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ドリームキャッスル、閉園


 俺は松尾(まつお)の遺体をベンチに運んで横たえると、力なく歩きだした。とにかく沢口(さわぐち)田沼(たぬま)を探さなければ。

 ふらふらと進む俺の前に、巨大な城影が見えた。


―――ドリームキャッスル

 中世の城をモチーフに作られた、いわゆる「ライド型アトラクション」。城内にはレールが敷かれており、その上を装飾されたトロッコが走行していく。

 なかなかに凝った内装らしく、一階から二階を一周する間にかつてのヨーロッパの貴族の暮らしぶりも学ぶことができるらしい。


 遊園地の象徴ともいえる豪奢(ごうしゃ)な城は何度もテレビ番組や雑誌に取り上げられた有名なアトラクションだが、今は打ち捨てられた古城という雰囲気だ。

 くすんだ煉瓦(れんが)の壁。雑草の生い茂る前庭。(いか)めしい鉄の門扉(もんぴ)は、開いていた。灯りひとつない城内の様子は窺えない。

 俺は惹き付けられるようにその中へ足を踏み入れた。



 確か、この『ドリームキャッスル』にも噂があった。隠された地下室に拷問部屋(ごうもんべや)があるという......。かつて、まだ裏野ドリームランドが遊園地として営業していた頃。園内で起きた子供の失踪について語る新聞記事の中に、『いなくなった子供はドリームキャッスルの地下室に閉じ込められている』というものがあった。誰も本気にはしない、オカルトネタだった。



 電気のスイッチを探して壁伝いに進んでいくと、目の前で突然壁に取り付けられた松明(たいまつ)に火が灯った。扉の閉まる重い音が聞こえ、外の音楽が聞こえなくなる。次いで、城内の松明すべてに恐ろしい速さで炎が灯っていく。まるで唸り声のような燃焼音とつむじ風が起こり、俺は数秒ほど目を(つぶ)った。


「何なんだよ、一体......!」


 恐怖から泣きそうになりながらもうっすらと目を開く。


 「は?......」


荒れ果てた外観からは想像もできないような華やかに(きら)めく内装に目を奪われる。が、そこに人影を認めて体を固くする。

 レールの敷かれたホールには、無数の蝋人形が設置されていた。もとは美しかったであろうドレスやタキシードはボロボロで、透き通るような白い肌は黒く煤けている。髪に蜘蛛の巣がかかっているものもあり、どこか寂しさを感じる。もし劣化していなければ人間と見間違うほどにリアルな人形だ。


ガコン、


 重い音とともにホールの端から一台のトロッコがゆっくりと出てきて、俺の前で止まった。


「これに、乗れってことなのか......?」


俺は懐中電灯のスイッチを切りトロッコに乗り込んだ。ペンキの剥がれたトロッコは俺が乗るとすぐに動き出した。

 流石は遊園地の目玉というところか、廃れてもなおこの城はある種の美しさを(まと)っていた。炎に柔らかく照らされた城内は恐怖を感じさせず、 胸の踊るような気さえした。

 一体どれ程の間トロッコに揺られていたのだろうか。

 トロッコが停車した。いや、この言い方では語弊があるかもしれない。トロッコの下に敷かれていたレールが切れていた。とても自然に、最初からその先を作っていなかったというように。もちろんそんなはずはない。現実では城内を一周するようにしてトロッコが回るはずなのだ。

 では、一体......。


 気付けば周囲は不気味な明るさをもって俺を孤立させていた。さっきまでの雰囲気は何かのまやかしであったというように空気が生ぬるい。


 ―――ここは二階だ。

回らない頭でそう考える。トロッコが上へと移動していく感覚はあったが、下りていった覚えがない。二階の廊下、その中央辺りだろうか。

 窓の割れた廊下には腐ってボロボロになった木の扉がいくつも並んでいる。その中を覗く気にはなれず、俺は途切れたレールの先へ進んだ。

 廊下に置かれた造花の色が褪せている。床に敷かれた真っ赤な絨毯も光に当てられて色落ちしている。見える範囲に人形もなく、俺はどうしようもなく心細くなっていた。

 田沼や沢口はどこへ行ったのだろう。もしかしたら、この遊園地には俺しかいないんじゃないのか......。

 いつの間にか、俺の目の前には一階へ下る階段があった。角の腐敗した木製のそれは、ひどく頼りないものに見えた。白いペンキの塗られた手すりは壊れてしまいほとんど残っていない。

 俺は慎重に階段を下って行った。


 階段を下りた先はダンスホールのようだった。数十体の蝋人形が踊っている姿勢のまま静止している。もとはレールが敷かれていたのか、ホールを中央で区切るように何もない空白の帯ができている。俺はそこを通った。

 たくさんの無機質な目がこちらを見ている。そんな気がして周囲を見渡すが、人形たちは優雅な表情でそれぞれ別の方向を向いており俺の方など見ていない。ひとりでいることの不安と静寂で頭がおかしくなりそうだった。

 ダンスホールを出る直前、俺は気になって後ろを振り返った。


 ――――蝋人形の首が不自然な角度で曲がり、見開かれた数多の双眸(そうぼう)が無表情に俺を捉えていた。


 「―――ッ」


恐ろしくなってそれらに背を向けて走り出すと、行く手を阻むように松明の炎が揺れた。まるで怪物に追われているような焦燥感と冷たい視線から逃れるように、俺は石でできた階段を駆け下りた。


 階段の下は薄暗く冷たかった。松明もなく、俺は懐中電灯をつけた。黄色い円の中には無骨な石の床が照らし出されている。俺は片手を冷たい石の壁に沿わせながら先へ進んだ。

 恐らくここは、噂にあった地下なのだろう。一本道を歩きながら耳を澄ませる。俺の足音以外、何の音もしない。


「ドリームキャッスルの地下に拷問部屋だなんて、あるわけないよな。きっとスタッフルームか何かだ。それに、あったとしても閉園した今じゃ何もないはず」


 言い聞かせるように呟きながら足を止める。目の前には小さな鉄の扉がある。明かりの下にあって、それは黒く変色して見えた。

 ごくり、と唾を飲み込む。手を掛けると、その扉はすんなりと開いた。外観とは裏腹に物音ひとつしない。

 扉の中へ足を踏み入れると、むっとした(にお)いが鼻を突いた。


 腐ったような、鉄っぽく生暖かい臭い。


 明かりを室内に巡らせようと腕を上げた瞬間、後ろから伸びてきた冷たい手に口を塞がれた。懐中電灯が俺の手から滑り落ちる。本当に、何の前触れもなく、気配もなかった。


 ごうっ、という音と共に拷問部屋に火が灯る。室内には大きな椅子が一脚、部屋の中央に置かれている。床には赤黒い染みが、その上には小さなくすんだ白い骨が少なくとも二十人分はある。

 呼吸が速くなるのがわかる。俺はゆっくりと後ろへ目を向ける。

 俺の顔のすぐ横に、真っ白なドーランを塗ったピエロの顔があった。血走った目だけが俺のことを凝視している。大きく裂けた赤い口が気味の悪い弧を描く。

 ピエロは俺の体を無理矢理椅子に座らせると、両腕を鎖で固定した。叫ぼうと息を吸うが、喉が固まったように動かない。

 目の前でピエロがナイフを取り出す。


「ひっ......やだ、やめて――――」


辛うじてそれだけ言葉にするが、ピエロは目を細めて笑うだけだった。




 『ドリームキャッスル』


地下には隠された拷問部屋があるという。遊園地で行方不明になった子供が閉じ込められていると噂されたこともあった、遊園地の目玉アトラクション。




 最初に、小指が切り落とされた。次に、親指。


「ああぁぁあぁ!!」


叫べば叫ぶほどピエロは恍惚(こうこつ)とした表情で俺のことを痛め付ける。

 その時、俺の目にビデオカメラが映った。田沼が持ってきていた、あの―――。その先に目を向けると、血塗れの体が二つあった。田沼と、沢口。

 ガツンという音がして、視界が揺れた。ピエロが金槌で俺を殴った音だった。




 ―――ああ、この遊園地には、俺しかいなかったのか。


薄れていく意識のなかで、俺は最後にそう思った。




 こんなところ、くるんじゃなかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 ピエロは動かなくなった少年の体をつまらなそうに眺めると、ビデオカメラを拾い上げた。


 これから映像を編集して、動画をネットに上げなければ。


 次の獲物を(おび)き寄せるために。



 興奮を思い描き、ピエロは真っ赤な唇をペロリと舐めた。

スタッフ一同、お客様のご来園を心よりお待ちしております.........

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