第36話 悪夢再び
髪の毛を鷲掴みにされている感覚があった。
―― やめろ。やめてくれ。
平山は懇願したが、頭を掴む手は離れない。そして、ぐいぐいと持ち上げられてゆく。
平山は立たされていた。その認識はあったが、目は開かない。恐怖で開けなかった。
突然、腹を撲られる。みぞおちを抉るように、硬い拳が腹に突き刺さった。
「おい、無視すんなや」
痛みに堪えながら目を開けると、狼のような男が目の前に立っていた。アキヒデだ。
「なんで?」
ようやく搾り出しせた言葉だった。
「酒飲んだくらいで、オレが消せるとでも思ったのか? 例え睡眠薬を飲んだとしても、お前を引っ張り出してやるからな」
狼は笑っていた。
「オレは、ただ遊びたいだけなんだよ。お前を苦しめようとしてる訳じゃない。さあ、今日も遊ぼうぜ」
平山の住むアパートの壁が消え去り、周囲は密林に変わった。
いつの間にか、アキヒデと平山は迷彩服を着ている。肩には突撃銃がつり下がっていた。
「この先に小さな村がある。お前とオレで、その村を破壊尽くすんだ」
平山は先に立って歩かされた。村には直ぐに到着する。
東南アジアを彷彿とさせる、密林の中の集落だった。20ほどの粗末な小屋があり、女たちは果物を切ったり米を炊いたりして食事の準備をし、子供たちは老人の周りで元気に遊んでいる。男たちは小屋を修理したり、農具の手入れをしている。絵に描いたようなのどかな村。平和で幸せそうな村だった。
「奴らを皆殺しにするんだ。どっちが多く殺せるか、競争しようぜ」
平山は頭を横に振る。
夢の中で人を殺したことは、これまでにも何度もしている。しかしそれは、平山を襲ってくる敵という設定だった。無防備な相手を殺したことはない。女子供や老人を殺めるなど、考えたことも無かった。
「俺は、やりたくない」
そう言った平山の頬に、間髪いれず拳が飛ぶ。
歯が欠けるほどの衝撃があった。
「やるんだよ」
抑揚のない声で、アキヒデは命じる。
「俺には、できない」
平山は泣いていた。
無表情のまま、アキヒデは銃口を平山に向ける。そして、躊躇することなくフルオートで撃ちまくった。
無数の弾丸は全て平山の下半身に打ち込まれた。
密林に銃声が響き渡る。
足が、削られていった。その一発一発が、気を失うほどの痛みを伴う。右足が吹き飛び、平山は地面に転がった。あまりの痛みに、目を覚ますことができると期待した瞬間には、痛みは消えていた。両足もちゃんと生えている。しかし、痛みの記憶だけは鮮明に刻まれていた。
「俺と、遊ぶよなあ?」
銃口を向けたまま、アキヒデは問う。
平山は、頷くことしかできなかった。