第10話 再会
翌日、平山健太郎はいつものとおり腹立たしく目を覚まし、腹立たしい通勤を経て、腹立たしい上司と衝突し、腹立たしい仕事を進め、腹立たしい気分のまま退社した。
幸いにも午後から、上司が出張へでかけてくれたので、平山は定時でオフィスを出ることに成功した。仕事は山のように残されていたが、平山には残業をしてそれを終わらそうという意欲はなく、責任感も持っていない。
いつものように早歩きで帰宅しようと、まだ明るいオフィス街に飛び出たときだった。
「オイ、平山じゃないか。相変わらず機嫌悪そうだな」
後ろから声をかけてきた人物を見て、平山は久しぶりに現実世界で笑顔を見せた。
「御木さんじゃないすか、こんなとこでなにしてんですか」
「営業だ営業。使えなかったが後輩が一人辞めちまったもんだから、俺がこんなとこまで足はこばなきゃならんのだわ」
御木は平山が以前勤めていた会社の先輩であった。誰とでも分け隔てない付き合いができる男であり、他の社員に対して壁を作っていた平山にも気軽に話しかけてくれていた。平山もはじめこそ無愛想な態度を示していたが、しつこく軽口を叩いてくる御木に対し、次第に心を開いていった。平山が辞めると言い出したときも、御木は親身になり相談にのってくれた唯一の人物だった。
「もう帰るのか。お気楽な会社が見つかってよかったな」
「そんなことないです。給料安いし、上司はむかつくし」
「相変わらず成長しないなお前は。俺も今日は直帰する予定だったから、どうだ一杯」
コップを持ち傾けるという古臭い仕草をしたあと、御木はすぐ近くに見える居酒屋チェーンの看板を指指した。
アルコールは、むこうの世界に行くためには障害になる。体を寝かせ、脳を起こすという状況を作らなければならいのだが、アルコールは脳の活動を低下させてしまうのだ。しかし平山は、数少ない親しい知人との邂逅をそのまま終わらすことにも抵抗があった。御木の下らない話を聞くのは、当時から好きだった。
今晩くらいは、あっちの世界へゆくことを諦めよう。平山は決心し、御木に対して頷いてみせた。