第5話 島津登場
身体から抜け出した平山は、ドアをすり抜け外へ飛び出た。
本当は真夜中のはずだが、その世界の外は真昼間であった。
町並みは、アパートの周りの景色に似てはいるが、家の配置が変わっていたり、同じコンビニが三軒連続で建てられているなど、所々違う個所が見られる。そこが別の世界であることは間違いなかった。
いつものように、平山は自分の掌を見た。爪の長さや、産毛が生えている部分まで、詳細に見ることができた。しかし掌は透けている。アスファルトの地面が、うっすらと掌越しに見えて歪んでいる。
紛れも無く、今日も肉体から抜け出すことに成功していた。
それは、際限なくリアルな世界。
町並みは毎回異なっているが、家々の壁材の質感、塀のざらつき、窓に反射する日の光など、全てが完全な世界となっている。唯一、美しすぎることが、現実の世界とは異なっている。
空を見上げると、白から濃い藍色へと、見事なグラデーションとなった蒼穹が浮んでいる。そんな美しい景色を見るだけで、平山はこの世界を愛することができた。
肉体から遠く離れたことで、もう引力は感じなくなっている。
「やあ、また来たね。だいぶこの世界へのノウハウを理解しているようだね」
平山の背後から声をかけてきたのは、ほぼ平山と同世代の男だった。平山より若干背は低いが、四肢のバランスが取れた、色黒の健康そうな壮年だった。
「もう、僕が教えてあげられることも少なくなったかな」
「島津、二度と俺の目の前に現れるなと言っただろ」
平山は色黒の男を睨んでいた。
「そう怒るなよ。僕は君のガイドなんだ。この世界のガイドだよ。僕が空の飛び方とか教えてあげたじゃないか」
島津と呼ばれた色黒の男は、ヘラヘラと笑いながら平山と肩を組もうと近づいた。その手を乱暴に平山が払う。
「もうオマエに教えてもらうことなんてねえよ。もう十分、好き勝手できるからな」
そう言うと、平山の体は宙に浮く。そして島津から逃げるように、上空へと飛び去った。