小さなカフェテリアにて
約一か月・・・。
死んでないです。生きてます。
近年では様々なものが機械化、自動化が施され、人の手による仕事は極端に減少傾向にある。
ただ、魔人街においては、能力者がほとんどであるためか、機械の導入は最低限のものに収まり、人が働く店舗型営業の店は他よりも多い。
そういう意味では、魔人街は「人間味」にあふれた街といえるだろう。
その中で、「レトロストリート」と呼ばれている通りがある。
一昔前の文化を取り込んだ、一風変わった風情のあり、落ち着いた静寂と、通り全体の優しい色調から、老若男女問わず魔人街の住人が最も好いている場所だ。
レトロストリートの八割弱は何らかの店だ。
通りの入り口付近に、小さなカフェテリアがある。
店内は淡い橙の光に包まれている。席数は十数席と少なく、カウンターには一人の女性が一人でグラスを拭いている。
二十代前半ごろの見た目で、柔らかそうな紅葉色の髪が揺れている。
「いーなー!」
唐突に店内の静寂を破るように、店の扉が開き、ベルの音と、少女の声が店内に響く。
「あら、お帰りなさいませ、メアさん」
それに気づくと、否と呼ばれた女性は、動じる素振りを全く見せずに笑顔で声の主、メアを出迎えた。
「ただいまっと」
「お疲れ様です、管理人さん」
紫苑と剱も続いて店に入る。
入って早々、紫苑はカウンターの、否の正面の席に座った。
その左右に剱とメアが座る。
「紫苑、それにお二方も、今回の狂魔の駆除、お疲れさまでした」
「ん。まあ初期状態だったしそんなに苦労しなかったけどな」
「私なんて出る幕なかったよ」
二人の返答に、否はそうですか、と相変わらずの笑顔のまま頷いた。
「今回の報酬は送っておきますね。
・・・ああ、それと」
否はグラスを拭いている手を止め、棚から書類を取り出す。
「幾つか、「悪魔」の出現報告と討伐任務がきていますが」
「・・・こっちも最近増えてきたなぁ」
「狂魔化は能力者の増加につれて避けられないことかもしれないけれど、ここ最近悪魔の出現報告が多いね。・・・侵蝕区域が活発化しているのか?」
能力者の栄え始めたこの世界において、二つ、大きな問題が発生している。
一つは狂魔化。原因が確立されていないことや、何よりも発症すれば生存確率は零。治療の方法も無く、治まった次には衰弱死、というのがオチで、現状の能力者にとっては最も身近で、最大の脅威だ。
二つ目が悪魔。狂魔と違うのは、悪魔は人ではなく、獣であったり、精霊や妖精・・・いわゆる超自然的存在が魔力によって侵された者の総称だ。
発生原理は狂魔化と似ているが、悪魔の場合存在そのものが変質している所為か、生命力、凶暴性、基礎能力が格段に上がった別個体の様な状態で、自然消滅をしない。
悪魔の発生地点はある程度決まりがあるようで、悪魔が集中している場所を能力者達は「侵蝕区域」、と呼んでいる。
「どうしますか?」
「・・・んー」
紫苑は否が出したアイスティーを一気に飲み干し、一息ついた後
「パスで」
「了解です」
「そもそも幻憑以上にしか興味ない」
紫苑の一方的な判断のように見えたが、剱、メアも納得した顔をしている。
「まあ、浸食区域から外れた雑魚とやった所で何も面白くないしね」
剱が小洒落たグラス片手に紫苑に肯定するように、眼を細めて言った。
「そこら辺のは正規の軍人さんに任せときゃいいんだよ」
「ま、だよねぇ。私達もそんなに活発に動くような役回りじゃないし」
メアもうんうんと頷いている。
「では、これは流しておきますね」
否は書類を整え、元の棚へ戻しに行く。
「・・・」
「・・・(もぐもぐ)」
「・・・なぁ」
「ん?何?」
淡々とお菓子を口に運んでいるメアに、剱は小声で耳打ちする。
「言わなくていいのか?」
「・・・あ」
その言葉にメアは手を止めた。
「そうだった。いなー」
「はい、何でしょう?」
否が振り向く。
「今日学校でさ、気になる人がいたんだけど」
「え?・・・そうですか」
否は頬に手を当て、思案顔をした。
「メアさんもそういう年頃なんですね・・・」
「あ、ゴメンそういう意味じゃないから」
明らかな誤解をしている否に、メアは即座に否定した。
「あら、違いました?」
否はクスクスと笑う。誤解していたというより、からかっていたようだ。
その対応に、調子を崩されたようにメアは溜め息を漏らす。
「と・・・すいません。それで、どういった用件でしょう?」
直ぐに平常に戻り、否は改めて問う。
「えっと、私と同じ新入生の人達だったんだけど、名前は・・・真白 雪那だったけ」
「ん・・・?真白 雪那?」
初めて聞くことになったメアの同級生の名前に、紫苑が反応する。
「・・・聞いたことがあるね。確か結構有名な若手のバイオリニストの名前だと思うけど」
「そう、それだ」
「え?そうなの?」
音楽、というものにあまり関心が無いせいか、メアにとってはそれは新情報だった。
「真白・・・なるほど、そういう事ですか」
少しの間考えていた否は別の意味で納得していた。
「いな?」
「ああ、メアさんの言いたい事は大体分かりました」
そう言って、否は笑った。
「それは、陽花さんは今頃大変でしょうね?」
「一色センセが?てことは否、まさか雪那とかいう奴は・・・」
「詳しくは陽花さんから。私はあくまで「ここ」の管理人であるだけですから」
否の返答に三人はあらかた察しがついたような顔をした。
「・・・んじゃ、この話は一旦終わりだな。一色センセからなんか得られたら言う」
「りょーかい」
「それでは、改めてお茶にしましょう。ふふ、出来れば色々、聞かせてくださいね?」
否が元の優しい笑顔に戻る。
その言葉に三人は脱力したように椅子にもたれかかった。
その後も世間話を四人で楽しみ、現在夕方。
「それじゃ、私はそろそろ帰るね」
「そうだね、俺も帰るとしようかな」
「了解しました。お疲れ様です」
剱とメアは席を立つ。
「んじゃ、明日な」
紫苑はまだ席を動く気配がない。
否は手を振って二人を見送っている。
「・・・紫苑は帰らないのですか?」
二人が店を出た後、否は紫苑に話しかけた。
「俺はあいつらとは違ってすぐ近くだからな。
・・・なあ否」
「何でしょうか?」
「何か用があったら、いつでも言ってくれよ」
紫苑が唐突に、そう言った。
それに対して、否は、さっきまでの優しい笑顔の中に、嬉しさを含んだ笑顔を紫苑に向けた。
その笑顔に、紫苑の顔も少し緩む。
「さて、俺も帰るかな・・・」
面倒くさそうに紫苑は席を立つ。
「しっかり休んでくださいね」
「ああ・・・ありがとな」
剱やメアとは違い、親密さを感じさせるやり取りを交わした後、紫苑は外へ出た。
「何で私剱と一緒に帰ってるんだろ」
「帰り道が同じだからな。・・・しかしまぁ、お前は高校生になっても相変わらずか」
その頃店を出た二人は街を並列して歩いていた。
「人間そう変わらないからねぇー仕方ない仕方ない」
「そういう意味ではないんだが」
容姿は全く違うが、こうしてみると兄妹のようにも見えなくはない。
「・・・そういえば、あいつはどうした?いつもならお前の近くにいる筈なのに」
「んー?ああそれなら」
急にメアが立ち止まり、顔を上げた。その視線の先には鴉が一羽、街灯に留まっているのが見える。
鴉が街にいるのは珍しくないが、その鴉に至っては、黄金のような美しい金色の眼をしていて、他とは明らかな異質さを漂わせている。
「ナイトー!」
その鴉に向かってメアが大声で呼ぶ。
だが、鴉は二人を見るだけで動こうとはしない。何かを言わんとしているかのように、カァ、と鳴いた。
「あ、そうだよね」
それだけで伝わったのか、メアは手を降ろし
「じゃ、私達はこっちだから」
「お前らの以心伝心の仕方って異常だよな・・・まあ、それじゃあな」
呆れ顔のまま、剱は別方向に向かって歩く。
「さて、私も行こっと」
金色の眼をしたその鴉に目配せするとメアも剱とは違う方向に歩き始めた。
久しぶりのコードゼロ投稿です。零落者は数日前に出したものの、こっちが完成するまで少し時間がかかってしまいました・・・。
こんなに間をあけているのにまだ見てくださっている方がいるんですよね・・・こんな低クオリティ作品を・・・感謝感激です。
何はともあれ、ようやく活動に余裕が持ててきたので、これからは投稿ペースを上げていきたいと思っていますので、どうかよろしくお願いいたします。