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姫様の恋

作者: mako

今私は、男の人をベッドに押し倒している。


「ひ、姫様、いけません…」


引き締まったその大きな体ならば、華奢な私の体くらい簡単にどかせる事ができるだろう。それができないのは、一国の姫に対する不敬を恐れてか、はたまた女性の扱いにあまり慣れていないからなのか…。 



「どうしていけない理由があるのですか?その大きな手で私を抱き寄せ、その美しい声で愛をささやいてくださいませ…」


顔を近づけそう願う私に、彼は悲しそうな表情を浮べ答える。


「私に…そのような資格はありません…」






我が王国と隣の帝国は長い間戦争をしていた。互いの国力は拮抗しており、なかなか決着がつかないまま50年もの年月が流れた。しかし長く膠着していた戦局はここ2年ほどで大きく動き、ついに我が王国の勝利を持って終焉を迎えた。そしてこの劇的な勝利には1人の男が大きく貢献している。


その男は地方の下級貴族の出身でありながらも剣の才に恵まれ、軍に入隊してからメキメキと頭角を現した。そして隊を指揮を任されるようになると、その類まれなる采配で勝ち星を積み上げていき異例の若さで将軍へと昇進した。

その後も的確な采配で帝国軍相手に最小の被害で何度も勝ちをものにしてきた。


この男のおかげで拮抗していた戦局が大きく傾き、王国の勝利につながったことは誰の目に見ても明らかだった。


「それが彼だよ」


そう言って第二王子おにいさまは演習場の真ん中を指す。そこには木剣を持ち3人の若い軍人を1人で相手している男がいた。


厳しい表情で訓練をしている顔は凛々しく、体は大きく引き締まっていていかにも軍人らしい出で立ちをしている。


彼は王国に勝利を導き、戦争を集結させた英雄だ。若くしてその栄誉を手にした彼はきっと誇らしいだろう。自信に満ち溢れているだろう。


私はそれが気に入らない。


たとえ敵であっても大勢の人間を殺しておいて、英雄と呼ばれるなんて私は認めない。きっと少しおだてれば胸を張って、自身の武勇を語り出すだろう。そして話が盛り上がってきたところで、私は軽蔑した態度で言ってやる。


「どんなに武勇を語ったところで、あなたはただの人殺しなんだ」と。






窓の外に件の将軍を見つけた。なぜか庭園の木をじっと見たまま動かずにいる。チャンスだと思った私は侍女に見つからないように部屋を抜け出し将軍の元へ向かった。


「はじめまして将軍様」


私はあえて好意的な声色で話しかける。


「姫様!?」


将軍は慌ててその場に片足をつき頭を垂れる。面と向かって会うのは初めてだが、やはり将軍クラスになると一国の王女の顔くらいは覚えているようだ。


「そんなに畏まらなくてよろしいですわ。立ってお顔を見せていただけませんか?」


そう言うと彼は少し迷いつつも立ち上がった。


「お初にお目にかかります姫様」


「お噂は聞いておりますわ。この度は素晴らしい働きをされたようですね」


私はわざとおだてるような言葉をかける。きっと鼻高々に自身の武勇を語ることだろう。


「私一人の力ではありません。我軍全員の功績でございます」


まずは謙遜してきたようだ。まぁいきなり王女相手に自慢話は始めないか。


「またまたご謙遜を。素晴らしい采配で最小の被害で勝ちをものにしてきたとのお話ですわ」


「それでも、一人も死ななかった戦いはありませんでした…」


わざとらしく暗い表情を見せる。なんて白々しいことだろう。


「我が軍の中であなたが1番多くの勝ちをおさめたとお聞きしてますし」


「それだけ多くの人を傷つけてきたということですよ」


………。


武勇を語る素振りなくは悲しそうに謙遜を続ける彼に対し苛立ちを覚える。さっさと武勇を語って調子に乗ればいいのにと。


「ご自分の力で戦争を終わらせることができて安心したのではないですか?」


「いえ、私の力などでは…。ただ、これ以上この国の人々が傷つかなくてよいという点は安心しています」


私は苛立っていた。多くの命を奪っておきながら偽善者のごとく謙遜を並べる彼に腹を立てていた。


「自国の民のためならば、他国の人々の命を奪っても良いと言うのですか?」


怒気を含ませた口調で彼に問いかける。本来はもっとスマートいくはずだったのに、ついつい感情的になってしまっている。


「いえ、決してそのようなことは…」


「他国の民にも、大切な家族や愛する者がいたはずなのに。その死を悲しむ者がいたはずなのに」


自然と目に涙が浮かび、零れそうになる。


「戦争だから仕方がないと言うのですか!」


彼に言っても仕方がない事だとわかっている。だから軽く皮肉を言う程度のつもりだった。そもそも彼のおかげで戦争が終結した事で、これ以上人々が傷つかなくてすむのだって理解している。それでも、気持ちがどんどん膨れ上がっていき、抑えることができなかった。


「姫様は戦争が……人が死ぬのがお嫌いですか?」


「あ、当たり前ですわ。いけませんか?」


恐る恐る聞く彼にぶっきらぼうに答える。すると彼は寂しそうに、しかしホッとしたような笑みを浮かべる。


「いいえ…それはとても、素敵なことです」


馬鹿にされているのかと思った。でも彼の表情には侮蔑の感情はなく、心からそう思っている様に感じた。


まだ彼に何か聞きたいが、肝心の言葉が出てこない。少し悩んでいると侍女が呼んでいる声が聞こえる。まもなく見つかるだろう。


「取り乱してしまい申し訳ありません。まもなく侍女が迎えに来ると思うので失礼しますわ。お邪魔して申し訳ありませんでした」


「い、いえそんな」


「ところで、こんなところで何をなさっていたのですか?」


庭園の木をじっと見ていたようだったが…。


「あぁ、姫様はこの花をご存知ですか?」


彼の指差す先には小さな白い花が咲いていた。


「…確か、メイデスの花かと。」


「そんな名前なんですね。私は名前は知らなかったんです。でも…」


そして彼は優しくほほ笑む。


「死んだ戦友が、好きだった花なんですよ…」





その後王女付きの侍女に猛烈に怒られたが、理由を聞かれた際に「国の英雄様とはなしてみたかった」と言うとそんなに厳しいお咎めは無かった。見目麗しい彼は女性に人気だ。さすがは英雄様、いや様々である。


あれから2日経つが彼の事が頭から離れなず、ついつい窓からあの花の木に目をやってしまう。そして思い出しては腹が立ち、同時に胸が苦しくなる。大切な人を奪った戦場で彼は何を思いながら戦い続けたのだろうか…。


「あれは…」


若い軍人が例の木の辺りで重そうに荷物を運んでいる。彼は確か将軍にしごかれていた軍人の一人だったはず。


「…………。」


ついこの間勝手に部屋を抜けだして怒られたばかりだ。抜けだしたら今度こそ厳しいお咎めが待っているだろう。


「…………。」


それでも私は抜けだした。







「ごきげんよう」


今日は少しお上品に声をかけてみる。


「は、はい!!」


こちら見るなり固まる青年の軍人…もちろん面識はないが、雰囲気で高い身分相手だとわかったのかもしれない。王女だとは思っていないようだが。


「あなたは此度の戦争での英雄である将軍様の部下の方ですか?」


時間もないため単刀直入に質問する。


「はい、あの、その、部下は部下なのですが私は下っ端で…でも将軍にはいつも鍛えていただいてます」


ということは、情報収集はできそうね。


「皆の噂になっている将軍様に私も興味がありまして…。あの方はどのようなお方か、お聞き出してもよろしいですか?」


そう質問すると、彼は身を乗り出す勢いで話し始めた。


「将軍はとても素晴らしい方です!剣の実力も素晴らしいですがその奇想天外な采配にはいつも驚かされました!多くの戦いに勝利し、たくさんの武勇を作って来たのに、心優しく私たち平民の下級兵にもよく声をかけいただき、鍛錬していただいてます。とてもとても心の広いお方です!」


…彼はかなり将軍を敬愛している様子だ。


彼が嬉々として将軍を褒め称えるため、私はまた苛立ってきた。そしてついつい強い口調で言ってしまう。


「将軍は、多くの人の命を奪ってきたではないですか」


私がそう言うと、彼は悲しそうな表情を浮かべる。


「私達は軍人ですので、国を守るためには人を傷つけることもあります。もちろん命を奪ったり逆に命を奪われたり…」


それが彼らの仕事だ。そしてその仕事はきつく苦しいが、しかしなくてはならないものでもある。


「多くの命が消えていく戦場で、将軍はいつも頭を悩ませていました。どうすれば味方の命を守れるか。将軍は仲間を捨て駒にするような作戦は一度だって使ったことはないんです。それだけではなくどうすれば敵の兵もできるだけ殺さずに戦場を抑えることができるかを常に考えてました。」


若い軍人は泣きそうな目で私を見る。


「やらなければやられる戦場という場所で、味方だけでなく敵の命も守ろうとして、そのうえで将軍は多くの勝ちをおさめてきました。同時に犠牲になった仲間に心を痛めてもいたんです。俺の親友が戦争で死んだ時には、一緒に涙を流してれたんです。下っ端の平民の俺達のために…」


彼は当時のことを思い出したのか、悲しげな顔を浮かべる。


私が知っている軍の幹部など、下っ端を動く駒程度にしか考えていない傲慢人間ばかりだった。いくら英雄と呼ばれようが彼だってそうだと思っていた。


「ご令嬢様は、人が死ぬのがお嫌いですか?」


青年は将軍と全く同じ質問をしてきた。


「当たり前ではないですか」


すこし不機嫌に返答すると、青年は嬉しそうに笑った。


「将軍もきっとそうなんだと思います。人が死ぬのがとても嫌いなんです」


軍人なんですけどね、と彼は優しく笑う。有事の際は敵を倒す事が仕事な世界で、人が死ぬのが嫌いな将軍とは、もはやわけがわからないと言ってもいい。しかし確かにしっくり来ているのも事実。


「戦争が終わったら、軍をやめて辺境の街にでも移り住んで、農業でもやろうかなって将軍言ってました。人の生き死にから離れたかったんですかね…」


それはとても無理な話だろう。英雄となった将軍が軍から離れるなど王が許すはずがない。


「姫様ー!どこですか姫様ー!」


侍女が呼ぶ声が聞こえる。まもなくみつかるだろう。お説教が憂鬱だ…。


「侍女が呼んでいますのでそろそろ失礼しますわ。お話ありがとうございました」


青年にそう言うと、何やら青い顔で冷や汗をかいている。


「あ、あの、ひ、ひ、姫様と聞こえるのですか…」


そういえば言っていなかった。


「自己紹介していなかったですね。私この国の王女なんです」


顎が外れそうなほど口をあける彼にそう言って私は、その場を離れる。実に阿呆面だった。




それからまた数日間はあの将軍の事が頭から離れなかった…。あの木の下に来ていないかと窓のから見る事が多くなった。



ちなみに2回目の脱走のあとは流石に厳しく、侍女から愛の鉄拳をいただいた。頭の天辺がめちゃくちゃ痛い。数日経ったのにまだ痛い気がする。10年来の専属侍女だからといってこれって普通に不敬だろう。いや、処罰されたら困るから言わないけど…。


そんな付き合いの長いお姉さんの様な侍女に、この話をしてみた。すると侍女は。


「姫様、それはきっと恋だと思いますよ」


と言った。え、いやいやいや。なんでそうなるのよ。というか私はあの将軍が嫌いだ。そもそも皮肉を言うつもりで話しかけたのだ。


「でもそれはお話をする前の話でしょう?話をして、本当の人柄に触れて、心惹かれたっておかしくありませんよ」


でも頭から離れなかったり、ついつい姿を探してしまうだけだし。


「それこそ恋をしているという証じゃないですか?想っているからこそその方の事を考えたり、姿を見たいと思ってしまうものですよ」


そ、そうなのだろうか。でも下級貴族と姫ではきっと身分が違いすぎるし…。


「国の英雄ならば姫様と結ばれるのはおかしくないと思いますよ?むしろ英雄だからこそ姫様との結婚は国民皆が喜ばれるんじゃないですか?」


……論破されてしまった。これだから頭が良くて仕事のできる侍女は…。





私は観念した。この気持ちは、きっと恋だ。私は将軍に恋をしているのだ。幸い将軍は独身で、噂では恋人も想い人もいなかった。だから私は行動に移すことにした。


「お父様、わがままを聞いて頂いてありがとうございます」


今は国王様おとうさまとともにお茶をしている。


「たまの娘からのお茶の誘いくらい構わないよ。ちょうど息抜きしたかったところだ」


本当に疲れているのだろう、少しやつれたようにも見える。


「戦争が終結して平和になったが、その分しばらくは書類仕事が山積みになりそうだ」


それは是非とも頑張っていただきたい。応援だけしておきますね。


「しかし戦争が終結して本当によかったですわね。何やら英雄と呼ばれる方がいらっしゃるとか?」


我ながら白々しいと思いながらもさらりと話題に出す。


「おー若き将軍の事だな。若いながら素晴らしい働きだった。今度の式典では勲章と爵位を与えるつもりだ」


国王は笑顔で答える。国王的にも英雄様々なのだろう。


「しかしお父様。何十年と続いたあの戦争を集結させた立役者にそれだけでは少し物足りないのではないでしょうか?」




地方の下級貴族での彼からすれば勲章や爵位は充分な褒美だろう。しかし国民から英雄視されている彼に対して、世間が物足りないと感じる可能性は十分に考えられる。


「うむ。それは確かに一理あるが…。しかし他の上流貴族との兼ね合いもあるしのう。」


出る杭は打たれるではないが、若い下級貴族の成り上がりを良く思わない貴族は少なくないだろう。


「わしも彼の働きはもう少し評価してしかるべきだと思うが、どうしたものかのう…」


うまいこと話に乗ってきた国王に、私はすかさず提案をした。


「お父様。それでしたら、私と婚約を結ぶというのはいかがでしょうか?」


「何っ!?」


国王はとても驚いた様子で私を見る。


「王女との婚約は十分な褒美となるでしょう。それも私からのたっての希望ということにすれば、上流貴族からの反発も少しは和らぐかと」


まぁ本当にたっての希望なのですけどね。


「しかし…一人娘のお前には好きになった相手と結婚してほしいと思っていたのだよ…」


国王は私に極めて甘い。そのため政略結婚は断固として認めなかったくらいだ。


「ありがとうございますお父様。しかし私も一国の王女です。国のためにその身を捧げる使命があるのではないでしょうか。私も結婚の適齢期を迎えてしばらく経ちますし、よいタイミングではないかと思います」


自分でもあきれるくらいの白々しさだと思うが、国王は目に涙を浮かべている。


「それほどの覚悟をもっての言葉なのだな。わかった。彼にはお前を嫁がせることにしょう。将軍は良き人柄だと聞いている。きっとお前を幸せにしてくれることだろう」


感極まっている、というかむしろ少し泣いている国王を見て私は思う。


父親ってちょろい。






それから半月ほどたった王国の祝日。今日は戦争に勝利した事に対する祝賀行事の日である。私も着飾って国王の少し後ろに座っている。

戦争で武勇を上げた者たちに国王からの次々と褒美が与えられている。そしてその最後に件の将軍の順番となった。


「将軍よ。此度の働き大変素晴らしいものであった」


国王が頭を下げる将軍に対し威厳たっぷりに告げる。この人なぜか式典の時はオーラが出るから不思議だ。


「はっ!もったいなきお言葉でございます。」


将軍は頭を下げたまま返答する。


「表を上げてよい。民たちから英雄と呼ばれておるようだが、その名に恥じぬ働きぶりであった。そなたには褒美として、勲章と爵位を与える事とする」


「はっ!ありがたく頂戴いたします。心より感謝いたします」


褒美の内容は事前に知らされているため、皆驚く様子はない。しかしここからが面白いところである。


「しかし、国民から慕われておる英雄に対する褒美が勲章と爵位だけでは少し物足りない」


事前の打ち合わせとは異なる展開に周囲が少しざわついている。将軍も少し戸惑った様子だ。


「そこで、そなたには我が一人娘である第一王女と婚姻を結ばせることとする」


周囲が一気にざわつき出した。第一王女との婚姻は上流貴族の嫡男達誰もが狙っていた。まぁ私はぎらぎらした傲慢男たちは決してお断りでしたけどね。

国王は大きく咳払いをし、その場を静めた。


「褒美とは言ったがこれは第一王女のたっての希望でもある。政略的な結婚などではないことをここに宣言しておく」


国王は周囲にそう牽制すると、私に一言話すよう促した。私は立ち上がり、王女として完璧な所作で将軍に近づいた。


「お久しぶりでございます将軍様。私はこの先あなたを支え、生涯添い遂げる覚悟ができております。どうぞよろしくお願いいたします」


「えっ、あのっ…」


突然の婚約発表についていけていない当事者の将軍に向け、国王か言葉を続ける。


「私のかわいい一人娘たっての希望だ。まさか断ることなどないだろうな」


完璧なる脅しである。国王的には、「娘の覚悟を踏みにじるなよ」という感じだろう。もちろんこれは勅命でもあるため、始めから将軍に逃げ場などない。


「こ、光栄の極みでございます!」


声は少し裏返っていた気がする。





それからしばらくは将軍と何度かお茶を共にしながら結婚式の準備を進めていた。将軍からは「なぜ?どうして?」と質問されたり「私などやめたほうがいい」などの話を振られたがすべて微笑んでスルーした。




そして結婚式を前日に控えた今日、事件は起きた。


(カ…チャン…ギギギッ…)


真夜中に姫が男の部屋に侵入するという前代未聞の大事件だ。もちろん起こしたのは私だ。


ドアを閉めゆっくりとベッドへ近づく…。


「誰だ!!」


突然将軍の声が響き枕元の灯りが灯される。心臓が口から飛び出るかと思った。


「こんな夜中になんの用だ。姿を見せろ」


厳しくも凛々しい声が部屋中に響く。まだ心臓は落ち着かないが、私は何食わぬ顔で立ち上がる。


「こんばんは将軍様。起きてらっしゃったのですね…」


灯りに照らされた私の姿を見て、将軍は驚愕の表情を見せる。


「姫様!?ど、どうされたのですか」


さっきまでの厳しくも凛々しい声はあっという間に裏返り、今度は間抜けな声が部屋に響く。


「明日夫婦となる将軍さまの事を思うと、胸が苦しくなり、いてもたってもいられなくなりました…」


というのは嘘。結婚式当日に「やっぱり結婚できない」なんて言われないよう、既成事実を作りに来たのである。


もちろん一国の王女が部屋から出て男の部屋に忍び込むなんてこと簡単にできるわけないため、数日前から念入りに準備をしておいた。


「しかし…こんな夜中に男の部屋に来るなんて…」


さすがの将軍も少し困っている。このままでは自室に帰らされかねない。


「ごめんなさい…」


私は弱々しい声で謝りながらゆっくりと将軍に近づき、抱きついた。


「姫様…」


こんな乙女を無理やり引き剥がして帰らせるなんてことこの将軍には無理な話である。


そしてそのまま将軍をベッドに押し倒す。


「なっ!?」


油断していた将軍は簡単にベッドに倒れ込む。


「な、何を!?」


焦る将軍を見ながら私は微笑む。


「将軍様に、愛を囁いていただきたいのです…」


私は手のひらをそっと将軍の頬に当てる。


「ひっ、姫様、おやめください」


ここまで来て将軍はまだ私を止めようとする。


「どうしてやめる必要などあるのですか?その大きな手で私を抱き寄せ、その声で愛をささやいてくださいませ」


私は本心から願った。彼に愛してもらいたかった。


「私に…そのような資格はありません…」


将軍はとても悲しそうな表情で言葉を続ける。


「私は戦場で、多くの人を殺めました。何度も部下に人を殺せと命じてきました…」


一言一言絞り出すように、弱々しい言葉を紡ぐ。


「私の手は、声は、きれいなあなたを愛するには、あまりにも汚れすぎています…」


私もはじめはそう思っていた。戦場から離れ暮らしていた私は、彼らの苦悩を十分に理解できていなかった。でも、…。


「あなたの手は、声は、汚れてなどいません…」


そっと彼の手をとり、抱きしめる。


「姫様…」


「あなたが苦しみながら振るった剣は、悲しみながら絞り出した声は、多くの者たちの未来を守りました」


多くの人が死ぬ戦争で、敵も味方もできるだけ死なないことを考えていたそんな彼の体が、心が…。


「汚れているわけがありません」


いつの間にか私の頬には涙が流れていた。


「多くのに人々を苦しめた戦争は終わりました。これからきっとみんな少しずつ幸せになるはずです」


だから…。


強く強く、彼の体を抱きしめる。


「あなたも幸せになっていいのですよ…」


だから…。


「将軍様…私を愛してください…」


彼はその大きな手で私を抱き寄せ、愛をささやいた。







朝まで将軍にの部屋にいたが、既成事実は発生しなかった。なぜだ…。


まぁつい先程結婚式を終え誓いをすませたからいいのだけど…


「将軍様…いえ、あなた。幸せですね」


私がそう言うと彼は少し赤くなり微笑む。


私達は純白のドレスと純白のタキシードで教会の階段を腕を組みながら歩く。多くの親族や関係者たちから祝福を受けながら、私はこれからの生活に夢を見ていた。


しかし、それは突然起こった。


突然小さな影が人混みから飛び出してきた。


「うっ!!」


その影は将軍の懐に入り込み、数秒後に将軍は倒れ込む。


「えっ…」


純白のタキシードが赤く染まる。赤い染みはジワジワと大きくなる。


『キャー!!』


周りから悲鳴が上がり、騎士たちが駆けより彼の傷口を抑える。


ふと影の方を見ると、少年が騎士たちに取り押さえられている。


「俺の父さんは戦争で死んだ!!母さんは父さんの分まで働いて体を壊して死んだ!!」


少年は憎悪に満ちた顔でこっちを睨みつける。


「何が英雄だ!!お前だけ幸せになるなんて許さない!!父さんと母さんを返せ!!」


少年は引きづられながらずっと叫んでた。途中で猿轡をはめられてもなお叫んでいた。


ふと将軍を見ると、青白い顔に苦痛を浮かべている。その瞬間私は我にかえった。


「あなた!!」


すぐに彼に駆け寄り肩を揺らす。


「あなた!しっかりして!目を開けて!」


すると彼はゆっくり目を開け、私に向け手を伸ばす。


「姫様…」


私はその手をしっかりつかんだ。泣きたくないのに涙も出る。


「喋ってはだめ!すぐにお医者様に…」


しかし彼は穏やかに微笑む。


「いいんだ…。私のしてきた事の報いだよ…」


「そんな…」


彼はこんな報い受けるような事はしていない。彼はいつだって苦しみながら優しい決断をしてきた。


「ただ一つだけ…君を悲しませてしまう事が悔しいよ」


だんだんと掴んだ手の力が弱々しくなる。


「きれいで、聡明で、でも少しおてんばな…人のために涙を流せる…優しい君がとても眩しかった…。私に幸せになっていいと…言ってくれて嬉しかった…」


だんだんと声も弱々しくなる。


「姫様…」


泣きじゃくる私を見てなお、彼は微笑む。


「あなたを…愛していました。どうか…お幸、せ、に…」


そう言い終わると、彼は目を閉じた。


私は声を上げることすらできず、呆然としていた。







あの結婚式からちょうど1年。私は窓から空を眺めている。


「あなた。あの事件からもう1年経ちますね。今でも毎日あなたの顔が、目に浮かびます。あなたは今、何をしてるのでしょうか。今でも私に会えば、愛していると言ってくれるのでしょうか。私の気持ちは変わりません。あなたに会いたくて、会いたくて…」


彼のことを思い出すと、目尻に薄っすらと涙が滲む。


「お幸せにとあなたは言ったけれど、私はあなたがいなければ幸せになれません。あなたはいったいどこに行ったの…」





「私が死んだ様な演出をするのはやめてもらえないか…」


後ろから愛しい声が聞こえた。振り返ると愛しい旦那様がいる。


「あらあらこれはこれは。あれだけ死にそうな雰囲気を醸し出しながら実は傷は結構浅くて、前日とある事情により寝不足なせいで意識を手放した将軍様ではないですか」


「………」


そう、この男生きていたのである。どうかお幸せにとか言っておきながら傷は全然致命傷ではなく、前日寝不足ゆえに眠ってしまっただけなのである。ちなみに寝不足の原因は私が横で寝ていて緊張して眠れなかったらしい。青白い顔も寝不足だったらしい。


「この世紀の茶番劇は後世に伝える必要がありますからね」


「後世って…」


苦笑いする彼を差し置いて、私はゆっくりお腹を擦る。


「この子にもしっかり伝えるんだから…」


すると彼もお腹手を当てる。


彼とこの子がいれば、私は幸せである。


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