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命の花

 踏み入れた聖女宮は外の混乱とは対照に思っていたよりも静かで以前、偵察に訪れた時と何も変わって居ないように見える。


 ただ、あの時とは違うのは空気。


 重く息苦しさを感じる禍々しい空気は外よりも一層濃度を増し、濁った感情が湧き上がる感覚に思わず顔をしかめるが、ここまで来て引き返すという選択肢はないと唇を引き結んだ。


 誰もが同じ険しい表情を浮かべながら慎重に歩を進める。一歩ずつ進むたびに心臓が鼓動を早め、それはまるでこちらの緊張や恐怖心を煽っているかのようで、歩みを止めたくなっても己を鼓舞し足を前へと運ぶ。


 やがて、見覚えのある中庭に出たところでカレンはガゼボへと走り、その陰にある小さな泉の縁へとしゃがみ込んだ。


「良かった。ここが無事で。マーナリア様の加護に感謝を⋯⋯」


 地下水が湧き出ているのか澄んだ水を護るように泉の端に佇む小さな聖女像に向けて祈りを捧げ、そっと水を掬いカレンはほっと息を吐いた。


「キャラスティ様、ここでその弓の弦を弾いてください」

「これを弾くのね」


 キャラスティが言われるまま、腰に付けていた「破邪の弓」を構えて軽く指先で弦を弾いてみれば凛とした鈴の様な音が響き、泉を包む様に光の柱が空へと伸びた途端に泉から白い光が溢れ一瞬の強い光を発して周りの空気が軽くなった。


 心なし暖かく感じる風が流れる清浄な空間へと変化した泉に蓮の花がポコポコと浮き出る様はとても幻想的だ。


──回復の泉──

 

 キャラスティの頭に浮かんだゲーム用語。

 はっとしてテラードとレイヤーを振り向けば二人も同じ事を思ったのだろうコクリと頷いてニッと口角を上げた。


 これは癒しの力を持った泉だ。

 ゲームでは体力や傷、魔力を回復し、セーブやリロードもこの場所で行った。


「マーナリア様と女神様のお力に満たされたこの場だけは如何なる悪意からも護られるでしょう」


 この場所は安全だと言い切ったカレンが全員の顔を見回してニコリとした微笑みを見せると強張っている互いの顔を見合わせたキャラスティ達も緊張を解いて作戦の確認だとばかりに額を合わせた。


 第一段階。

 聖女宮の敷地内へはフリーダの騎士や聖女達の助けを受けて入る事が出来た。

 第二段階。

 ここから先はフリーダ王国王太子セルジークと第二王子であり聖女の騎士ハルトール。聖女カレンの先導を受けて進む。

 ハリアード組のアレクス、シリル、ユルゲン、テラード、レトニスは女神の騎士として女神の魂を持つキャラスティと女神の眷属であるレイヤー、ベヨネッタ、リリックを護る。

 最後の第三段階。

 「災厄」に打ち勝つ為には互いが築き上げてきた絆、信頼、そして願いが必要不可欠。誰一人欠けてはならない。

 全員で「災厄」となったランゼに挑み、キャラスティが「破邪の弓」を放つチャンスを作り出す。


 簡単には行かない。だからこそ絶対に失敗してはならないのだ。


 そう真剣に作戦を話し合う彼らからキャラスティはそっと離れ、泉に揺れる蓮の花を手元に寄せて一つ一つを大事そうに拾い上げた。


「何してるの?」

「レイ。復活できるゲームアイテムがあったじゃない?」

「んー? ⋯⋯あ! 「命の花」ね。すっかり忘れていたわ」


 ハリアード王国を舞台にしたキャラスティ達のゲーム「恋愛ラプソディー」は選択肢と攻略対象者に合わせたパラメーターを学園生活や日常で上げることによってルートが開かれるアドベンチャーゲームだった。

 舞台をフリーダ王国に移した続編は同じアドベンチャーゲームでも冒険色が強く、選択肢は変わらないが攻略対象者に合わせるパラメーターが無くなった代わりに戦闘メンバーに攻略している相手を参加させなくてはならなかった。その為に戦闘によって攻略中の攻略対象者が離脱してしまう事態が起きる。

 それを回避するアイテムが復活させたり、即死判定の身代わりになる「命の花」だ。

 

「同じ効果になるとは限らないし気やすめにしかならないとしても誰も失いたくないから⋯⋯今出来ることをしたい。私の我儘だけど嫌だからお守りになれば良いなって」

「我儘じゃないわよ。当然でしょ」

「みんな同じよ。誰も失いたくないのは」


 レイヤーの背後から怒ったふりをするリリックと拗ねたふりをしたベヨネッタが顔を出してキャラスティの手元からひょいっと蓮の花を取り上げるとカレンを手招きした。


「ねえ! 「命の花」にキャラの「再生」だけじゃなく私達の「庇護」、カレンの「祈り」を込めない? 防御力高くなりそう」

「私も⋯⋯良いのですか?」

「当たり前でしょっカレンも友達、仲間だわ」

「友達⋯⋯はいっ」


 レイヤーの提案に全員が目を輝かせ、手を重ねる。

 一つ一つ、一人一人。護りたい気持ちを込めて丁寧に。願いを籠めた「命の花」はキャラスティの手の中で紫紺の輝きを放った。


「紫って不思議な色よね。控えめでいて情熱の赤と冷静の青が混ざるキャラらしい色よ」


 リリックがそっとキャラスティの肩に手をかけて微笑む。


 蓮の花が色を変える。

 次に放ったのは濃い金色。


「周りを明るくする華やかな金色はレイの色」


 力強い黄金色から優しい金色に変わる蓮の花。


「この金色は優しく包んでくれるベネの色ね」


 入れ替わりに放たれた亜麻色。


「いつもそばにあって安心できる色。これはリリーの色」


 そして最後は水色。


「カレンの色。癒しの色。水色って希望を現す色なんだって」


 キャラスティは色が変わるごとに蓮の花を撫で、最後にカレンに渡す。

 それを恭しく受け取ったカレンが祈りを捧げる横で、他の者達も祈る。

 一人一人は小さな存在。けれど彼らを護りたい想いが力になるように。


 やがて蓮の花は片手の大きさに変化し、その姿をブローチへと変えた。


「んふっふっふ! さあっみんなにコレを授けるわ! 私達特製「命の花」よ! ここでしか手に入らない激レアアイテム! 見逃す手はないわよ」

「⋯⋯レイ、その売り文句は少し胡散に思う」


 得意気に胸を張ってブローチをアレクス達へ配るレイヤーとキャラスティの冷静な一言にリリックとベヨネッタがクスクスと笑う。


 それぞれの胸に咲いて行く蓮のブローチ。


 胸元に咲く誇らしげな蓮の花はハリアードの絆の強さの象徴だと目を細めるセルジークとハルトールにキャラスティはブローチを着けた。

 

「私達にも⋯⋯ですか?」

「勿論です」

「私は貴女に酷い事をしたのです⋯⋯弟であるレオネルを使い、貴女の目の前で貴女の大切な人達を攫った。それでも⋯⋯加護を与えてくれるのですか」


 後悔と罪悪感を浮かばせるセルジークを見上げたキャラスティはゆっくりと頷き微笑んだ。


「確かに怖かったですよ。でもセルジーク様の意思では無かったんですよね。私は今、ここに居るセルジーク様を信じます。きっとみんなも同じ気持ちです」


 セルジークは赦しを求めてはいない。だからキャラスティは今のセルジークをただ信じて受け入れると伝える。それは償いの危うさを秘めたセルジークに対して自分にできる精一杯の誠意なのだから。

 キャラスティは仲直りの握手だと言うようにセルジークの手を取り軽く振る。突然のキャラスティの行動に驚き、戸惑うセルジークの手を今度はベヨネッタとリリックが取る。二人の瞳には怒りや憎しみといった感情は無く強い信頼を滲ませていた。

 二人に代わって手を取ったのはレイヤー。

 レイヤーは強めに手を振り清々しいほどの笑顔を見せた。


「キャラはね、誰も失いたくないって。それはセルジーク様もハルトール様もなの」


「私達も⋯⋯ありがとう⋯⋯ございます」

「僕達がしてしまった事は操られていたとは言え赦されることではありません。それでも貴女達と共に、戦わせてください」

「⋯⋯私はこの国を、フリーダを護りたいのです」


 深く頭を下げたハルトールは一筋が頬に伝ったセルジークの肩を叩き小さく頷くと互いに拳を合わせた。

 彼らはハリアード王国の絆が強く羨ましいと言ったが兄を想うレオネルとハルトール、弟を想うセルジーク。フリーダ王国の絆も強く固く結ばれているのだから彼らだって同じ強さを持っているのだ。


 フリーダ王国を護りたい。そのセルジークとハルトールの覚悟を受け取りキャラスティは強く大きく首肯してみせた。


「⋯⋯キャラ、俺にも着けて」


 じっとりとした気配と拗ねたような口調にキャラスティが振り向けばそこには一度自分で着けたブローチを外したレトニス。


「レト、わざわざ取ったの?」

「セルジークとハルトールだけずるいじゃないかっ」

「ずるいって⋯⋯ふふっ、レト、少し屈んで?」


 キャラスティは差し出されたブローチを受け取り、胸を張るレトニスの胸元に蓮の花を咲かせる。

 どうか無茶をしないように、護られるように願いを籠めて。

 キャラスティの手元を見下ろしながらレトニスも願う。

 どうかこの先も笑い合えるように、大切な人を護らせてくださいと。


「あー! 僕も! キャラちゃん着けて」

「俺もキャラ嬢に着けて欲しいなあ」

「俺にも着けてくれ」

「三人にだけとは、レトニスの言葉を借りればズルイだろう?」


 いそいそとブローチを外して差し出すアレクス達にキャラスティは目を瞬かせた後に勿論だと微笑んだ。

 キャラスティは願いを込めながら彼らの蓮の花を咲かせ、続けてレイヤー、ベヨネッタ、カレンのその胸に蓮の花を咲かせる。


 最後にリリックの胸へ蓮の花を咲かせるキャラスティにリリックは眉を顰めた。

 これまでのキャラスティとは何か違う。

 まるで急に大人になったような、それでいてとても儚くも感じるのだと。


「キャラ、なんか変よ⋯⋯いつもと違う」

「変? 何も変わらないけど」

「ううん。私には分かる。キャラ、何か隠してる。だって、いつもだったらレトに呆れるし、騒ぐアレクス様達に畏れ多いって引くのに⋯⋯恥ずかしがって逃げていたじゃない」

「逃げていた⋯⋯かあ。うん、そうかも知れない。けど、逃げちゃいけないの⋯⋯忘れたくない、忘れられたくないから」

「忘れ、られたく、ない?」

「リリー、私にはリリーが着けて」


 何を忘れられたくないのかキャラスティは続けず、誤魔化すようにリリックの手に蓮のブローチを渡す。

 戸惑いつつもリリックがキャラスティの胸元に蓮の花を着ける手元に雫がポタリと落ちた。

 突然リリックの目尻に涙の雫が生まれ落ちると次々生まれ落ちていく。


「⋯⋯嫌だからね。絶対嫌だから!」

「リリー? どうしたの?」

「なんかキャラが消えちゃう気がしたの。そんなの私、嫌だからね! 約束してよ。居なくならないって約束して」


 泣き顔を隠すように俯き加減で告げるリリックを優しく撫で、キャラスティは手を握り、この温もりを手放したいわけがない。この温かな手を離したくないのだと笑顔を見せた。


「ねえリリー。私ね、リリーの優しさに何度も助けられて来たの。本当に感謝してるの。ありがとう。でもね、私は大丈夫。私は、リリー達が思っているよりもずっと強くなったから」


 それは自分自身が強くなると決めたからだ。

 そして、みんなから貰ってきた愛情や勇気があるからこそ、今の自分があるのだ。

 キャラスティは手を伸ばす。だから仲間として、共に戦える者として、なによりも親友としてこの手を護る。絶対に護る。

 みんながいたから今の自分があるのだとキャラスティは胸を張って言う。


 それがキャラスティにとっての誓いなのだから。


「約束。私は居なくならないわ。リリーとみんなとこれからも一緒に歩いて行きたいもの」


 それは今まで見た中で一番素敵な笑顔を見せたキャラスティ。


 リリックだけではなく、レトニスもレイヤーも。ベヨネッタ、アレクス。テラード、シリル、ユルゲン。彼らもどこか安心したように頷く。


 反対にセルジークとハルトール。カレンはキャラスティの違和感に眉を顰めた。

 三人は胸に咲く蓮の花に触れてそっと目を閉じ祈る。

 この違和感が間違いであるようにと。



 キャラスティはこの時、彼らの為に優しくも残酷な嘘を吐いた。

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