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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第五章 「ゲーム」を終わらせる物語

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前夜

 それは壮大な景色だった。


 白亜に輝く城のバルコニーから見下ろす王宮の広場には銀色の甲冑に身を包んだ騎士達。彼らは一糸乱れぬ隊列を組んで整然と並び、ファンファーレを合図に剣を捧げて国王と王妃そしてフリーダ王国への忠誠を高らかに宣言する。その荘厳な光景は圧巻で、まるで一枚の絵のように美しいものだった。



 夕方から始まった宴は夜が深まる毎に賑やかさを増していく。

 騎士達が並んでいた広場では騎士の他義勇兵、貴族達が酒を飲み交わし、楽団の音楽に合わせて踊り子が舞いを披露する。料理も山盛りに盛られた皿が次々と運び込まれ、立食形式で参加者達は思い思いに楽しんでいる様子だった。


 キャラスティ達は彼らの邪魔にならないよう盛り上がりの外れになる噴水の端に座り宴とその宴の奥、暗霧に覆われた聖女宮を眺めていた。


「皆さん、こちらにいらしたのですね」

「朝から儀式と式典続きでしたからね、お疲れになりましたか?」


 そう声をかけてきたのは、カレンとハルトール。二人は午前中に行われた任命式でカレンは「聖女」、ハルトールはそれを護る「聖女の騎士」を任命された。

 二人とも白を基調とした「聖女」と「聖女の騎士」の正装に身を包み、普段より神聖な雰囲気だ。


 同時にキャラスティ達も式典で「女神」とその「眷属」そして「女神の騎士」という仰々しい肩書を拝命し、その役割の衣装だと言われた正装でキャラスティ達は様々な儀式に参加し続けた。


 キャラスティは黒地に金糸で飾られた「女神」の聖衣、レイヤー、リリック、ベヨネッタは深紅に金糸で飾られた「眷属」の聖衣。アレクス達「女神の騎士」は黒地に赤が映える聖衣。

 ドレスだけでもコルセットの締め付けに苦労しているのに聖衣は所々に金属の防具が施されそれなりの重さが追加されていた。

 

 重さに耐え、式典で張り続けた神経、その疲れはあるが、忙しかったおかげで絶対にやり遂げなくてはならない決意が固まったとキャラスティは笑う。

 それはどこか影が含まれカレンは首を傾げた。


「キャラスティ様、お顔色が良くありませんね。もう休まれますか?」

「まだ大丈夫。いよいよ⋯⋯なんだなって思ってたの」


 聖女宮を見上げ、困ったように笑うキャラスティの言葉に皆が頷く。

 彼らは相変わらず「災厄」に勝てる決定打も保証もないのに不思議と心が落ち着ている。これから挑むのは得体の知れない存在。それでも自分達ならきっと大丈夫だと思えるのだと言った。


 そんなキャラスティ達の様子に、彼らの絆は積み重ねてきた時間とお互いの想いによって初めて出会った頃より固く結ばれているように思えるのだとハルトールは目を細めた。

 

「皆さんの加護の力が一層強くなったと感じます」

「あら、当然よ。こう言っては癪だけどランゼのおかげで「蟠り」を払拭できたのだもの」

 

 「蟠り」に眉を寄せて苦笑するキャラスティの肩を抱きながらレイヤーはケラケラと笑う。ベヨネッタとリリックも「そうよ」とキャラスティに纏わりついた。


「私達の意識の深いところでは蟠りが有ったのよね。ランゼに突かれたのが不愉快だけど」

「リリー⋯⋯ごめ──」

「キャラが謝る事じゃないって言ったでしょう? 羨ましいって思っていたのは本当だけど⋯⋯巻き込まれ体質はちょっと、遠慮したいわ」

「ベネ⋯⋯後半が本音でしょ」

「ふふっ。だから私もリリーもレイもランゼに惑わされても「あのキャラだもの」って正気が保たれたのよ」


 レイヤー、リリック、ベヨネッタは数日前、街からの帰りにランゼの攻撃を受けた。

 眠りの意識の中で彼女達はランゼの前世「アイミ」からキャラスティへの嫉妬を煽られたのだと言う。


 レイヤーは悪役令嬢の幸せを。

 ベヨネッタは存在の在り方を。

 リリックは残される寂寥感を。


 それぞれが深層意識に眠らせていたキャラスティへの劣等感をランゼは突いてきたそうだ。


「嫉妬なんて誰でも持っているわよ。だから私達はランゼに「馬鹿もーん!」て叫んだのよね」

「そうそう、それで夢からも、自分の気持ちにも目が覚めたの」

「叫ぶのは気持ちがいいって知ったわ」


 けれど屈する事無く、逆にランゼの悪意を利用してキャラスティに対して持つ気持ちを再確認できたのだから結果ヨシ! なのだと三人が戯ける。


 彼女達は強い。


 それに引き換え自分達は易々とランゼの手中に落とされすぎると男性陣は悔しさに今度こそはと互いに視線を交わし頷いた。


「影響を受けやすいとは言ってもそろそろ格好を付けたいものだ。盛大なお返しをさせてもらおう」

「そうだよ。僕達が足を引っ張るわけにはいかないもん」

「そうだ。俺達は彼女達を守る騎士。その為に加護を使えるよう特訓したのだから」


 加護の力はフリーダ王国に於いてその国の一員となる全てのものに授けられる。

 本来ならひとつの命に風火水土いずれか一つの加護。


 しかし、王妃ハミルネに引き出された加護はアレクスは「火と土」、シリルは「水と風」、ユルゲンは「土と水」テラードは「火と風」、レトニスは「風と土」二つの加護を授かり、レイヤー、リリック、ベヨネッタは「庇護」。キャラスティは「再生」と風火水土ではない加護を授かった。


 これにはフリーダ王国のものではないからなのか、他の理由があるのか加護を引き出したハミルネも分からないと驚いていた。


「少しは俺達も役に立てる様になっているのなら今度こそは護る⋯⋯いや、必ず護りきる」


 加護を得た事で「災厄」に抗えるかもしれないという希望が見えたのだとテラードが聖女宮を見上げたままギュッと拳を握る。


「勿論だ⋯⋯何があっても護る。それで、こんな茶番は終わらせるんだ。絶対に」


 テラードの言う「今度こそ」。それは「グンジ」だったテラードが守れなかった「前世」から続く想い。

 その想いを知るレトニスは彼の肩に手を置き、強く頷いた。

 

「皆さんの加護の力は短期間の特訓だったにも関わらず精度も強さも段違いです。私は皆さんを何があっても導く事をマーナリア様に誓います」

「人の心は弱いものですが……あなた方は乗り越えた。そして互いを想う意志の強さをお持ちです」


 カレンとハルトールは彼らと出会えて本当に良かったと、だからこそ──彼らだけに託すのではなく、彼らと共に挑み、共に勝利を得たいと決意と覚悟を込めて黒霧に覆われた聖女宮を振り返った。


「皆で、勝ちましょう」


 ハルトールの言葉に全員が力強い頷きで応えた。



「そ、それは、アレ⋯⋯の意味だろうか、それとも、ソレの意味だろうか」


 顔を赤らめ目を見開いた彼らは呆然とした後、やっと言葉を絞り出した。


 夜が更ける前、宴がお開きになり明日に備えて休もうとそれぞれ就寝の挨拶を交わしたまさにその時。

 キャラスティが「皆んなで寝たい」と仰天発言をしたのだった。


 同性のレイヤー達はともかく自分達は異性の身である事を忘れているのではないか、まさかこれまでもこの場でも全く意識されていなかったのかとアレクス達は衝撃に卒倒しかねた。

 

「ちが、違います! そう言う意味じゃなくて! 最後⋯⋯」


 動揺したアレクスのアレソレに「最後の思い出」そう言いそうになってキャラスティは言い淀んだ。


 知られてはならない。


 「災厄」となったランゼを止めるには「リセット」するしかない。その為にキャラスティが自身の命を賭けなくてはならない事を。


 何度も考えた。ずっと考えていた。


 命を賭けても世界そのものを「リセット」すればこの世界は再構築され自分は「キャラスティ」としてまたこの世界へ生まれ出る事が出来る。

 しかし、それはアレクス、シリル、ユルゲン、テラード、レトニスとの時間だけではなく、それぞれがこれまで築き上げた関係を忘れ、今の「キャラスティ」を忘れ「悪役」としての存在になる事であり、レイヤーもリリックとベヨネッタも「悪役」になってしまう。


 全てが思い出にすら残らない。


 それが嫌だと思うのはキャラスティの我儘だとしても彼らの存在、歩んできた過去を無かった事にはしたくはない。

 だからこそキャラスティは自分とランゼだけを「リセット」すると決めたのだ。


「なんだキャラスティは一人で寝るのが怖いのか? 僕様が一緒に寝てやるぞ」

「はあ!? レオネル何を言い出すんだ」

「僕様はまだ子供だからな。特権だ」

「駄目だ! キャラ、怖いなら俺が一緒に寝る!」

「レトの方がもっと駄目!」

「レトニス様破廉恥ですっ」


 エヘンと胸を張るレオネルを押し退けたレトニスが食い気味に乗り出してリリックとベヨネッタに叱られる。

 自分達にとっての「いつもの風景」。

 誰ともなく吹き出して笑い声に包まれる中、キャラスティは一人静かに目を閉じた。



「これは⋯⋯なかなかの恥ずかしさ、だな」

「僕様はなんか楽しいぞ」

「私も楽しいわよ修学旅行? 合宿? みたいで。夜中にこっそり皆んなで集まったの。懐かしいなあ」

「レイヤー嬢はリア充だったんだな」

「りあじゅう? なんだそれ。テラード、どう言う意味だ?」

「僕も楽しい。みんなで寝るなんてこれから先、出来ないもん」


 結局、楽しそうだと女性陣が後押しし、ベッドマットレスをレオネルの部屋へ運んでもらって枕を並べた。

 お喋りをしている内に一人、また一人と眠気が差して来て静かな寝息が始まるとキャラスティはそっと起き出し、窓からうっすらと差す月明かりの中暗闇を纏う聖女宮を眺めた。


「冷えるよ」

「⋯⋯レト。ありがとう」


 肩に毛布をかけられながらしっかりとキャラスティはレトニスを見つめる。

 一瞬、目を見開いたレトニスはそのまま抱き込もうとした腕を下ろして同じように窓辺に並んだ。


「起こしちゃった?」

「起きていたよ。キャラがちゃんと寝るまで、見てた」

「⋯⋯見てた」


  相変わらずだとキャラスティが苦笑すればレトニスは嬉しそうに微笑んだ。

 

 その表情一つ一つを、仕草の一つ一つをキャラスティは胸に刻む。


「⋯⋯キャラ、何か隠してない?」


 すっと目を細めたレトニスにキャラスティはコクリと頷いて微笑む。

 その仕草は隠し事はあるけれど話すつもりはない時のキャラスティの癖だった。


「話したら怒られるもの。教えない」

「キャラの強情なところは大叔母様譲りだからね。でも、キャラが何を隠していようが何を考えていようが⋯⋯俺はキャラを護る。嫌がっても無駄だよ。キャラが決めた事を変えないように俺も変えない」


 真っ直ぐなレトニスの眼差しにキャラスティは泣きそうになるのを堪えて笑う。全てを語ってしまいたい。本当は⋯⋯怖くて仕方がない。

 

 それでも、言えない。


 言えばきっと彼は止めてくれると分かっているから。だから何も言わず、ただ笑って誤魔化す。そんなキャラスティにレトニスは困ったように眉を下げて溜息を吐きキャラスティの額に自分の額をくっつけた。

 驚いて瞬きを繰り返すキャラスティにレトニスは優しく囁いた。


「愛してる」


 それはまるで祈りのようでキャラスティは心の震えを必死に抑えて願う。

 例え、自分がいなくなっても幸せになって欲しい⋯⋯矛盾した願いだとは分かっているけれど、どうか忘れないで欲しい。

 

 キャラスティが強く瞼を閉じるとじわりと手の平が熱くなる。熱の発生源は夢の中でサクラギと語った日に浮かんだサクラの痣。

 その熱は揺らぐ決意を忘れるなとキャラスティに訴えている気がした。


「んー、キャラ? まだ起きてるの? もう寝なさい。レトもよ」


 眠さに負けて目を開けないままのリリックが二人に声をかけ、コテンと再び寝息を立て始めた。

 キャラスティとレトニスはそんなリリックに顔を見合わせ、どちらともなく互いに手を取り合い小さく笑う。


 明日。終わりが始まる。


 二人はそっと寄り添い、夜の静寂に暫くその身を預けた。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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