第6話 今宵の楽しみ
ジェット機なみの速度で、平山は空を飛ぶ。そこまでの速度を出せば、激しい空気抵抗や、虫や鳥といった障害物との接触が命取りとなるほどの衝撃を起こすものであるが、この世界でそうした鬱陶しい問題は発生しない。平山はただ、爽快感を味わうことだけができる。
なぜ平山が空を飛べるのか。その答えは、彼がそう望んだからだ。
この世界は、平山の脳内で再生されている世界なのだから、望んでできないことはない。そのはずだった。
先ほどの島津を除いては。
平山が始めて、自分の意思によりこの世界に足を踏み入れたその瞬間から、島津はそこにいた。
「やあ、いらっしゃい」
それが島津とのファーストコンタクトだった。
島津はこの世界の楽しみ方を、一から平山に教えてくれた。空の飛び方、欲しい物の出し方と消し方等々。
「オマエはいったい何者なんだ」
ひととおり指導を受け、かなり自由にこの世界を楽しむことができるようになってから、平山は島津に尋ねたことがある。そのときの回答をきいても、平山には理解できていなかった。
「僕は、君のガイドだよ」
それ以上、島津は自分のことを説明しようとはしなかった。平山も島津自体には然程興味がなく、それ以上追求することもなく今に至る。
島津からだいぶ離れたことを確認すると、平山は地上に降りた。そこは、砂漠であった。見渡す限り町らしきものは見えなかったが、はるか遠方に陽炎のように揺れる城が見えた。平山はその城を目指して疾走した。
走る速度も尋常ではなかった。体感で時速200kmは出ている。平山は必死に走っているわけではない。一歩一歩の歩幅が馬鹿みたいに長いのだった。
瞬く間に目的としていた城に到着する。アラビア風の白く、巨大な建物だった。
いつの間にか、平山自身もアラビア風の服装に変わっている。ターバンを頭に巻き、ダボダボのズボンを履いている。こうした変化は、平山自身が意識せぬままなされていることが多かった。
当たり前のごとく、平山はその城の門を開く。巨大な城門であったが、平山が軽く押すだけで、鋼鉄製の扉は左右に開いた。
ベールを纏った女性が、平山を恭しく出迎える。
「ようこそおいでくださいました。宴の準備が整っております。どうぞこちらへ」
ベール姿の女性は明らかに中東圏の顔立ちをしているようだが、きれいな日本語を操っている。
ここは、平山の望む世界。すばらしき夢の世界である。