始まりの朝
こちらが早く仕上がってしまいました・・・
窓から差し込む日の光で霧ヶ峰 紫苑は目を覚ました。
鳴っていない目覚まし時計を止める。
まだ覚醒しきっていない目を擦りながら、紫苑は半開きだったカーテンを開ける。
顔を洗い、朝飯を作る。
マンションの一室、紫苑の他には誰もいない。紫苑は一人暮らしだった。
歳は十五、六で、グレーで、ぼさぼさとした髪、ダル気な目からは覇気を全く感じない。
「くそ、だりぃ・・・」
朝飯を手早く済ませて、部屋を出る。
朝日の光が段々と強まっていくのが分かる。
街道にはまだ人の気が少ない。道を歩いているのは紫苑を含めて数人だけだ。
「ん・・・」
住宅が密集している地帯を抜けた所で、ふと紫苑は違和感を覚える。
朝方、という事もあり、人がそこまで出てきていないのは納得が行く。
だがそれでも、いつもよりも人がいない。奇妙な、得体の分からない静寂が、街全体に流れていた。
「・・・ああ」
辺りをいつもより注視しながら歩いていると、思い当る節が出てきた。
「昨日の、か」
紫苑が呟く。
真夜中に起こった事件の事を思い出す。
ここからは事件があった場所からはかなり離れているため、事件の爪痕は流石に無かったが。
思えば、今紫苑にのしかかる倦怠感はそれが原因の様な気がする。
「今日は早く寝るかな・・・」
朝からすでに夜の事を考えながら、紫苑はいつもの道を歩いて行く。
静かな街を通り、紫苑は自身の通う高校を目指した。
「今度は何があった・・・?」
高校の前に来て、状況の変化に紫苑は戸惑いを覚える。
街の静けさとは一転して、高校は朝から騒がしかった。
能力者の育成プロジェクトの一環としてこの島に造られた唯一の高校。この時間帯ならいつもはまだ教師も生徒もあまりいない筈だが、今日は外からでも分かるくらいになんだか騒々しい。
しばらく校門の前で立ち止まった後、自分の通う高校に不信感を抱きながら、校内に入る。
外観は変わらないのに、朝からいつもはない活気がある。
(不自然だ・・・)
そう思いながら教室の扉を開ける。
「あ、おはよう紫苑」
「ん。はよ」
教室に入ると、近くの席の少年、時雨 剱に声をかけられる。
黒髪黒眼で少し細めながら穏やかな目をした少年だ。
紫苑も剱に手を挙げて応え、自分の席に荷物を置いた後、彼の方に向く。
「なあ、今日なんかあったけ?」
そして、さっきから思っている事を聞いてみる。
「・・・不真面目というか、このくらい覚えておけよ・・・」
剱は呆れ半分で答えた。
「今日、昼から入学式があるだろ・・・」
「あ。・・・忘れてたわ」
「ま、俺達は出ないし、関係ないといえばそうなんだけどね」
「入学式か・・・」
紫苑と剱はつい先日二年に進級したばかりだ。
「・・・というか、関係なくもないな。メアは今年入学するんだろう」
「あー、確かに」
数分程度、二人で話をしていると、教室の扉が開き、一人の女性が入ってきた。
背中の中部まで紅梅の様に滑らかな淡い紅の髪を伸ばし、大きく勝気な眼と、すっきりとした体格は若々しい印象を強調している。
だが、若い容姿でも、毅然とした雰囲気は彼女が大人である、という事を裏付けていた。
「あ、一色センセ」
彼女の名前は一色 陽花。このクラスの担任で、紫苑と剱とは、一年から関りがある。
その容姿と、友好的な姿勢は生徒の間でも人気を集めているらしい。
「そのままで聞いて下さい」
凛とした声が教室に響く。すると不思議とその場が静かになった。
「皆知っていると思うけれど、今日は入学式、新入生が入ってくるわ。貴方達はもう先輩という立場になるんだから、素行には今以上に気を付ける事。特に環境は変わっていない所為もあるけれど、浮かれた行動はしないでね。・・・私が怒られるし」
最後のは完全に個人的な愚痴なのではないか、と思うが、一色の最後の小言はいつもの事だった。
「あ、それと・・・」
一色が最後に
「昨日・・・正しくは今日の午前零時過ぎ、この街の一画で人が『狂魔』になる事件がありました」
そう言ったのと同時に、紫苑と剱の眼が鋭くなった。
「最近、この類の報告が少しずつ多くなっているわ。こんな日に不安を煽るような事は言いたくないけれど、狂魔化した能力者は異常な力を持っているため、非常に危険な存在です。今回の事件でも死亡者が出ているわ。貴方達は攻魔科で戦闘術は会得しているだろうけど、絶対に狂魔とは接触しないこと。
・・・以上よ」
「「・・・」」
しばしば二人は黙る。
狂魔化。人ならざる力を持った能力者の代償、というべきか。
能力者は自身の体内に魔因子、能力の触媒となる因子を持つ。
それは能力を使用する上で必須なもので、その適合率によって能力の精度も変化する。
現在狂魔化の原因はこの魔因子が何らかの理由で暴走を起こすため、と考えられている。
ただし何故か、という事は詳しく分かっておらず、発症例はまだ少ないが能力者最大の脅威、とされている。
当然、ここにいる能力者達も狂魔化の恐れがあるわけだが・・・
紫苑と剱にとってはそれはどうでもいいことのようで
「・・・広まるの早えーなぁ」
どちらかと言えば二人の興味は狂魔化より、今朝の事件の方にあった。
「確かに今朝の出来事を・・・どんな根性しているんだろうなメディアは」
剱もそれを肯定するように頷く。そして端末を取り出し、ニュース面を紫苑に見せた。
「ん、何々・・・」
紫苑がその記事を覗く。
「今朝の事件、死亡者は狂魔化したものを含め四人。重傷者が一名。現場の状況から四人が狂魔と交戦しその途中、狂魔は自滅、と処理されている」
記事の内容を要訳した内容を説明する。
「へぇ」
紫苑はそこまで結果に対して興味なさそうに言った。
「あー、二人とも、ちょっとこっち」
二人が授業の準備に入ろうとすると、一色が教室の端にある小さな教卓から二人を呼んだ。
「んー、なんすか一色センセ」
紫苑がのそのそと一色の前に移動する。剱も後に続く。
「一応言っておこうと思ってね・・・狂魔の排除、ご苦労様」
「あー・・・そのことですか」
一色が周りには聞こえない程度の声で言った。
一色は紫苑と剱が何者かを知る、この高校で数少ない理解者だ。
「けど、わざわざ狂魔だからと言って貴方達が動く必要はないのよ?ああいうのは表面上は、私達みたいな人間の役目なんだし」
「その一色センセみたいな類の人間が死んでるんですがね」
剱が無表情で指摘する。
「まあねぇ・・・」
その指摘に、一色は頭を押さえて溜め息をついた。
一色にとってもこういった事件は頭を痛くさせるものらしい。
「でも貴方達が動く事はこちらのリスクを増やす可能性もあるわ。動くなとは言わないけど・・・というか言っても聞かないのは解っているけど注意してほしいな」
一色が上目使いで言ってくる。
年上、教師とはいえ、この容姿でこういった仕草をされると、普通の男子なら簡単に落ちそうだ。
紫苑と剱は慣れがある所為か、苦笑を浮かべながら曖昧模糊な返事を返した。
「さて、そろそろ授業が始まるな」
一色との話を終え席に戻った剱が教材の準備を始める。
「うあー・・・だな・・・」
すると紫苑のテンションが急激に下がる。そして面倒くさそうに剱の机を叩いた。
「あーどうせなら俺達も入学式に出席でいいじゃんかよー」
「紫苑、去年入学式面ど・・・とか言ってたような」
「知るかそんなもん」
「おっと、そろそろ人が集まってきてるよ?」
剱が窓から体育館の方を見る。
新入生に見える人が紫苑が登校してきたときより増えていた。
「メアもいんのかな?」
「いるだろ・・・多分」
二人で窓を静かに傍観していると、チャイムが鳴った。
それに反応して、二人は止まっていた身体を再起動させる。
「さて、それじゃ話は授業の後で」
「あいよ・・・」
教科担任の教師が教室に入ってくると同時に、二人は自分の場所に戻った。
その頃、校門の前では
「ん、ここかぁ」
まばらに見える新入生の中で、一人の少女が、艶やかな銀色の髪を揺らしながら、高校の校門をくぐっていた。
ええと、最初は妙に更新の早い作者です。
この作品の他に「創造都市の零落者」という小説もあげているのですが・・・
そちらを見てくださっている方にお伝えします。
内容量が増えて書き終えれてませんがこの話の更新日の次の日には上げますので。
失踪、放置はしていませんので!どうかよろしくお願いします。