第3話 成功へ向けて
近所のコンビニにて夕飯の弁当とコーラを購入し、平山はようやく狭いアパートへと帰宅した。
入浴を済ませ、弁当をコーラで胃に流し込む。一息つくまもなく、平山はコーヒーメーカーをセットし、3杯分の濃いコーヒーを作る。
その間、彼はテレビを見ることもなく、パソコンを機動することもない。音楽も聴かず、本や雑誌を読むこともない。ただ黙々と、飯を食い、コーヒーを沸かすのみ。
コーヒーが出来上がると、淡々と飲み続ける。香りを楽しむこともなく、味に喜ぶこともない。コーヒーを口へと運び、啜り、無くなると次の一杯をカップへと注いだ。
これで、準備は整った。
会社から歩いて帰ることでほどよく体を疲れさせ、濃いコーヒーを飲むことで多量のカフェインを摂取できた。
そうして平山は灯りを消し、フローリングに直接敷かれたセンベイ布団にもぐり込んだ。
枕元に置かれたデジタル式の目覚まし時計は、23:00を示していた。
平山の一日は、ここから始まるといっても過言ではない。彼の楽しみは、睡眠中に訪れる。
真っ暗闇の部屋の中、平山は仰向けになり、呼吸に意識を集中する。
ゆっくり吸い、ゆっくりと吐き出す。呼吸の回数を数えながら、部屋の天井を思い描く。天井に浮かぶ自らの姿を、出来うる限り詳細に思い描いてゆく。ボサボサの頭、人よりも濃い眉、不自然にはっきりとした二重、低い鼻、赤い唇、青々とした髭の痕、とがった顎。
中空に浮かぶ自分のイメージが鮮明になるにつれ、平山は呼吸を数えることを忘れていた。110回は超えていた。そして、忘れること事態を理解している。
自然に呼吸を忘れることができた。今晩も調子は良かった。
やがて、平山の体が震えだす。震えははじめゆっくりと、次第に小刻みに訪れた。最終的には、強に設定したマッサージ器に乗せられているように、ブルブルと震えた。
震えながら、平山は左手を上げようとする。しかし、全く動かない。彼は金縛りの状態にあった。
頭の上から、布を切り裂いたような女の悲鳴が聴こえた。次には、野太い男の声で「コロシテヤル」と耳元で囁かれる。
いまだ。
平山は回転した。
金縛りにあっていたにも関わらず、平山は布団から飛び出すように転がった。
そして平山は、目の前に横たわる自分自身の姿を見た。
平山は仰向けに寝たままだ。しかし彼の意識は、その横に立っている。
彼はその晩も、己の体から抜け出ることに成功した。