらいましょう」


 青ざめ、動けなくなってしまったアレクス達に代わりカレンがベッドに近付き重なる二人に手を翳す。


「男爵と奥様にはお酒に混ぜた高濃度のサイミン草が使われています」


 サイミン草は適度な濃度と量であれば精神の鎮静を促がす薬になるが、高濃度且つ、大量に摂取すると恐怖心や猜疑心を無くし、飲み続ける事で考える力を衰えさせるもの。

 キャラスティは攫われ、連れて行かれたアイランドでその効果を身を持って知っている。

 それを使われた果てがセプター男爵とその妻の現状だ。


「⋯⋯自身の親であるのに⋯⋯そして、親の罪を咎める事なく、その罪によって得た利益を享受していたのに⋯⋯」


 カレンの声色には怒りなのか悲しみなのか判別出来ない感情が込められている。

 カレンの手の平がゆらりと揺らされるとセプター男爵と妻は静かな寝息を立て始めた。


「この場で捕らえられないのは悔しいな」

「でもさ、こんな状態なら逃げようとはしないんじゃない?」

「そうだな。仮に起きたとしても、男爵達は自分で物事を考えられていないようだし」


 シリルとユルゲンがボロボロのカーテンから覗く窓を指差し、その窓に近付いたテラードがカツンと鳴らしたのは鉄格子。出る事は出来そうもない。そして、入ってきた入口も鍵は外側に付いていた。

 その他にも室内を見渡しても彼らが思考を放棄しているのだと分かる。


「とにかく、ここはこのままにして彼らの捕縛は全てを終わらせてからだ──で、レトニス。お前はいつまでキャラを抱えているんだ」


 いそいそと先に部屋を出ようとするレトニスをアレクスが呆れたように息を吐き、指摘する。

 レトニスの両腕で目を覆うように頭を抱えられたキャラスティがひょこひょこと歩く様はどこかおかしいと笑いを誘われるのだ。

 

「いかがわしいものをキャラに見せられないだろ!」

「いかがわしいって、お前な⋯⋯」

「キャラは何も見ていない。このまま出るよ」

「レト、前が見えないから離して」


 キャラスティにイヤイヤをされながらも離そうとせず、これまでの自分の行動と妄想の暴走を棚に上げられるレトニスはある意味大物だ。


 アレクスはふとセプター男爵を振り返り、少しだけ目を細めた。

 どこか満足気に眠るその姿は哀れでありながらも、幸せそうにも見えて一つ息をつくと頭を振った。


「アレクス行くぞ」

「ああ今、行く」


 しかしそれは一瞬のこと。アレクスはすぐに視線を戻し部屋を後にした。



「出てきた。どう? 中に誰か居た?」

「セプター男爵が居たわ」

「うそっ⋯⋯それで? どうしたの?」

「レトは何でキャラにぶら下がってるのよ。邪魔だから離れなさいよ」


 中を見るキャラスティ達と外で警戒していたリリック達はレトニスを引き離しながら中での出来事を聞いて溜息を吐いた。


「酷い話ね。同情の余地はないけれども少なくともランゼはご両親に可愛がられていたわよね」

「ええ、男爵もランゼもお互い利用しあっていたのかも知れないけれど」

「利用価値がなくなったから用済みとして捨てられた⋯⋯のね」


 リリック達の脳裏に王都で見かけた時のセプター男爵夫妻の姿が浮かび複雑な表情になる。


「でも男爵と奥様はお互いだけは分かっているのでしょう? そんな自我を失った状態でも愛し合っているのね。ならば、幸せなのかも知れないって思ってしまったわ」

「うん。私もベネと同じ事を思ったの。決して幸せと言えない状況なのに二人は幸せそうだったから。ほら、小説にもそういうのあったよね」

「あったあった「伯爵様の月下に咲く花」ね。でも私の幸せとは違うわ。私はもし旦那様が罪を犯して反省がないなら叱るわよ。叱る私を愛してくれる旦那様を愛したいわね」

「リリーらしい。私は叱ってほしいわ。だって叱ってくれるって愛してくれているからだと思わない? そうなると、なんだかんだと叱ってくれるブラントはやっぱり私の王子様なのよ」

「レイは本当にブラントが好きよね」

「ええ、大好き!」


 レトニスが「いかがわしい」と言い切ったセプター男爵と妻の姿は他人には幸せに見えなくとも本人達だけは幸せだと感じている。それも愛の形の一つだとキャラスティ達女性陣は小さな家を振り返った。


 反対にアレクス達は頬を引き攣らせ苦笑する。

 男爵夫婦を変に意識してしまっていた自分達は男爵の姿に対して表面上は平静を保っていたのにキャラスティは冷静に捉えていて、おまけに女性陣も平然と受け入れている。それに対し、軽く衝撃を受けていた。


「キャラが破廉恥になってしまった⋯⋯もしかして、エミールさん? 彼がキャラに破廉恥なものを読ませたから⋯⋯ああ、そうだ、そうに決まってる⋯⋯帰ったらエミールさんに抗議しなくては、トレイル家からの正式な抗議だ」

「え、ちょっと、レトっ何を言い出すの」


 ぶつぶつと呟くレトニスの言葉にアレクス達が視線を向けて苦笑する。耐性の違いか。確かに女性陣はロマンス小説を読み合い、楽しそうに感想を語り合っていた、と。

 そんな彼女達に余程面白いのかと流行りのロマンス小説を試しに読んでみたこともあるが、なんとも気恥ずかしくなって頭を抱えながら閉じた記憶が蘇る。


「もうっ、レトも読んでみたら良いのよ、レトが思っているほど、その⋯⋯いかがわしくは、ないと思う」

「読んだよ。だからあの家を買った──」

「わあっー!」


 レトニスの不用心な発言を掻き消すようにキャラスティは慌てて両手を伸ばしレトニスの口を塞いだ。


「は、早く先に進みましょう。セルジーク様とハルトール様が待っています」


 門扉で二重の警戒をしていた二人がこちら側の騒ぎを不思議そうに窺っているのが見え、キャラスティはクスクスと笑うカレンの手を取り、カレンはレイヤーの、レイヤーはベヨネッタ、ベヨネッタはリリックの手を取り足早にそちらへと向かう。


「レトニス、帰ったら色々話してもらうからな?」

「絶対聞き出すからね。楽しみだなあ」

「まあ、大体は想像が付く。小説に影響されてまた暴走したのだろう」

「だろうな。以前、俺の家に来た時に読んでいたからなあ」


「帰ったら、な」


 悪戯な笑みを向けられたレトニスも苦笑いを返した。


「でもそれはエミールさんに抗議してからだ」

「いやエミールさん関係ないと思うぞ、多分」


 テラードの安定の突っ込みに皆の表情が和らぎ口元が緩む。

 

 普段通り、いつも通り。


 当たり前を取り戻す。その為にもランゼの災厄に勝たなければならないとそれぞれが再び心に刻み空を仰ぐ。


 相変わらず空を覆う灰色の雲。

 時折り走る稲光はまるでこれから起こる事を予言しているかの様だった。


──────────────────


 ⋯⋯一方。


 キャラスティ達が聖女宮を進んでいる頃、エミールはフリーダ王国王妃ハミルネとの面会を終えて与えられた部屋から聖女宮を眺めていた。


 キャラスティ達がアレクス達と無事に再会出来たことは手紙で報告を受け、ハリアード王国国王ダリオンへ早馬を走らせた。そろそろ国王の耳にアレクス達の無事が届けられるはず。


 エミールは微かに眉間を寄せる。


 本来ならエミールの役目は万が一の事態に対応する為、アレクス達を迎える為にアイランドに騎士と兵士を配備して終わりだった。

 だが、キャラスティ達は「災厄」を止める為にフリーダに暫く滞在するとの内容に悪い予感がして急遽フリーダへと渡った。

 当たって欲しくない予感は当たるもの。案の定、フリーダ王国の王都は黒い霧に覆われ異様な景色だったのだ。


 しかも、間の悪い事に自分達が王都に着く数時間前にキャラスティ達は聖女宮へと潜入してしまっていた。


「まったく、どうしたら良いものかね」


 キャラスティ達が聖女宮へ入ってからはフリーダの聖女達が結界を張り、黒い霧はまだあるにせよ王宮も街も静かなもの。

 

 それなのに、エミールの胸には言い知れぬ不安がある。

 何度も窓の外を覗いてはキャラスティは大丈夫だろうか。怪我はないのだろうか。無理をしていないのだろうかとただ不安に待つなんて自分らしくないと溜息ばかりを繰り返していた。


「エミール様もそんな顔をされるのですね」

「⋯⋯そう言うブラント、君もだよ」


 いつの間に隣に来たのか気配なく声を掛けてきたブラントに苦笑する。ブラントもエミールの顔を見て同じように苦笑を浮かべていた。


 そんな時、部屋のドアがノックと同時に開かれ二人は驚きに思わず立ち上がった。


「エミール様! ブラント! ミリアとイライザが迎えに来ています。教会に来て欲しいのですって」

「なんでもキャラスティとテラード様が発案したものをハカセとセトで作ってみたそうです」


 こんな短時間にハカセ達が発明品を作ったと興奮気味に飛び込んできたのはアメリアとフレイ。

 なんでまたこんな時に発明をと疑問に首を傾げるエミールに二人は目を輝かせながら声を合わせて叫んだ。


「私達もキャラスティの力になれるかも知れません!」


 そして告げられた内容にまさかハカセとセトが自分達の武器を作り上げてしまったとはと驚愕する一方で、キャラスティ達の力になれる希望が見えたとエミールとブラントは唖然とし、顔を見合わせ頷き合ったのだった。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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