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ミラーハウス


「ほら、行くしかないだろう?」


 田沼(たぬま)は一人で進んでいく。俺たちは動揺しながらもその後ろをついていった。

 気が狂いそうなほどの大音量でメロディが流されているというのに、園内は不気味なほど静かに感じた。古く安っぽい音楽はどこか哀愁を感じさせる。


「田沼?どこに行くんだよ」


いくつものアトラクションを通りすぎながら田沼に問いかけるが、返事は返されない。

 途中、真っ赤なジェットコースターが物凄いスピードで頭上を駆けていった。俺たち以外に人はいないはずなのに、コースターからは引き()ったような叫び声が絶えず聞こえてくる。その悲鳴が聞こえなくなるまで、松尾(まつお)は両耳を塞いで俯いていた。

 突然、田沼がピタリと足を止めた。その目の前には小屋の形をしたアトラクション、『ミラーハウス』。


「なぁ、ここ、入るのか?」


松尾が震える声でそう尋ねる。しかし、田沼は答えない。かわりにゆっくりとした動作でミラーハウスへと入っていく。


 「どうするんだよ、あいつ一人で行かせるのか?」


「今回の件は田沼の責任だろ。俺はもうこれ以上怖い思いはしたくないからな!」


「落ち着けよ二人とも、とりあえず田沼を追う方が先だろ?これであいつが帰ってこなかったらどうすんだよ」


松尾と沢口(さわぐち)の言い合いを止めに二人の間に体を割り込ませると、納得できない様子で沢口はそっぽを向いた。


「じゃあ、とりあえず追いかけるか。お前、怖いならここで待ってろよ......沢口?」


何の反応も示さない沢口を不審に思い顔を向けると、沢口はレストハウスの方を凝視したまま震える手である一点を指差した。


「?......ひっ!」


 その指の先、中世の城を模したレストハウスの入り口に赤と白の派手な衣装を着たピエロが立っていた。そのピエロの顔には、真っ赤な模様が描かれている。―――大きく裂けたような口と、まるで血涙のような。そしてその手には、投げナイフに使うような刃物。

 ピエロは大股にこちらへ近づいてくる。走っているわけではないのに、異様に速度が速い。


「ヤバイ!」


口よりも先に体が動いていた。俺と松尾は後ろのミラーハウスに駆け込んだ。沢口は右隣にあったお化け屋敷に駆け込んでいくのが見えた。


 「はぁ、はぁ......」


デタラメにハウス内を走り、俺と松尾は息を整えるために一度立ち止まった。


「あいつ、追っかけてきてないみたいだな」


「つーかそれって、沢口の方に行ったってことだろ。大丈夫なのか?」


入り口の方を振り返りながら松尾が言う。俺もそちらを見やるが、外の様子は窺えない。四方に散らばった懐中電灯の明かりが、この場だけを鈍く照らし出している。


「おい、ミラーハウスの噂って知ってるか?」


「......当たり前だろ」


 『ミラーハウス』。

ミラーハウスに入った人間が出てくる頃には別人のようになっているというもの。まるで中身だけが入れ替わっているようだというが本当にそうなったという人物の話は聞いたことがないのでなんとも言えない。


 「とりあえず、田沼探そうぜ」


俺たちは片手を鏡の側面に沿わせながら奥へと進んだ。一枚の鏡の中に向かいの鏡が写って合わせ鏡になり、何十、何百という数の自分たちが前後左右に見える。

 しばらく進むと天井と床も鏡張りになり、外であれだけ鳴っていた音楽も聞こえなくなった。このハウスの中だけが完全に隔離されているように感じる。

 本当にここは現実なんだろうか―――。

 俺と松尾はどちらからともなくしっかりと手を握りあった。


 次第に鏡に写るすべてのものが白黒に塗りつぶされたように見えていき.........。


 進んでいるのか戻っているのかの感覚も分からなくなった頃。目の前に小さく開けた場所が現れた。そしてそこには―――


「―――たぬま......?」


田沼が項垂れて座っていた。

 ビデオカメラをどこかに落としてきたのか、手には何も持っていない。ただ、手足が不自然に放り出されたその姿からは生気がまったく感じられない。


「田沼!!」


俺は強く田沼の肩を揺さぶった。がくりと彼の顔が横を向く。


「―――......!?」


 その顔には、顔がなかった。正確に言えば顔はある。しかしそれは人間のものとはまったく違い、赤い『なにか』で書きなぐられたようにぐしゃぐしゃとした両目と引き攣ったように大きな口があるだけだ。まるで、さっきのあのピエロのように。

 そこにあるのは田沼と同じ姿をした人形だった。妙にリアルな質感で、それが人形であるとぱっと見には気づかない。


「人形......だよな」


自分自身に言い聞かせるようにしてそう呟くと、俺は思わず後ずさった。自然、田沼によく似た人形の座る小部屋を見渡すかたちになる。茫然(ぼうぜん)と目の前に広がる鏡を見ていると、白黒の世界の中に真っ赤な色が写り込んだ。

 それは、あのピエロの.........


「うわぁぁ!!」


 俺と松尾は四方八方に写り込む赤いピエロから逃げるように、もと来た道をがむしゃらに走った。

 しかし、いくら進んでも一向に外へたどり着く気配がない。

 鏡に写った何十というピエロが俺たちを追いかけてくる。

 近くに本物のピエロがいるのか、それとも鏡に写った虚像なのか見分けがつかない。

 走り出したときに松尾の手を離してしまったが、彼は少し後ろから息を切らせながらついてきているようだった。


「こっちだ!!」


 不意に物悲しく騒がしい音楽が聞こえ、俺は松尾を先導するようにそちらへ進んだ。走るうちに天井と床にあった鏡はなくなり、外の音楽もハウス内に響きだした。


 ピエロはいつの間にか消えていた。


「松尾、大丈夫か?」


「......あぁ。問題ない。大丈夫だ」


松尾はそう言い、ミラーハウスを振り返る。


「あれは田沼じゃない。きっとあいつのいたずらだよ。だから、あいつを探そう」


感情の乗らない声は、そうであることを絶対的に認めさせるようでもあった。


「当たり前だろ。あんな人形が田沼なわけない。きっとあいつは一人で先にここへ来て人形を仕込んでたんだ。きっと.........」


 俺は話すうち、松尾に違和感を覚え始めていた。松尾はゆっくりと、しかし確実に不気味な笑顔を口元に浮かべる。その目だけが刺すように鋭い。


「ま、松尾......?」


呼びかけると、彼は不気味に笑ったままこちらに向き直る。






「なぁ。『ミラーハウス』の噂って、知ってるか?」





 「う、あぁぁぁぁ!!!」


俺はそいつに背を向けて走り出した。あれは松尾じゃない。何か違うものだ。あるいは松尾の体だけはそのままで、中身だけが別人になってしまったような.........




 『ミラーハウス』


鏡に写った人物がまるで別人のように変わっているというどこにでもあるような噂。入れ替わられた『本人』がどうなってしまうのかは、誰も知らない。




俺の背後で、あいつが追いかけてきているのがわかる。


「おい、待てって!」


松尾の声が後ろから聞こえるが、俺は立ち止まらなかった。もしあいつに捕まったら......。どうなるのかはわからないが、確実に酷い目に遭う気がした。


「なぁ、待ってくれよ!......あいつが、ピエロが!!」


 明かりの点ったメリーゴーラウンドの前で、俺は後ろを振り返った。錆び付いたネオンはきらびやかに園内を彩っている。


「ひっ」


俺の後ろでは、恐怖に顔を引き攣らせた松尾がピエロに襲われていた。


「ぎっ」


ピエロの手に握られた刃物がぎらりと光り、松尾の首を刈っていった。その光景に、俺は思わず強く目を瞑る。人間の倒れる重い音と砂が擦れるような音がした。ピエロの狂ったような笑い声が響いている。

 そっと目を開くと、そこには最初からそうであったかのような自然さで松尾が伏していた。ピエロの姿はどこにも見当たらなかった。


 「松尾!!」


俺は松尾に駆け寄るとその体を抱き起こした。カッと見開いた両目は恐怖に凍りついている。

 先ほど話していたのとは明らかに違う、松尾本人だった。


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