第11話 居酒屋
居酒屋に足を踏み入れたのは久しぶりだった。
いまの会社に入社当時形ばかりの歓迎会が開かれたが、当の平山が終始不機嫌な顔をしていたことから、それ以来彼を酒の場に誘おうとする社員はいなくなっていたのだ。
酒を飲むこと自体は嫌いではなかったが、夜に夢の世界へと離脱することを犠牲にするほど好きでもなかった。
客も従業員も騒がしい店内に入った途端、平山の心は嫌悪感で満たされる。
「それ、それだよ平山、お前の悪いところは」
カウンター席に案内された御木は、席に着いた途端平山の顔を指差した。
「嫌な気分になったら、すぐに顔に出しちまうとこ、いいかげん改めたほうがいいぞ。そんな癖、損することあっても得なことはひとつもないぜ」
そんな小言を言われたら、普段の平山ならばより一層不機嫌になることだった。しかし御木の口調は重くなく、それでいて親身であり、嫌味にも頭ごなしの説教にも聞こえない。平山は微笑むことはできなかったが、眉間のしわは消した。
平山の希望も聞かず、御木は生ビールを二人分注文した。つまみも勝手に決めてゆく。
「それで、新しい会社はどうなんだ? 楽しくやってんのか?」
注文を終えると、御木はタバコに火をつけながら聞いてきた。
「さっきも言いましたけど、楽しくなんかないすよ。上司も含め、嫌なやつらばっかりだし、そろそろ転職も考えてます」
煙を吐き出しながら御木は首を振る。
「昔も言ったよなあ平山。自分から相手を好きにならなきゃ、相手も好きになってくれねえんだって。お前、彼女はできたのか?」
今度は平山が首を横に振った。
「だろうなあ。仕事場の人間関係も女もいっしょだ。否定してばっかじゃ、いいとこなんて見つからないんだよ」
その後御木は、ビールを3杯おかわりする間、終始人間関係における持論を展開していた。平山はただ黙って、御木の話を聞いている。
「会社でも一人、家に帰っても一人じゃ、お前楽しみなんてないんじゃねえのか?」
御木は呂律が回らなくなってきている。それほど酒に強い先輩ではないことを、平山は知っていた。
「そんなことないす。俺にだって、楽しみぐらいありますよ」
「なんだよ、どうせパチンコかゲームだろ」
「ちがいますよ。そんな下らないことじゃないです」
「なんだよそれ。もったいぶらずに教えろって」
平山も酔いはじめてきていた。そして、唯一ともいえるほどの心許せる人物を前にして、けして他言すまいと考えていた密かな楽しみを、平山は語りだしてしまうのだった。