第4話 体外離脱
平山は自分の寝ている顔を見た。
自分の顔を見るという行為は、異常なことなのだろう。毎日のように鏡で見ているが、反射した左右対称の顔と、実際に直視する顔はまるで別人。平山も始めて自分の顔を外から観察したときには、それが自分ではないような錯覚にとらわれた。
本体とも呼ぶことができるであろうその体から、平山は強烈な引力を感じる。
失った魂を求め、今にもその体がむくりと起き上がり、意識だけの存在である平山に襲い掛かってくるようなイメージを抱く。
しかし、平山の体は寝ているままだ。ただ、引力だけが強まってゆく。
平山は体から逃げるように、アパートから飛び出した。
その際、彼はドアを開けるという手はずを飛ばす。そんなことをせずとも、体がドアをすり抜けるのだ。
これは、俗にいう幽体離脱だった。しかし、世間で言われるような、霊魂が肉体から抜け出すというものではないと、平山自身は考えている。
平山がこの行為に目覚めたのは、今から10年以上も前、彼が中学生の頃だ。
サッカー部の練習で毎日疲れ果てていた平山は、夜は死んだように眠っていた。そしてある日を堺に、彼は毎晩金縛りにあうこととなる。そのときは恐怖した。何者かの悲鳴や彼を罵る幻聴、天井に張り付く髪の長い女の幻視、体中を虫が這い回るといった幻覚。ただ、数日も続けば、こうした幻聴・幻覚にも慣れてくる。平山は金縛りの最中、強引に体を動かそうと試みてみた。その結果、意識だけが肉体から飛び出る体外離脱を行うことができた。
当時は、それが異常なことだと考えていた。
肉体から出て、そのまま死んでしまうのではと恐れた。映画で見たように空から光の階段が現れ、そのままあの世へと連れて行かれるのではと危惧していた。だからこそ自分の体から離れず、離脱後直ぐに感じる引力に身を任せ、短い時間で肉体へと戻っていた。
それが、モンローというアメリカの学者が書いた本を読んで以来、それが特別異常なことではないことを平山は知った。恐れる対象どころか、それが全ての夢を実現できる素晴らしい体験であることを知ったのだ。