第29話 真昼の離脱
アパートに戻ると、再び平山は布団に横たわった。時刻は昼の二時前だった。
入眠時のレム睡眠により、平山の心はあっさりと肉体から離脱した。そして、意識を持ったその瞬間には、既に目の前に新しいガイドであるアキヒデがいた。
「よう。もう面倒だから、俺が引っ張り出してやったぞ」
「そんなこともできるのか」
「ああ、もちろんだ。もう無理に体を疲れさせたり、カフェインを無理やり摂ったりしなくてもいいぞ。このオレが、お前が寝る度にこっち側へと引っ張ってやるからな」
―― こいつは便利なガイドだ。島津とは大違いだな。
島津を抹殺したことは大きな意味があった、と平山は考えるようになっていた。
「今日はどうする? 何か希望があるか?」
アキヒデは目を輝かせて、平山の回答を待っている。
「いや、特に何も考えてはいないけど」
つまらない答えだ、という顔をアキヒデはしない。
「じゃあ、今日もオレが案内してやる。ゲームの世界に入るってのはどうだ? RPGだ」
アキヒデはRPGの金字塔となっている人気シリーズの三作目を手にしていた。
「ゲームの中に入る? そんなこともできるのか」
「もちろん、何でもありだぜ、この世界は」
平山の回答を待たずに、アキヒデは彼の手を取った。その瞬間、二人は別世界へと移っていた。そこは、先ほどまでのリアルな世界とは似て非なるものとなっている。景色は単調であり、ディテールが荒い。ドットで描かれたゲームの世界だった。
「さあ、城へ行き王様と会おう」
町並みも、以前やって覚えている世界と一緒だった。平山がそのゲームをした当時は二次元の平面世界だったが、目に見えている町並みはそれが三次元化されていた。
平山はアキヒデをパートナーとして、その他に仲間を二人入れ、冒険の世界へと旅立った。魔物だらけの塔を攻略し、洞窟を抜け隣の国へと渡り、村人を困らす盗賊を懲らしめ、船を手に入れ大海原を渡り、最後には魔王を倒すのだった。
戦闘はリアルで、痛みの他、痺れ・毒・麻痺といった、RPGには付物となる症状も再現されていた。それらは全て、アキヒデの仕業なのだと、平山は理解している。以前は、そこまでの肉体的な感覚は得られていなかった。精々、性的な快楽のみが感じられていただけだ。
スリルある冒険を味わうことができたことに対して、平山は満足していた。
アキヒデは共に冒険し、適度なフォローと、適度な失敗を繰り返していた。その絶妙なバランスが、平山に喜びを与えている。
島津を殺して、本当に良かったと平山は考えていた。