悪魔と呼ばれるモノ
暗く、静かな部屋。其処に微かな灯火に2人の人影が映っていた。
本人達は小声で話しているのだろうが広い部屋の為に声がやたらと響き渡る。
「おい、アレは完成したのか!?」
少し、枯れたような声色。それに加え低いトーンだからなのか威圧感を与える。
「はい。順調に事は進んでおります。報告書にも貴方の言う通りのままに提出致しました」
彼に数歩分後ろを歩く痩せ細った男性。彼より遥かに若く、少々挙動不審気味である。
「うむ、ならば良い」
「……しかしホントに良かったのでしょうか」
「………」
「あれは最早兵器の域です」
「黙っていろ。お前に口出しされる謂れなどない」
「っ……」
「あれは我々の大いなる“玩具”にすぎん」
「玩具……ですか」
若い男は2、3秒立ち止まり何となく後ろを振り向いた。
勿論、其処に何もないの事は知っている。しかし、振り向かずにはいられない。
だがしかし。
男は眼を見開いた。
「ぁああぁああ!!!」
いつしか、声は2人のものとなっていた。
悲鳴を聞き付け駆け付けた警備員の証言によると、2人とも躯の1部が欠落していると言う事らしい。
――指令部本部
「……はぁ。あの方達は一体何をやっているのですか」
僕は白衣を着、自室を出て現場へと向かう。
「スクア様、こちらです」
現場付近で待機している女は僕の秘書カルマである。
「ん。了解」
僕は適当に頷き、カルマの後をついて行く。
「そー言えば今回の事件は身内で起きたらしいが?」
「はい。実は実験部のアルフとその部下のカイだと言うことが証明書で確認が出来ました。アルフは数年前からこの実験に携わっていた所以、アレについては人一倍過大評価していました」
カルマは持っていたメモ用紙を見ながら状況説明を長々と続ける。
「それで、部下の方は?」
「はい。カイは実験部、しかもあのアルフの部下でありながらあまりアレを好んではいませんでした」
「好まないっていうのに実験部に?なんの理由で……」
「カイはアルフの実績や能力に惚れています。……ただ」
焦らすように数秒間を空けてからカルマは続ける。
「互いの性格や価値観は交錯していたようです」
「交錯……ねぇ」
曖昧な返事を返し、僕は2人の元へと歩む。躯の1部が欠落していると事前に聞いていたがこうも酷いと言葉も見付からない。 それにしても、だ。こうも性が合わない2人がなんでこんな所に居たのだろうか。
そして、此処で一体なんの話をしていたのだろうか?
それが、今回の事件の‘鍵’となるのではないだろうか?
「……で、犯人は判っていないんだろう?」
「はい、スクア様」
「……はぁ」
想像通りの返答なだけに僕は溜息を吐く事しか出来なかった。
「しかし、我々はアレが原因だろうと推測しております」
「アレ、ねぇ……しかし、アレは未だ実験段階までにしか進んでないと報告書に記してあったが」
「実験部の誰かが捏造でも行ったのでしょう」
「……例えば、それがアルフだという可能性は?」
「低い、とは言い切れません」
しかし、これらは仮定された話。証拠もない。
「……仮にアレが完成品だったとしよう。しかし、アレは自分の意思がない……誰か――遠隔操作をしなければ2人を殺せない」
「スクア様!!カルマ殿!!」
どのくらいの距離を走ったのかは分からないが息は荒く、暫くは彼のゼェゼェと吐く声しかしなかった。
「シェル……ん?それはアレの報告書か」
「はいッッ!!前日に提出されたアレの報告書です」
「あぁ、すまない」
実験部のメンバーの1人、シェル。 彼は有能であり、人望も厚い。誰に対し媚びを打つわけでもなく、意思と覚悟で前に進むような男だ。そしてアルフと違い、温厚で真面目だ。
「それより大変なんです!!」
シェルの一言で僕は我に帰る。
「大変?」
「はい。これとこれを見てください」
シェルが僕に差し出したのは二枚の紙切れ。
「シェル、貴方は一体何を言いたいのですか」
カルマはシェルの遠回しな言い方に苛立ちを感じたのだろう、少し言葉が荒い。
「カルマ、落ち着いて……シェル」
「は、はいッ、こちらは昨日提出された報告書です」
持っていたその紙切れを僕に渡す。
「そして、これはアルフ直筆のメモです」
「だから、シェル!!貴方は一体――」
「ん?」
カルマの怒りが頂点に達す前に僕が叫んだためシェルもカルマもすっとんきょうな表情を向ける。いや、シェルの場合は安堵の溜息を吐いていた。
「……スクア様?」
「これ……あからさまに変だッッ!」
「変……!?」
カルマはシェルの言いたい事が判らないらしく、眉間に皺を寄せ考える。
しかし、結局判らないらしく、溜息で諦めを表した。
「実は、アルフのメモとこの報告書は字体が違うんです」
「……そう言われれば、そうね」
「そして、この報告書と同じ字体を鑑識したところ、アルフの部下カイのものだと判りました」
「まさか!!?」
「大方、アルフが書かせたんだろ」
僕は、2つの遺体に視線を向けた。
それはあまりにも無惨で残酷。こんな事、人間には為し遂げられない業だ。
「しかし、今となってはこの際そんな事関係ない」
「スクア様」
「もし、アレが完成品ならば早急に調べる必要がある……シェ」
アレを調べるよう指示を出そうとしたが、急に地震が起きた。
「スクア様ッッ」
「カルマ、シェルッッ、しゃがめ」
待てども待てども地震の揺れがおさまらない。
「くッッ」
寧ろ、ますます強くなりつつある。
――ドォォオォン――
何かの、爆発音が響く。
「マズいッッ、このままだと此処も崩れるッッ!!」
「スクア様ッッ、あ……アレが!!」
「――え……」
シェルの言葉を聞き返そうとしたが、一瞬にしてそれは別のものへと変わった。別のもの、強いて言うなれば生気を感じさせないそれだった。
「ッッ、シェル!!」
揺れは一向におさまる気配を見せない。
その代わり、揺れの振動でシェルから溢れる血液が僕の足元にまで迫って来る。
「スクア様、後ろッッ!!」
カルマは僕が反応するより早く動き、僕の盾となる。
「カッッ……!!」
僕の心配を余所に、カルマは歯を食い縛り、ふらふらとよろめきながらまた僕の元へと寄る。時折、吐血しながらも。
僕はそれまで、一体何があったのか状況が理解出来なかった。いや出来なかったのではなく、したくなかった。
「これは……」
「スクア、様……早く逃げて……くだ――」
最後まで言い切らずにカルマは倒れた。
「カルマァアァァア!!」
悲痛な叫び声など聴こえる筈もなく。カルマはそのまま身体を起こすことはもうなかった。
「くッッ……」
僕の周りには人は居ない。為す術もない。そして。
アレは僕に狙いを定め、銃のような武器と呼ぶそれに恐怖で身体が動かなくなってしまった。必死で立ち上がろうとしても立てず、立てたとしてもふらついて直ぐその場に倒れ込んでしまう。
「や、やめッッ……」
容赦なく武器を放ち、とうとう僕も朽ちた。
気付けば身体は浮いていた。身軽で簡単に立ち上がることも出来る。そして、足元には転がる僕の亡骸。
成る程、片腕がない。アルフとカイの件もアレが殺ったのか。
(――…)
再び地震のようなものが起きる。しかし、今はその地震の正体が明白になった。
その正体とは、アレが暴れ破壊を続けている。在るもの全て。見えるもの全て。
それはまるで悪魔のようだ。悪魔が僕らの世界を無かったかのように抹消しようとしている。
否、清算。
(……凄惨、とも云えるかな)
1人納得する。いずれ、此処だけではなく街にも侵出するだろう。そうすれば、ホントに世界は凄惨される。
悪魔が世界を制し、常世を征す。
悪魔の世界に少しだけ興味を持ったが、酷い想像しか浮かばないので止めた。
少しの間アレを見ていたが、いつの間にか僕の記憶はなくなっていた。
悪魔 ガ 世界 ヲ 制 シ 悪魔 ハ 世 ノ 新 シ キ 住民 ト ナ ル
終
後半、ゴタゴタしてしまい不燃焼気味です。
変な所がありましたら、ご指導していただけたらと思います。