第19話 殺意
島津は時間をかけて、上位世界の素晴らしさを説いた。
仏陀の教えを直接聴くこともできれば、キリストの愛を感じることもできる。
人々が神や天使として認識している存在に出会うことも可能だという。
しかし、平山は全く耳をかそうとはしなかった。島津が力説する横で、レースクイーンを10人ほど召喚し、一緒にプールに飛び込んで遊びだした。
「おい、まじめに聴けって。そんなくだらないことにこの世界の時間を費やすのは、本当に馬鹿げたことなんだぞ」
島津も苛立っているようだったが、平山はそれ以上に頭にきていた。
元から、島津の存在は気にいらなかったのだ。いつも上目線であれやこれやと指示を出す。消えろと言えばいなくなるが、直ぐにまた現れる。こちらがどれほど嫌おうとも、必ずまたやってくる。
それまでは単に嫌な奴だと感じていただけだったが、しつこく上位世界とやらに勧誘する島津を見ていると、平山の心の奥底に、黒く重い感情が沸き起こってきた。
―― こいつ、殺してやる。
初めて抱いた明確な殺意だった。
それまでも、銃で撃ったり刀で斬りつけたりはしていたが、それはあくまで夢の世界での出来事であると割り切っていた。通常の現実世界で抱くような、相手を完全に消し去ってしまいたいという願望が、平山の心を支配しつつあった。
水着姿で島津の前に立った平山は、渾身の力を込めて撲りかかった。
この世界は、平山の思い通りにことが進む。平山の拳は衝撃波を伴うほどの威力となり、豪華客船であるクイーンエリザベス号のほぼ1/4を破壊した。拳の先にあった海面にも巨大な凹みが生じ、辺り一面に盛大な水しぶきを巻き上げる。
「何度も試してるのに、学ばない男だな君は」
島津はいつの間にか背後に回っていた。やはり傷ひとつ負ってはいない。
船は半壊し沈みかけている。