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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第五章 「ゲーム」を終わらせる物語

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開戦

 エミールは珍しくその表情を曇らせた。

 前回訪れた時のフリーダ王国王都は小高い丘に造られた街並みをカラフルな屋根が彩り、向かい合わせに立ち並ぶアパートメントの間で洗濯物が揺れ、街の中心に建つ教会は白亜に輝いていたのに。


「ここがフリーダ王国の王都ですか⋯⋯」

「前に来た時はそれはそれは綺麗な街だったんだよ」


 残念だとエミールが零せばブラントは言葉を詰まらせ黒い霧に覆われまるでこの世の終わりの様な彩りを無くした街並みを見回した。


「こんな禍々しい相手に⋯⋯キャラスティは何をしようとしているのでしょうか」

「手紙には「災厄」を止める。そう書いてあったね」


 エミールとブラントは万が一に備えハリアードとフリーダの中間に位置するアイランドに騎士と兵士を配備させる為に訪れていた港町リブラでキャラスティからの手紙を受け取った。

 アレクス達と再会したと綴られ安心したのも束の間、キャラスティ達は「災厄」を止める為にフリーダに暫く滞在すると続きがあり、急遽エミールとブラントはフリーダ王国へと渡って来た。


「親方様! ブラント様! 教会はこっちです」

「⋯⋯セト君、その親方様呼びは恥ずかしいのだけど」

「だって他の呼び方がしっくり来ないんです。旦那様⋯⋯もなんか違うわよね」

「シラバート伯爵様、それともグリモア公爵様⋯⋯」

「ミリア嬢とハカセ君の呼びも却下だよ。ブラント君の事は呼べてるじゃないかエミールで良いよ」

「それは無理ですよ⋯⋯」


 アイランドの管理者であるエミールはセトの言う親方であり、彼らの主人でもある事からミリアの言う旦那様でもあり、ハカセの言う爵位を持つ貴族でもある。

 それに、「キャラスティを手伝いたい」と懇願したセト達をハリアードでの裁定で島から三年は出られないところを特例として連れて来てくれた。

 前の親方様と違って話を聞いてくれ、自分達を気遣ってくれるエミールにただのエミールで良いと言われても気安くその名を呼ぶ事は憚られるのだとセト達は苦笑いする。


「アメリアもフレイも大丈夫かい? お嬢様には島からここまで来るのは辛かったよね」

「ふふっイライザさん、私達も短い間だったけれどアイランドに居たでしょう」

「そうそう。アイランドで私達は少しだけ逞しいお嬢様になったのよ」


 そう言いながら二人はイライザに笑顔を向ける。

 アメリアとフレイはアイランドの案内とセト達との橋渡しを頼まれ同行していた。

 騎士と兵士の配備が終わればアイランドに暫く滞在した後王都へ帰るはずだったがエミールとブラントがフリーダ王国へ渡ると聞き、セト達も行くのなら自分達も手伝いたい連れて行って欲しいと、今度は二人が頼み込み付いて来た。


「それに、島の発明品にまた触れられたのだもの嬉しいのよ」

「ええ、この金属の冷たさと可愛らしい姿。それでいてとても力強くて早くて本当に素敵」

「キャラスティが教えてくれた物をセトと作ったんだよ。馬車より断然早く移動できる。まあ、道が整備されていれば乗り心地はもっと良いとは思うけど」

「キャラスティの知識も貴重なものだけれどそこからこの「馬なし馬車」を作り出したハカセ君とセト君の技術には驚かされたよ」


 うっとりとアメリアとフレイが撫でる馬なし馬車。今のところ名前が付いていないこの乗り物は仮にそう呼んでいる。

 燃料は石炭と水。発生させた蒸気で機関を稼働させて車体を動かす。

 そうハカセは簡単に説明するが、この世界の技術では考えられなかった仕組み。それを実現させたのだから驚きを通り越して呆れてしまう。

 「しかし⋯⋯」とエミールは感心する。馬なし馬車は運転手のセトとハカセ。ミリアとイライザ。アメリアとフレイ。そしてブラントとエミールの八人を一気に運んできた。これが実用化されれば大陸間輸送の革命が起きるだろう。


「キャラスティは「蒸気機関車」と言うものも教えてくれました。この馬なし馬車の機関部分を先頭にして連結させた車箱を引っ張りながら走るものらしいです。もちろん改良は必要になりますけど」

「いやはや⋯⋯まったくキャラスティはとんでもない子だね。それを作り出してしまう君達も大概だけど」


 エミールの言葉に皆同意するように笑った。蒸気機関車は今はまだ想像の中にしか存在しないがそれが形になった時、間違いなく馬なし馬車以上の大変革となる。


「蒸気機関車とやらを実現させる為にも私は何があってもキャラスティを支えますよ」


 エミールは王都の中でも一層深い霧に覆われた王宮の一角を睨み宣言する。そこはこの黒い霧の元凶「災厄」の中心。


「その為にも急ぎましょう。街中を移動するのは警戒が必要です。一度私達が居た教会へ寄って王都の情報を得ましょう」


 細い路地を先導したイライザが案内したのは街外れの教会。


「ここはフリーダ王国にいた時の私達の家だったのです」


 教会は神聖な空気に満たされて、身体が少しばかり楽になる。

 

 セト達は懐かしそうに見回し目を閉じた。


 ここで暮らした日々は楽しいだけではなく悔しい思いをした事もあった。それでも幸せだった。それはもう遠い過去の事になってしまったけれど忘れる事など出来ない大切な思い出。

 けれど、帰ってくる場所ではもう無い。自分達の帰る場所はアイランドなのだ。


「親方様、僕はアイランドを良くしたいです。必ず良い島にします」

「ボクらの帰る場所はアイランドだ」

「絶対みんなで帰るの。良い島にしてキャラスティを驚かせるんだから」


 誓うセトと同じ意志の強い眼差しを奥にある聖女像へ向けたミリアとハカセにエミールは口元を緩め目を細める。

 自分はまだまだ若いつもりでいても、やはり年長者。彼らのような若者を見ると眩しく感じるようになったのだと寂しくもあるがその気持ちはとても温かく、心地良い。


「エミール様、ブラント様、司祭様がお会いしたいそうです」

「ええ、行きましょう」


 イライザに呼ばれたエミールは教会の奥へ行く歩みを止めて聖女像を見上げた。

 何かに向かって祈りを捧げる聖女の像は慈愛に満ちた微笑を浮かべている。


「慈愛なんて⋯⋯私には必要の無いない感情だったのだけれどね」


 仕事が出来ればそれで良かった今までの自分にとって人付き合いは仕事を円滑に進めるだけのものだったのにそれがキャラスティと出会ってから人との関わりが煩わしくなくなった。

 その変化に一番驚いているのは自分自身だ。


「やはりキャラスティは「特別」ですよ。貴女は苦い顔をするだろうけどね」



 エミールは誰に伝えるでもなく聖女像を見上げ独りごちてセト達の後に付いて歩き出した。


───────────────────


 エミール達がフリーダ王国王都に到着する数時間前──。


 聖女宮に落雷が轟いた。


 閃光の中一瞬浮かび上がった影は肢体をくねらせた大蛇。

 それは上半身は女性の様で下半身が蛇の姿。目にした人々は恐怖に震えた。


 二度目の稲光。


 閃光の中浮かんだのは弓を構えた影。

 髪を靡かせ凛とした佇まいはまるで女神のようだった。


 三度目の稲光。


 閃光の中浮かんだのは女神を衛るかのような騎士達の影。


 人々は紙芝居を捲るように変わる稲光に浮かぶ影を見上げた。

 

 四度目の稲光。


 浮かんだのは何かを抱えた女性の影。

 それは大蛇なのか女神なのか。

 人々は五度目の稲光を待った。


 しかし、それきり稲光はピタリと止まり

辺りは静まり返ってしまった。


 一体何だったのかと人々が首を傾げた時 鐘の音が幾重にも重なり響いた。

 それは力強く、王都に響き渡った。



「聖女の結界を解け。騎士は聖女達を死守せよ」


 セルジークの号令で聖女達は聖女宮を包んでいた結界を解く。

 結界が解かれると同時に飛び出した黒い霧は異形の形を成して襲い掛かって来ると四方から騎士が陣を組んでそれを退ける。

 鈍い音と雄叫び、渦巻く黒い霧、異形のもの。

 雷鳴と共に戦闘が始まった。


「行きますよ!」


 走り出したセルジークに続いてキャラスティ達も走り出す。


 周りでは騎士達が聖女宮への道を開く様に襲い掛かる異形のものを斬り伏せ、キャラスティはその間を駆ける。


「私達が聖女宮へ入ったらまた結界を張りなさい!」


 自身も剣を振るうセルジークの指示が飛ぶ。

 と、黒い霧の中からキャラスティに狙いを定めた巨大な腕が伸ばされた。


「あっ──」

「キャラっ! 下がって!」

「リリー嬢っキャラ嬢を頼む!」

「キャラこっち!」


 レトニスとテラードの剣が巨大な腕に斬りかかりその隙にリリックがキャラスティの腕を引き走る。


 雨に濡れた地面はぬかるみ脚を取られそうになりながらもキャラスティ達はただ聖女宮を目指した。


「くそっしつこい奴らだ!」

「もーっキリがない!」


 キャラスティを守りながらシリルとユルゲンも襲い来る異形を倒し続けた。


 やがて聖女宮の門へ辿り着くと門番のつもりか立ち塞がる巨体がその腕を振り上げた。


「任せてもらおう!」


 躍り出たアレクスは巨体が振るう腕を切り落とし続けて胴体へと一撃を繰り出す。その勢いのまま、振り向きざまの刃は更にもう一体の異形のものを斬り伏せた。


「結界を張れ!」


 セルジークの声が響き渡る中、門は閉ざされ再び聖女宮を繭のような結界が包む。


 キャラスティは上がる息を整えながら押し潰されそうな禍々しい空気を纏う聖女宮を見上げた。

 込み上げるのは恐怖。勝算はほぼ無いに等しい。

 それでもキャラスティはやり遂げなくてはならない。

 大切な人達の為、大切な思い出の為。

 

 「災厄」──ランゼ。彼女を止める為に。


「これからが本番なんですよね。頑張ります」


 努めてキャラスティは笑顔を作り明るく振る舞う。


 それがキャラスティの精一杯の虚勢だと皆分かっていた。

 そんなキャラスティに頷き返した彼らも同じように笑顔を作る。


 苦境に置かれてなお、その目の奥にはある決意の色が輝いたのだった。


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──────────(・ω・)──────────
もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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