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第一話 売上が盗まれた

「いつもありがとうございます!」


「こっちこそ、また頼むよ」


 薬屋の主人から代金を受け取った。硬貨の詰まった袋は心地良い重さだ。


 俺はリノ。14歳。家は主に薬草を育てている農家だ。今日は村から街の薬屋に素材を売りに来た。お得意様にもう一度頭を下げて薬屋から出る。


「いっぱい貰えたな」


 受け取った袋を撫でる。こうやって自分の収穫した薬草がお金に変わるのは嬉しい。


「早く帰ろう」


 きっと母さんも褒めてくれるはずだ。初めて一人でこなした仕事の成果。達成感と無事に終わった安心感

で頬が緩む。歩き始めようとしたとき、足元に何か生き物がじゃれついているのに気が付いた。真っ白な猫だ。瞳は目が覚める様なパッキリと濃い緑色。薔薇のモチーフのついた赤い首輪を付けている。動きもどことなく気品に溢れている気がする。良い所の飼い猫らしい。


「ん?何、君、どうしたの?」 


 しゃがみ込み、足に首を当ててゴロゴロと喉を鳴らす猫に聞く。


「お腹空いてるのかな。僕、君が食べられそうな物、持ってないんだ」

 ごめんね、といって白猫の頭に手を置く。毛並みもサラサラだ。汚れも全くついていない。可愛いな。白猫は返事をするようにニャアと鳴いた。家でも猫、飼いたいな。スタンノヘンスのペットショップに寄ってみようか、と撫でながら考える。いつまでも撫でていたい。ぼんやりと猫を見ていると、突然白猫がこちらに向かって跳びかかってきた。


「うわっ」


 白猫の顔がいきなり近づいたのに驚いて尻もちをつく。寸でのところで衝突事故は避けられた。僕が無様に転がったのと対照的に、白猫は何もなかったかの様にこちらに背を向け座っている。あんまり触ってたから怒らせちゃったかな。尻についた砂を払い立ち上がる。そこでさっきまで手に持っていた袋が無いことに気が付いた。薬草を売った金が入った、小さな麻の袋。落としたかと周りを見るがそれらしきものはない。焦りで血の気が引いた。白猫は顔を下に向け丸まっている。僕と反対側を向いてて表情は読めない。もしかしたら白猫が袋を下敷きにしてるのかも。


「ねえ、君、ちょっとそこをどいてくれない?」

 返事に答えて白猫がゆっくりと振り向いた。ガラス玉の様な目がなに?と言っている気がする。その口元には俺が探している袋があった。


「あった……」

 袋を見つけてほっとする。失くしたら母さんに鬼の様に怒られる。普段はそうでもないけど怒り出したら長いんだ。


「それは食べ物じゃないよ。返してね」

 白猫に向かって手を伸ばして言う。白猫は一度首を傾げた後、予備動作もなくいきなり走り出した。猫って、走るの早いな……。現実逃避する頭が確実に今必要ない感想を捻りだした。チャラチャラと袋の中の硬貨が擦れる音がどんどん遠ざかっていく。


「いや、嘘だろ!」

 固まった体を叱咤して白猫が去った方へ走り出した。ここは緩やかな坂だ。白猫は坂の上の方へ走っていった。南に海があって、北に山があるからこの街全体に緩やかな傾斜がついている。その山の方へ走っていった。ガチャガチャと背負った木のリュックを鳴らして、必死で白猫を追いかけた。走るのはあんまり得意じゃない。見失ったらどうしよう。焦りと恐怖で目じりに涙が浮かんできた。白猫は自分の頭ほどの袋を咥えているにも関わらず、無駄なく四足を動かして進んでいく。


「待って!」


 土地勘が無い場所をがむしゃらに走って追いかける。慌てすぎて、道を歩く人にぶつかった。


「おう、何だ!?」


「気を付けろよ坊主!」


「ごめんなさい!」


 走るのを止めずに叫んで謝った。白猫から目を離したら見失ってしまう。



 ◇



「ここ、絶対入ったらまずい奴だ」


 追いかけて追いかけて、その先にあったのはそれは豪華な城だった。白猫は城を囲う塀を軽やかに乗り越えていった。僕の身長よりも少し高いくらいの塀だ。足をかければ乗り越えられるだろうけど……


「カスティーリャ伯爵の城……」


 カスティーリャ伯爵はこの辺りの領主だ。城は山の中腹の、街を見下ろす場所に建っている。中に入ったわけでもない、外から少し見ているだけなのにその荘厳さに気圧されてしまう。貴族が住む場所。僕には想像できない世界が広がっている場所。何となくさっきまでと空気も違う気がする。森の中っていうのもあるけど、静かで鳥も控えめに鳴いている。


「あの子、ここの人が飼ってるのかな」


 整った毛並みの、上品な白猫の姿を思い浮かべる。きっと俺よりいい暮らしをしているのだろうな。


 どうしよう、下手に中に入ったら泥棒と思われるかもしれない。泥棒はあの、お金を盗んだ白猫なのに。かといってこのまま手ぶらで村に帰る訳にも……あの代金で新しい種だって買わなくちゃいけない。うちには三か月分の薬草代をすっぱりと諦められるほど余裕はない。


 ぐるぐると考えながら塀を見る。塀を乗り越えていった白猫が戻ってきていた。塀の上から大きな緑色の眼でこちらを見ている。袋は中に置いてきたらしい。口には何も咥えていなかった。


「返してくれよ、あのお金が無いと困る」


 白猫に訴えるが、猫は分かっているのかいないのか、ニャア、と短く鳴いた。また塀の中に入っていった。


「ああもう、俺は悪くないぞ」


 飼い猫にしつけをしていないのが悪いんだ。僕は白猫を追って石で出来た塀を乗り越えた。


 塀の向こうは、隅々まで丁寧に手入れがされた庭園だった。きれいに整えられた金木犀の生垣。地面に敷かれた白いタイルに噴水から伸びる水路。水路の中には蓮の花が浮いている。


「すごい……」


 思わず絵画の様な景色に見入る。右を見ても左を見ても、どこを額縁で切り取っても完璧な絵になりそうだ。


「植物の手入れの仕方、教えてもらいたいな」


 ここを造り上げたのはきっと腕がいい職人だ。きょろきょろと庭園を見て回っていると、どこからか話し声が聞こえてきた。見つかったらまずい。咄嗟に生垣の陰に隠れて声の方を伺う。


「ヴィクトリカ様、お茶の用意が出来ました」


「ありがとう」


 女の子の声だ。金木犀の甘い匂いに混じって紅茶の匂いが漂ってくる。


「あら、キティ、お帰りなさい」


 ニャア、と猫の鳴き声がした。

読んでくださってありがとうございます。

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