静寂の中で奏でる音
たまにはほのぼのとしているのも・・・
陽花は店に入るや否や、紫苑の横に雑に座った。
「否、何か酒」
「まだ昼ですよ一色センセ・・・」
「るっさいわね、たまには欲しくなるの」
紫苑の突っこみをほぼ意に介せずに陽花は言う。
「今日は早く切り上げれたし、明日は休暇だし。とりあえずてきとーに持ってきて」
「そうですねぇ・・・カクテルくらいなら陽花さんでも酔いませんよね?」
否の方は全く変わらない笑顔で陽花にそう言う。
陽花はその言葉に不快気な顔をした。
「昔話を持ってこないで頂戴。そりゃ、あまり強い方じゃないけど・・・」
「はいはい。ですが控えめにお願いしますね。ここはバーではないですから」
俯いている陽花を慰めるように、否は優しい口調になる。
「・・・分かりましたよー」
「「「・・・」」」
否と陽花のやり取りを三人は隣で傍観していた。
「やっぱ、仲いいですよね。一色センセと否って」
二人の思っていることの代弁役として紫苑が呟いた。
「・・・ま、何かと長い付き合いだしね」
「ええ。私の大切な友人ですから」
カクテルをグラスに注ぎながらどこか懐かしむような眼で、否は言った。
「あ、改めてそう言われると照れくさいわね・・・」
陽花は戸惑いと照れを隠し切れない様子で、少し頬を赤らめた。
「そういえば、どうして今日はここへ?」
否はふと出た疑問を、陽花に投げかける。
陽花は出されたカクテルを飲みながら、ああ・・・と、ぼやいた後
「紫苑と剱に、高校にコード持ちがきたらしいって話をしてね。私も立場上、出来れば詳しく知りたいからね。
・・・それに」
最後の言葉のトーンを重くして、陽花は否に鋭い視線を向けた。
「いーなー。あんた絶対何か知ってるでしょ?」
笑顔の中に怒気を纏わせて陽花が言う。
「あら・・・隠し事はできませんか?」
否は威圧されながらもここまでくると恐ろしいほど変わらない笑顔のままだ。
「しかし隠すつもりはなかったのですが。陽花さんの事ですから、何もしなくても来ると思っていましたし」
「・・・あっそ」
否の返しに陽花は気がそがれたようで、大きなため息をついた。
「それで?」
「俺達も、メアの言っていた人がコード持ちの可能性があるってことくらいだな」
「・・・私の知っている範囲で、ではありますが」
否が手を止めて、話し始める。
「真白 雪那という人は、平均年齢最少でありながら近距離戦闘、遠距離戦闘、隠密など、多種多様な戦術を駆使するオールラウンダー部隊と言われる、コードセブンのメンバーです」
「・・・七つ目のコード、ね」
なら違うか、と最後に紫苑は呟いたが、その声はあまりにも小さく、他の人には全く聞こえなかった。
「私もあまり詳しい事は分かりませんが」
「いいわ。誰が、っていうのが分かっただけでも」
そう言うと陽花は席を立って、テーブルにお金を置いた。
「とりあえず、あんたが知ってるメンバーの情報を後で送っておいてくれない?」
「はい。了解しました」
否は陽花にお辞儀をして、了承の意を示す。
「ん、一色センセもう帰るんすか?」
「まあね。正直休暇って言っても、どうせ忙しいだろうから・・・せめて今日は帰って休みたいの」
「ああ・・・なるほど」
紫苑、剱、メアの三人は察したような顔をした。
「さてと。貴方達もたまにはちゃんと休みなさいよ」
そう言って陽花は手を振りながら店を出ていった。
陽花が店を出た後は、いつもと変わらない談話をして終わった。
「・・・はあ」
家に帰った紫苑は、シャワーを浴びてソファベッドに寝転がった。
家でいても特にやることがあるわけではないので、しばらく寝たまま天井を仰ぐ。
高校の課題は選択肢に元々ない。
紫苑にとってはとてもありがたい事だが、この島に建てられている能力者育成のための高校は実技によって得られる点数が高く、学力面では欠点さえなければ単位は取れる。
それに、課題はやっていなくとも紫苑はそこそこ勉強もできる方だったので、今まで勉学方面で困った事はなかった。
今の紫苑にとっては今のこの何もない空虚な時間をどうにかすることの方が大事だった。
結果的に、考えることが面倒になってそのまま寝てしまうのが、いつもの事なのだが。
アラームを設定してはいなかったが、今日はそれ無しで早くに起きた。
いびつな体勢で寝た所為で、上半身の至る所が痛む。
ばきばきという不吉な音をたてながら、紫苑は体を起こした。
寝ぼけ眼のまま紫苑は着替えて、外に出た。
休日の早朝は大抵ジョギングをしている。
寝起きに感じる倦怠感を晴らすためだったり、単に暇を持て余しているから、という理由もある。
朝の魔人街はやけに静かで、人気もかなり少ない。
「ふう・・・」
いつも走っているコースを走り、途中で買ったパンとコーヒー牛乳を持って休憩を入れる。
額についた汗をぬぐいながらパンをほおばる。
「少し余るかもだな・・・(もぐもぐ)まあいいや(ぐびぐび)後で剱に(ごくん)押しつけとけ」
あまり食べ過ぎてもジョギングに支障が出そうなので、一つ二つ残して紫苑は休憩を終える。
「どうせ剱はもう「外」に行ってんだろうな・・・」
伸びをして再び走り始める。
その時だ。
「・・・ん?」
走り始めたばかりの足を止めて、紫苑は音をたてないように静止した。
かすかに、バイオリンの音が聴こえた。
「なんだ・・・?」
九割がた好奇心で、音の聞える方向に足を進めた。
音の発生源は割と近くの公園だった。木々に包まれており、周りに人の住んでいる住居もほとんどない、寂しい雰囲気のある場所だった。
(はー・・・ここには来たことなかったな)
ルートとは道が違う所為か、紫苑には見覚えのない場所なので物珍しそうに公園を見渡していた。
小さな噴水もあり、そこそこ環境の整った公園だ。
その噴水のそばで、一人の少女が、バイオリンを弾いていた。
澄んだ美しい音色が、公園内に響いている。思わず聴き惚れてしまいそうになる少女の演奏を聴きながら紫苑は公園に入った。
歳は大体メアと同じくらいで、整えられた黒髪と、透明感のある肌、真剣さを感じさせながらも優しげな瞳。
まるでおとぎ話に出てきそうな容姿だ。
バイオリンの練習をしているのだろうか。かなり集中している様子なので、紫苑は邪魔にならないように音を消して、隅のベンチに座り、しばらくその演奏を聴いていた。
紫苑には、まだ気づいてはいないようだった。
少女がバイオリンを弾き終わると、紫苑の方を向いた。
多分それは偶然なのだろうが、紫苑を見た少女の方は、驚いたように、その眼を見開いた。
特に意識していたわけではないが、自然と紫苑の視線は少女の方に向いていた。
つまりは凝視していたわけで。紫苑はどう反応したものかと表情には出さず悩んでいた。
だが少女は特に紫苑を気味悪がっている、といった様子ではなく、何故か申し訳なさそうに紫苑に近づいてきた。
「あの・・・すいません、煩くなかったですか?」
何を言われるのかと一瞬身構えたが、投げかけられたのは意外な言葉だった。
「ゑ?」
予想していなかった答えに、紫苑は一瞬固まる。
「いや、全く・・・大丈夫、むしろいい時間を過ごさせてもらった」
だが直ぐに持ち直し、軽く笑った。
「そうですか?ありがとうございます」
少女の方も安心したように笑顔を見せた。
「何時もここで弾いているのか?」
なんとなく思ったことを口にする。
「いえ何時も・・・というほどここに来て長くありませんから・・・最近ここに来たばかりなんです」
「ああ・・・そうか」
「高校も近いですし、こうした場所もありますし、いい場所ですね」
(・・・高校?)
彼女の目測の年齢と、発言から推測するに、彼女は新入生、という事だろうか。そして相当のバイオリンの腕前。
偶然にもほどがあるような状況だが、彼女の素性に心当たりがあった。
「まさか」
「はい?」
「真白 雪那・・・?」
その名を口にすると、少女はさっきよりも驚いた顔をした。
「どうして、それを・・・?」
「あ、いや想像で言ってみただけなんだが、真白 雪那っていう名前は結構有名だし、後、俺の友人が話してたからもしかしてと思ってだな」
雪那に警戒の色が見えたので、紫苑は慌てて弁明する。
「有名?そんな大したものでは・・・」
雪那は謙遜した口調で、それでも少し照れくさそうに苦笑を浮かべた。
「あ、ちなみに友人ってのはメアっていうんだが」
「メア・・・ああ、メアさんの」
雪那はなるほど、と言って頷く。
「まあそれで真白 雪那がどうとか言っててな・・・」
雪那の警戒がほぼ無くなった事を確認し、紫苑はそっと胸をなでおろす。
話によれば雪那はコードセブンの隊員ということになる。
だが、想像していた以上に穏やかな性格で、そういう意味でも、紫苑はほっとしていた。
「あの、よろしければお名前を伺っても・・・?」
「霧ヶ峰 紫苑だ。高校二年だから、もしかしたら高校で会うかもしれんな」
「霧ヶ峰先輩、ですね」
「あ、名前の方でいいからな」
「え、でも・・・」
「正直名前で呼ばれることが多くてそっちの方が違和感なくて良いから」
雪那が何かを言おうとする前に、紫苑が先に言った。
「そう、ですか?では紫苑先輩。これから高校などでお世話になるかもしれませんが、よろしくお願いします」
そう言って雪那は紫苑に深々と頭を下げる。
「おお、よろしく」
「あ、もういい時間なので、私は戻りますね」
「そうだな・・・俺もジョギングの続きを・・・」
ふと、雪那の持っている楽器のケースに目が行く。
「あれ、何で真白のケース二つあるんだ?バイオリン、二つ持ってるのか?」
「あ、これは・・・」
紫苑が問いかけると、雪那は少し言いよどんだ。
それに疑問を持ちながらも、詮索は失礼だと思い、適当に濁して戻ろうとした時。
「「・・・っ!?」」
二人がほぼ同時に反応する。
(澱んだ魔力・・・悪魔か・・・!)
かなり近くに、その反応を感じた。
最近では街中でも悪魔の出没が確認されているとは言っていたが。
(「また」か・・・?)
紫苑には異様に多い気がしてならなかった。
「て、今はどうでもいいか」
街には戦闘が出来ない能力者も当然ながら多くいる。
早急に排除しなければ、と紫苑は反応の方に向かう。
しかし紫苑より早く。
「あれ、真白は・・・」
雪那は、もう一つのケースを掴んで、すでに走っていた。
「・・・少しだけ、お手並み拝見、だな」
紫苑は口元をゆがめて、雪那の後を追った。
「・・・ふっ!」
ケースから取り出したレイピアを振るう。
その剣閃から冷気が放たれ始め、小さな氷の刃が形成されていく。
「凍てつけ」
その刃が禍々しい形相の獣、悪魔に向かって飛翔し、突き刺さる。
するとその刺さった部分から、悪魔の身体が凍り始め、最後には粉々に砕けた。
「・・・ふぅ」
「すげぇな真白」
刹那の間に起こった現象への感嘆と、雪那への賞賛の意を込めて、紫苑が拍手をする。
「先輩・・・先輩も来たんですか」
「まあ、な。・・・そのケース、武器が入ってたんだな」
雪那が片手に持っているレイピアを見て、紫苑が言う。
「あ・・・はい・・・」
雪那は気まずそうに、小さな声で答えた。
「や、別に変だとか思ってはいねぇぞ?」
「え、ええ・・・」
さっきと違って言葉に自信がないように感じられた。
やはり速攻で終わらせたのは、紫苑に見られたくないがためだったのだろうか。
「まあ、しかし先にかたずけられちまったな・・・あ、そーださっきの演奏のも含めて、朝飯位奢るぞ」
「え?いえ、そんな・・・悪いです」
「まーまーそう言わずに。な?」
「は、はあ・・・」
この重い空気を晴らすために紫苑が即興で思いついたのがこれだった。
会ったばかりの美少女にここまで言い寄っているとただのナンパのようにしか見えないが紫苑にそんな体面のことを考慮している暇はなかった。
一方で、剱は朝早くから街の「外」に出ていた。
狂魔や悪魔が出没したりはするものの、街の中はかなり安全が保たれている。
逆に外になると、悪魔の出現量は街中の比にならない。
侵蝕区域に入れば、常時悪魔に囲まれているといっても過言ではない状態になる。
ただ街の外であっても、通行や物資運搬に使われることに変わりはない。そのためそういったルートに出没した悪魔の排除は依頼という形で軍部かコード持ちによって行われる。
ただ剱はそれ目的で来たわけでは無かった。
コートを着て、道から逸れた平野を歩く。
ところどころ積まれた瓦礫が見えるのは、元々ここに建造物があったという事だろう。
「さて・・・あれだけの悪魔出没情報があるということは、侵蝕区域か外に原因がありそうなものだが。まあ、今日はいいか」
見た所剱の装備はかなり軽装だった。武器は刃が独特なそり方をしている、いわゆる刀の形をしたブレードと大型の銃身をしたハンドガンだ。
防備面では、ほぼその類の物は見受けられなかった。
しばらく歩いていると、空気を震わせる程の咆哮が、辺りに響いた。
中型の悪魔が数体、剱の前に姿を現す。
「おっと、出てきたね」
そう言いながら、剱は構えをとる。
「さて・・・先ずは肩慣らしと行こうか?」
不敵な笑みを、浮かべながら。
まさか内容量がこんなに増えるとは・・・コードゼロの方は大体三千文字程度で出す予定だったんですけれど、予想以上に長くなってしまいました・・・。
次は零落者の方を書こうかなと。
ただ自分としては早いところコードゼロを零落者と同じくらいの進行具合にしたいんですよね。
・・・自分が頑張ればいいだけの話ですね。頑張ります。
さてそれでは今回も最後までありがとうございました。