第2話 平山の準備
午前中までに仕上げるように指示されていた仕事は、就業時間までかけても終わらず、更に5時間の残業を加えても完成しなかった。平山は中途半端な報告書を、既に帰宅していた上司のデスクに乱暴に放り投げると、帰り支度をはじめた。
オフィスにはまだ数名の社員が残っていたが、誰も平山に声をかけようとはしなかった。
自分からも挨拶をしないくせに、他の社員たちの態度が気に入らず、平山はまた腹を立てていた。
オフィスを出ても、平山は駅には向かわない。
暗く静まり返ったオフィス街を、ひたすら早足で進む。自宅のアパートまでは僅か2駅の距離。平山は定期券を買っていない。いつ会社を辞めてもいいと考えている平山は、社会人となってからの5年間、一度も定期券を購入したことがなかった。遅刻ぎりぎりまで眠っていたい平山は、さすがに朝の通勤には電車を利用していたが、帰宅は毎日歩いていた。このおかげで、会社から支給されている交通費のおよそ半額が彼の小遣いとなるのだ。
そして、歩くことにはもうひとつ理由がある。
それは、体を疲れさせるため。
健康のためでも、ダイエットのためでもない。ただ、体を疲れさせることが、歩くことの目的となっている。
旨いビールを飲むため、スポーツやサウナで汗をかく人たちもいるが、平山は酒も飲まない。
早歩きとは呼べないほど、平山はスピードを上げる。
呼吸が乱れ、額には汗が浮かぶ。
季節は6月。夜風はまだまだ冷たく、心地よく歩くことが出来た。
今日のようにデスクワークが主体の日には、いつも以上に早く歩く。
ただ、ただ、疲れるために。