第43話 幽鬼
電子音が、狭いアパートのなかに響いた。
平山がいつも目を覚ます時刻だった。
もう平山は、自分が起きているのか寝ているのか分からない。
アキヒデが現れて、強引に体外離脱を行わないということは、辛うじて起きている状態なのだろう。
しかし、意識は殆どなかった。極度の寝不足で、思考力は皆無だ。
鳴り響く目覚まし時計の音も、なかなか耳には入ってこなかった。
聞こえても、何故その物体が喧しい音を発しているのか、理解することに時間を要した。
喉の渇きを覚え、水道水を飲む。
猛烈な喉の痛みを感じ、意識は僅かに回復した。
もう、狂気の一歩前にいることを、ようやく平山は自覚した。
時計を見ると、既に出社していなければならない時間だった。震える指で、平山は会社へと電話をかけた。
「……ヒラヤマデス」
搾り出すような擦れた声しか出なかった。対応した上司はその声を聞いただけで、彼がその日休暇を取ろうとしていることを理解してくれた。昨日の蒼白な顔も影響しているようだ。ゆっくり休め、と心底心配している様子だった。
平山はユニットバスにある鏡に、己の姿を映して見る。そこには、亡霊がいた。青白い顔の頬は痩せこけ、目は干からびたように光がない。首周りは真っ青に変色してる。
そして更に、左右のもみ上げが白髪になっていた。
―― これが、俺……か?
死にかけの老人でも、もう少し顔色が良いだろう。
そんな自分の顔は見たくない。平山は傷む首を気遣いながら顔を背ける。だがその僅かな一瞬、鏡の隅に別の男の顔が映った気がした。
痛みも忘れ、平山は再度鏡を覗き込む。しかしそこには、相変わらずの惨めな自分の顔しかなかった。
―― 確かに今、あいつがいた。間違いない、あれは島津だ。
鏡の中の自分に語りかけるよう、平山は呟いていた。