第17話 願望
その日も平山は、終始腹を立てて過ごしていた。そして、周りの人間たちはそんな平山のせいで同じように不快な気分にさせられている。
「コラあ平山。お前何べん同じ事言わす気だ」
いつもの風景に、オフィス全体が憂鬱な空気に包まれる。
「俺は言われたことちゃんとやったつもりですよ」
憮然と平山が反論すると、上司の顔は上気したが、再び怒鳴ることはなかった。
「もういい。お前もう帰れ。直しは別のやつにやってもらう」
終に平山は諦められていた。普通ならばここでようやく反省することになるのだろうが、平山の場合は上司の言葉を素直に受け、「じゃあ帰ります」とオフィスを去ってしまった。
―― クビになる前に、転職先を探すかな。
アパートに帰る途中、コンビニで求人誌を購入した。
―― 永遠に夢の世界に住むことはできないだろうか。
このところ毎日、平山はそんな願望を思い描く。実際にそうすることは不可能だとは分かっていた。生きている限り食事をしなければならないし、これに伴い排泄も必要となる。以前、冷凍睡眠のサービスをアメリカの会社が始めたというニュースを知ったときには興奮した。未来永劫半永久的に眠ることができるなんてことは理想的だった。しかし、冷凍睡眠で夢を見られる保障はないし、その費用が莫大なことを知った平山は早々に諦めていた。
フリーターとなり、最低限の衣食住を確保し、あとは寝て過ごそうという計画を平山は立てていた。もう現実社会に期待することは何一つなかった。寝ることができれば、金も女も権力も思うがままなのだ。何もかもが腹立たしく、思い通りにならない現実世界とは、まさに正反対の夢の世界。平山は既に、夢の世界に行くためだけに生きていたもの同然だった。
簡単な食事を済ませ、風呂にも入らぬまま平山は布団に寝た。まだ午後8時であった。