第44話 思い出の場所
錯覚だろうか。平山はユニットバスの中でしばらく考えていた。
仮に幻視であったとしても、今この時、島津が現れたことは、何かしらの意味があるのではと考えた。
それ以上に、平山はいちるの望みを見出そうとしていた。
しかし、体力的な限界が近付いていた。
平山は鏡に縋りつき、そのまま意識を失ってゆく。
気づくと、平山は仰向けに寝そべり、青空を見上げていた。その鮮やか過ぎる色彩から、そこが夢の世界であることがわかった。
「よお、久し振り。よく寝ないで頑張ったな」
青空は、頭の上から覗き込んできたアキヒデにより遮られた。今日も彼は、冷酷に笑っている。
「頑張りはしたが、人間寝なけりゃ死んじまう。そして死ねば、永久にオレが遊んでやる。まあ、好きな方を選べばいいさ」
選べるわけがない。どちらも地獄だった。
平山は起き上がる。今回は何をされるのか、状況を見てその覚悟をしておこうと考えたのだ。
そこは見覚えのある屋上。平山が通った、高校の屋上だった。
当時、平山はまだ周囲とうまく付き合っており、友達も多くいた。毎日この屋上で、弁当を食べたことを思い出す。
―― 楽しかった時期だ。
自分の格好にも気がついた。平山は、当時と同じ灰色のズボンに紺のブレザーを羽織っている。
「何を、させる気だ」
現実世界とは異なり、平山はスムーズに発音することができていた。
「させる、だなんて言いがかりだな。オレは、お前の欲望を叶えてやってるだけなんだぞ」
アキヒデがナイフを投げてよこす。曇りのない刃が、光り輝いていた。
「今日はコレだけで競争しよう。どっちが多く殺せるかだ。ほら、たまにこんな事件が起きるだろ。校内に乱入した馬鹿が、何人も殺める事件がさ」
平山はナイフを捨てる。
「そんなことしない。そんなこと、俺は望んでいない」
捨てたナイフだったが、いつの間にかそれは平山の手に戻っていた。
「逆らうことはできないって、知ってるだろ。諦めて、オレと遊ぶんだよ」
穏やかにではあるが、口答えを許さぬ強いアキヒデの口調だった。
そのとき、聞きなれた鐘が鳴り響いた。