中庭の攻略対象とライバル令嬢
傾き始めた太陽の日差しが和らぎ夕方特有の冷えた風が通り過ぎた。
ここは普段は誰も居ない、忘れられた中庭。
そこに絵空事、夢物語と人が聞いたら頭がどうかしたと言われる「前世」そして「記憶」。それらを持つ三人が顔を合わせていた。
訳が分からないと唖然としているキャラスティにテラードとレイヤーはノートを元にこの世界を語った。
「前世」ではこの世界は主人公の「ヒロイン」がテラードを始めとした攻略対象者と恋愛する「ゲーム」だった。
その「ヒロイン」の恋を邪魔する存在がライバル令嬢と呼ばれるキャラスティやレイヤー達。レイヤーに至っては「メイン悪役令嬢」だ。
ライバル令嬢の妨害を乗り越え、攻略対象者達と「ヒロイン」が結ばれるとライバル令嬢達は「断罪」され、学園を追われ、国を追われ、家族にも見捨てられ、咎人の地へ流される。
キャラスティが見ていたのは、ほんの一部それも逆ハーレムの「断罪」シーン。
「未来、ではなく「ゲーム」?」
「そう。キャラ嬢が見ていた「夢」は「ゲーム」の一部なんだ」
「作り物⋯⋯という事ですか?」
「そうだな。キャラ嬢が断片的に見ていた「夢」は「ゲーム」の一部で作りものだ。でも、どうしてか世界が本物になり、俺達はここにこうして生きている」
「頭では理解しているのですが⋯⋯」
キャラスティは混乱していた。
「ゲーム」と言われてもスッキリしない。それでも「ゲームなんだ」と理解している。
「そうよね」とレイヤーが呟いた。記憶があっても部分的すぎる。それにレトニスとの関係が良好であれば掌を返した態度の「記憶」は恐怖だったのだろう。時間をかけて対策が出来た自分と違ってどう対処すれば良いのか分からず戸惑うものだ。
「仲の良かった人が自分に辛い事を言うかも知れないって思うのは確かに警戒するわよね」
「私は仕事を持つ女性だったようで、それを「前世」と思って、たまに見る「ゲーム」の「夢」を未来だと思っているんです」
レトニスはいつかキャラスティを拒絶する。それに怯え、距離を置こうとしていた。
「未来ね。確かに選択次第では「未来」になるのよ」
レイヤーは今まで「ゲーム」の知識でフラグと呼ばれる物を回避して来た。
「ゲーム」通りのレイヤーであれば、行き着く先は「断罪」だからだ。
「だからキャラスティが「ゲーム」とは違う行動、レトニス様を避けるのも同じで「断罪」回避でもあるの」
少しずつキャラスティの混乱が整理されていく。
ふと、あの時、疑問に思っていた「ある事」が思い出され「ゲーム」と関係があるのではとテラードとレイヤーに打ち明けた。
「あ、あの! 一つ聞きたいことが。先日レトに送ってもらった時、レトの雰囲気が変わったんです。それからレトの、その⋯⋯「好意」があからさまになったのですが⋯⋯」
「⋯⋯それって初めて俺と会った日?」
「はい」
テラードがノートを捲り「迷子イベント」のページにテラードの指が置かれた。
──迷子イベント──
条件:好感度「好き」状態。好感度が一番高い攻略対象者で発生。
イベント発生:街に出て迷子になり、攻略対象者が迎えにくる。馬車内で「告白未遂」発生。
「これが起きたんじゃない? 現時点で攻略対象者の俺達の中で「好感度」を持つ対象がレトニスに居たからだと思う」
「⋯⋯でも、そのイベントは「ヒロイン」て方が受けるものではないですか?それに攻略対象者が影響されるなら、この先お二人の知る「ゲーム」の通りになって「夢」の通りに⋯⋯」
「シナリオの強制力ってやつね。無いとも言い切れない、としか言えないわ。でも、「ヒロイン」が居ないのにイベントが起きたのは全部が全部ゲーム通りじゃないとも言えるんだけど」
レイヤーの言うシナリオの強制力とはその人の意思とは関係なく決められた道筋に進もうとする。
「キャラ嬢、イベントは起きたけれどレトニスの気持ちは強制されたものじゃ無いんじゃないか? 「ヒロイン」が居ないのに起きたんだから。あいつの気持ちは疑わないであげてくれないか?」
「レトは⋯⋯次期侯爵です。立場が違います。私がレトの近くに居ると「ゲーム」にレトが影響されてしまうのなら、離れた方がいいんです⋯⋯」
「まあ、警戒するのも私は少し分かるわ。だって確実に「断罪」を回避するなら攻略対象者とは関わりを少なくしたいもの」
強制力が働いていないと言われても直ぐには受け入れられない。平凡で価値がない自分に幼馴染以上の気持ちがあるのを認めるのもキャラスティには難しい。
今は「好感度」に影響されて勘違いをしているだけだ。
「シナリオの強制力で言えば、テラード様にも私は警戒してるわよ。攻略対象者の一人なんだから強制力に影響を受ける可能性があるもの」
「それについて俺は無い⋯⋯と言い切れない。自分の意思では無い事態が起きた時、抵抗しようとは思ってはいるけど何が起きるか⋯⋯」
「情けないわねえ。私は悪役令嬢なんて言わせないわよ。絶対、抗ってやるんだから。記憶が蘇ってからそうして来たの。キャラスティと他の子達だって救うわよ」
レイヤーが片目を瞑って「大丈夫」と胸を張った。
「頼もしいな。例えば俺が俺でないと感じたら目を覚ましてもらおうかな」
「ええ、全力右ストレート入れてあげるわ。私「前世」でボクシングジム通ってたのよ。今もシャドーボクシングは日課よ」
「顔はやめて。ボディーにして欲しいかな⋯⋯」
二人のやり取りにキャラスティは自分が殆ど「前世」を思い出していない事が情けなく、何も出来ないどころか中途半端な情報に怯え、足を引っ張るのではないかと不安に俯く。
思い出すのは怖い。それでも思い出す事で同じライバル令嬢だと言うリリックとベヨネッタが守れるなら思い出したい。絶対に「ゲーム」の結末にはさせたくはない。
レイヤーの様に守れる力も権力も持っていないが何をしてでも、自分が代わりに全部請け負ってでも守りたい。
膝の上で握り締めた手に力が入った。
「何も思い出せない私は何も出来ないのでしょうか」
「やれやれ」と二人はキャラスティの手を取り、テーブルの上で互いの手を重ねた。
「穴だらけの記憶じゃ不安にもなるだろうけど、知っている俺達が近くに居るんだから頼ってよ。俺、子供の頃に記憶が蘇った時は一人だったしそりゃ怖かったんだよ」
「あらぁ? テラード様もしかして寂しかったの? 仕方ないわね、宜しい。二人のお友達になってあげますわよ」
「お二人は公爵家と侯爵家ですよ⋯⋯お友達は⋯⋯畏れ多いのですが」
「やだ、そんな事で断られるの!?」
「友達欲しい⋯⋯」と俯いたレイヤーが寂し気に呟いた。
公爵令嬢に近付く者にはその権力に取り入ろうとする下心が少なからずある。レイヤーが仲良く出来ていると思っていても相手はレイヤーを持ち上げ機嫌取りしているだけだったと何度も落胆して来たのだ。
「あの、私でよければ⋯⋯ですが」
「本当っ? キャラって呼んでいい? もう呼ぶわ。友達出来たー!」
「友達が欲しかったのはレイヤー嬢の方じゃないか。なあ、所でキャラ嬢、なんで「ビール」だったんだ?」
呼び出しの始まりは「ビール」。ここに来て聞かれるとは思わなかったキャラスティが言いにくそうにアワアワし始め頰を染めた。
「⋯⋯「夢」はビールの印象が強くて、ハッキリした記憶が全てビールなんです⋯⋯」
「余程「前世」はビール好きだったんだな⋯⋯」
「逆ハーイベントだけとビール。これってもし「ゲーム」の結末になったらビール瓶で戦えって事かもよ」
「それは何の罰ゲームだ?」
両手にビール瓶を携えて並ぶライバル令嬢達。悲しくて悔しい「断罪」のシーン。負けが決定しているのにただでは負けないシーンに変わりキャラスティに漸く笑顔が浮かんだ。
「⋯⋯このまま「ヒロイン」が現れなければ。ううん、現れたとしても何も無ければ私達の不安も杞憂だった。で、済むのよね」
ポツリと溢すレイヤーにテラードとキャラスティが顔を見合わせた。テラードが微かに苦笑し、キャラスティの手を握り締めてくる。意外な行動にキャラスティが身構える中テラードが告げた。
「その事だけど⋯⋯「ヒロイン」が来月編入するんだ」
それはキャラスティの平凡な日常の終わりを示唆する言葉だった。




