第39話 最後に残された手段
コンビニにも寄らず、平山はアパートに帰ってきた。
上着も脱がず、しばし呆然とした後、彼は携帯電話を手にする。
もう一年以上もかけていない番号を探し出し、発信ボタンを押した。
3回コール音が響き、相手が電話に出る。
(ハイ平山です)
疲れきった中年女性の懐かしい声が聞こえる。
「もしもし、俺……」
掠れる声で、平山は喋った。
(……健太郎? あんた、健太郎かね)
「ああ、母さん元気か」
(元気かぁ、じゃないよ。正月も帰ってこんと、こっちから電話しても、全然出ないんだから。生きてんのかもわかりゃしないじゃないか。ちゃんと仕事はしてんだろうね)
「うん、働いてるよ。今日はたまたま休みなんだ」
(そんならいいんだけどさ。あんた、たまには帰っておいでよ。お父さんも心配してんだから。お盆には帰れるのかい?)
「ああ、多分帰るよ」
(しかし、なんだい急に電話なんかよこして。あんた、具合でも悪いんじゃないかい? 声がおかしいよ)
「大丈夫、なんでもないよ。ちょっと疲れてるだけだ」
(ちゃんとご飯食べてるの? それから、彼女はまだ出来ないのかね。お母さんに、早く孫の顔でも見せとくれよ)
「……ああ、いつかね。ごめん母さん、ちょっと用事できたから切るわ。また連絡する」
(ちょっと健太郎、お父さんと代わる……)
平山は電話を一方的に切ってしまった。携帯電話は、彼の手からポロリと落ちた。
彼は泣いていた。子供のように泣いていた。泣きながら、呟き続ける。
―― ごめん。ごめんなさい。
涙を拭うこともなく、平山はネクタイを解く。解いたネクタイを結び直し、小さな輪を作った。そしてその一方を、アパートの入り口にあるドアノブに引っ掛ける。以前有名なロックスターが、この方法で自らの命を絶った。同じ方法で、平山は地獄から解放されることを願うのだった。