第41話 安堵と絶望
平山の目の前には、見慣れたスニーカーが転がっていた。薄汚れ、紐が切れかけた古いスニーカーだ。
何故スニーカーがそこにあるのか、平山には分からない。
自分が不自然な姿勢で、玄関に横たわっていることだけが、ぼんやりと理解できた。
起き上がろうとした瞬間、頸に激痛が走る。目が眩むほどの頭痛もした。
指で頸に触れると、にじんだ血が付いた。
痛みを堪え、なんとか座ってみる。首から、ストライプのネクタイが垂れ下がっていた。
―― 俺は、失敗したのか。
平山は、ようやく事態を理解した。
玄関のドアノブにネクタイを括り付け、自分は自殺を図ったのだ。もう逃げ場はそこしか思いつかなかったからだ。しかし、きつく縛ったはずのネクタイは、ドアノブから解けてしまっていた。
そうして、先ほどの光景も彼は想起する。アキヒデが目の前に立ち、永遠と続く地獄へと招いていた。
安堵した。
心から、神に感謝した。平山は手を合わせ、震えながら祈る。これまで神など信じたことはなく、その対象も分からなかったが、ともかく何者かに感謝せずにはいられなかった。
先ほど現れたアキヒデが、本物かどうかは分からない。
それこそ、単なる妄想なのかもしれない。
けれども、平山は再び自殺を試みる気には、到底ならなかった。
アキヒデの言葉が真実だったなら、彼は無限の苦しみを味わうこととなるからだ。今も地獄だが、寝ている間という制限付きだ。
―― 死ぬことも、許されないのか。
安堵したと同時に、最後の希望が失われたことに、平山は思い至った。