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与野売白刃短編小説シリーズ①  作者: 与野売白刃
2/2

スプリングラバー~卒業編~後編

春の青春物語、完結。この別れは永遠ではないさ。きっとすぐにまた会えるんだから。

…あの日から3日後。つまり卒業式まであと3日となった今日。

中学最後の授業は終わり、明日から休日。それが終わったらいよいよ卒業。

でも、その前にやらなければならないことがある――

中学最後の部活をするため、僕は文芸部室へと向かった。

「…あれ?」

しかし、いつもならとうに開いているはずの部室の戸が、今日は閉まっていた。

「百合咲はまだ来てない…のか」

仕方ない、職員室に鍵を取りに行くか。いつもなら僕より早く来る百合咲が持ってくるけど、たまにはこうして取りに行くのもいいな。

と、いつもとはちょっと違うことを密かに楽しみつつ、僕は職員室を目指し階段へ向かった。

すると、降りようとしたところで、下から踊り場に向かって百合咲が上がって来たのだ。

「…あっ、先輩!」

「百合咲…」

「どうしたんですか?今日はいつもより早いですけど…」

そう言いながら彼女は階段を登りきった。

僕はなるべく“最後”という言葉を使わないよう、慎重に選んで当たり障りのない理由を述べた。

「…うん、ちょっと今日は早めに終わったから」

「そうですか。じゃあ、行きましょう」

そう言うと彼女は、鍵を鳴らしながら部室へと向かった。

…雰囲気はいつも通り。でも、わかってる。彼女だって、今日が僕と会える最後の日だって言うことくらいは。


「…はい、開きましたよ、先輩」

「うん、ありがとう」

開錠してもらい、僕が中へ入ると、後ろで戸の閉まる音が聞こえたかと思うと、


ガチャン。


「…ん?百合咲?」

振り返ると、百合咲は俯いて戸を押さえていた。…と言うか今、鍵閉めましたよね?!

「…先輩、ひとつ、訊いてもいいですか?」

「………何?」

僕が質問を許可するも、彼女が再び口を開くのはそれからたっぷり10秒はかかった。

「……先輩、実は昨日、文芸部の文集を見つけたんですけれど…」

「……」

……………まさか。

僕は何となく先が見えた気がした。

案の定、百合咲はゆっくりと本棚のほうへと歩きだし、やがてその足はある場所で止まった。

「…文集、どこにあったと思います?」

「……二つの本棚の、隙間」

僕は答えた。あからさまな問題に、躊躇いもあったが、答えた。

すると彼女はゆっくりと鞄の中からそれを出すと、あるページを開いて僕に見せた。

「……百合咲」

僕はもはや彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。

「…先輩、これって…」

彼女の持つその手は震えていた。

「……」

そう、そのページは……

「…僕が書いた小説だよ」


…それは去年。人数の関係上、参加を破棄せざるを得なかった文化祭の時の、文集。

部長になってから部員が百合咲しか増えなかったため、文化祭に参加することはできないと知っていたが、それでもせめて形だけでも思い、書いた小説。…というのは半分本当であり、表向きな言い訳。あんな短編一つだけでは冊子にすらならない。

それに他の人にはとても見せられる内容じゃ、ない。しかし、それが今後輩の手に渡っている。

なぜどうしてと思う前に、僕は彼女に問うた。


「…それ、もしかして読んだ?」


すると彼女はわずかに頷いた。

顔は見えない。しかし表情はわかった。

もはや羞恥心などなかった。僕は彼女の言葉を待つ。


そしてようやく百合咲は顔を上げた。

「…まさか先輩が、先輩が……こんな私を、スキになってくれていたなんて…!」

ああ、これが。

これが、『嬉し泣き』の顔なのか…。

はじめて目の当りにするその表情に、僕は笑っていた。

「…うん、そうだよ。それを読んだなら、もう僕の想いは、わかってもらえてるんだよね…?」

「…はい。…はい…!」

そして僕はゆっくりと歩み、彼女を抱きしめた。


「…あっ…」

ここで、僕はようやく自分が何をやっているのか気づいた。それから一気に恥ずかしくなった。

が、最早ここまで来たら後戻りもへったくりもない、行くとこまで行ってしまえ!僕は彼女をより強く抱きしめた。

「…私も…」

すると彼女も僕の背中へ手を回し、しがみついた。

「百合咲…。君が僕に優しく接してくれたせいで、いつの間にか好きになってたよ」

「…私も、毎日一緒に部活動をする中でドキドキするこの気持ちに、ようやく気付きました」

抱き合っているため互いに顔を視認できないが、それでも相手がどんな表情をしているかが目に見えるようだった。

「…全く、片想いかと思ったら、まさか両想いだったなんて…」

「…まるで漫画みたいですね…」

「…うん。そうだ、漫画みたいだ。…だから、最後まで漫画みたいにしよう」

「えっ?」

互いに耳元で囁き合い、互いの気持ちを確かめ合う。そして僕の彼女への想いは止まらず貫き続ける。

僕の提案に初めびっくりした百合咲だったが、すぐに意味を理解したらしく、彼女はゆっくり頷くと、眼を閉じた。

「…はい、どうぞ」

く、いざ女の子にここまでさせると相当緊張するし恥ずかしいな…。でも、きっと彼女のほうが何倍もそうに決まっている。

僕は一回深呼吸してから、

「…じゃ、いくよ」


――そして、僕と百合咲は、唇を重ねた。


「―――ど、どう、だった?」

初めてにしては5秒ほどと、そこそこ長いものだったのだが、果たして。

百合咲はたっぷり5秒ほど躊躇ってからようやく感想を言った。

「………焼きそばパンの味がしました」

彼女の顔は艶やかさがあって、いつもより色っぽさがあった。それにしても、

「…そりゃ、さっき食べたから…じゃなくて!…キス、しちゃったけど、その、えっと…」

どうすればいいかわからず、言葉に詰まる僕。予想に反して赤面恥ずか死寸前なのは僕の方だった…。

「…あ、ひょっとして先輩、私のファーストキス奪ったことに、罪悪感持ってるんでしょう?」

ギクッ。

「…い、いや、そんな、ね?僕も初めてだったし…?」

戸惑う僕に、百合咲は笑った。

「ふふ、それでいいんですよ、先輩。…私も、初めては先輩に捧げるつもりだったんですから」

「…!」

なっ、百合咲の奴めっ!いったいどこでそんなセリフを…!

「…えへ、先輩」

と、動揺する僕に、百合咲が再び顔を近づけ、甘い声を出す。


「―――大好きです、先輩」


そう一言だけ耳元で囁くと、百合咲は再び僕に口づけをした。



…そうして、僕と彼女が互いの秘めたる想いを打ち明けあったその3日後。僕は卒業した。

卒業式には卒業生の3年生と、生徒会や部活動の長たる代表者、そして卒業生の保護者などが席を埋めるため、例によってほかの在校生は特別に休みになる。

…本来なら、部活動の代表者として彼女もここへ顔を揃えるはずだが、しかしそうはならなかった。

なぜなら、というよりは当然というべきか。

今年度をもって、文芸部は『廃部』になるからである。休部ではない、廃部だ。

理由は自ずと察するに値するが、言ってしまえば、“例年通しての不人気”と、“部員の少なさ”だ。

本来なら部活動が部活動として存在できる最低条件は、『部員が4人以上』いる必要があるので、今まで活動できていたことが不思議だったのだ。

生徒会も別に無視を決めこんでいた訳ではなかったようだが、いやはや、廃部が決まってしまった以上、今となっては真意など知る術もないが。

とにかくそういうことがあって、残念ながら彼女の顔を見ることはなかった。

でも、それで良かったのだと気付いたのは、卒業式が終わって花道を通り抜け、体育館の外に出た後だった。


「………百合咲…?」


校門のほうに1人、こちらを見て立っている少女がいたのだ。あの桜のヘアピンをしたセミロングの娘。間違いない。僕は咄嗟に彼女に向かって走り出した。

「百合咲!」

そして咄嗟に抱きしめた。

それを見ていた幾人かが「おおー」と何やら黄色い声を上げていたが、そんなことはどうでもよかった。

「…わぷっ、ちょっと、先輩!」

百合咲はいきなり抱き付いてきた変態野郎を少々強引に引き剥がすと、

「もうっ、いきなりなんなんですか!」

怒られた。こういうの今風の言葉でなんて言うんだっけ…。激おこプンプン丸?って、そうじゃなくて!

「ごっ、ごめん!…その、一刻も早く君に会いたくて…」

すると百合咲は一気に紅潮した。

「…みっ、みんなが見てる前で、そそそんな、はっ、恥ずかしいですっ!」

「ごめん!僕が悪かったよ!だから謝るから、ごめん!」

この通りと手を合わせ、頭上へ持っていきつつ必死に謝罪する僕。っていうかいつの間に僕はこんなに大胆な奴になってしまったのか。

「…うう、こっ、こっち来てください先輩っ!」

すると百合咲は恥ずか死寸前で僕の手を掴むと、一気に走り出し、校門を抜けるとすぐの曲がり角を曲がり、そこで止まった。

「…はぁっ、はぁっ、はぁっ…!」

「百合咲…脚、速いね…、知らなかったよ…」

それから息を整え、落ち着いてきたところで、百合咲から話し始めた。

「…実は私、小学生までは陸上とかやってたんです」

「へぇ、初耳だなぁ。確かにそう言われてみると、百合咲の走り方は何というか、普通じゃなかったような…」

「…むぅ」

睨まれた。でも可愛かった。

「い、いや、語弊だよ。別にそういう意味じゃなくって、えっと、フォルムがちゃんとしてたっていうか…」

「…まぁ、それくらいで許してあげます」

「…ごめん」

「ふふ、先輩かわいい」

「なっ、か、かわっ?!」

それは男に使う言葉じゃないだろう!…と悲しいかな、それは心の中で叫んでおくことにした。

「冗談です。…それで、小5の時、一回右足の靭帯を切ったことがありまして…」

「えっ?!」

素直に驚く僕。百合咲が過去にそんな大怪我を負っていたなんて。体育会系だったこと以上に衝撃的だった。

「…それで、一時期歩くことも困難だったんですけれど、手術とかリハビリとか頑張って、なんとか歩けるようにはなれたんです。…でも、」

そこで一旦区切ると、彼女はそっと右膝を撫で、

「…もう、なるべく走っちゃいけないよと、お医者さんから言われました」

「……」

そんな、それじゃあ…。

しかし彼女は僕の心の中を見透かしたのか、口を開く前に話し出してしまった。

「でも、さっきちゃんと走れました。私もあれが怪我して以来初めてのダッシュだったんですけど、先輩が褒めてくれたんだもん、まだ少しなら大丈夫だってわかりました」

そう言って彼女は笑顔を見せた。でも、

「でっ、でも、仕方なかったとはいえ、百合咲に走らせちゃったことには変わりはないし…ごめん!」

ようやく謝罪することに成功する僕。しかし彼女は恨んではいなかった。…むしろ、嬉しそうに顔を華やがしていた。

「…先輩。私は大丈夫ですから、そう自分を責めないでください」

「…百合咲…」

…ああ、僕は。僕はいつからこんな軟弱な人間になったんだ…。

気が付くと、今度は百合咲が僕のことを抱きしめていた。

「…なんだか、立場が逆になったみたいです…」

あの時みたく、また耳元で彼女の艶やかな甘い声が届く。

「…そうだね。でも、僕は男だから、ちゃんと百合咲をエスコートしなくちゃ」

すると、彼女は不意に僕の唇を奪った。…いや、もう既に奪った奪われたの関係なので、少々間違いではあるが。

「…ぱっ…。ど、どうしたの、百合咲…」

言った傍からこのなんとも言えない余韻に意識が半分朦朧としつつも、僕がそう訊ねると彼女は、

「…その、そろそろ私のこと、名前で呼んでくれませんか?」

「えっ…?」

「じゃないと、先輩のあんなことやこんなこと言いふらします」

「いやいやいや!ちょっと待って!」

一体僕の何を握ってるって言うんだ?!

「…冗談です」

…百合咲、オソロシイ子。

「それで?…どうなんですか?」

「……」

「先輩」

「…その、『先輩』ってのも、やめてくれたら、考えなくもないよ」

よし、僕も強気に出ねば!いつまでも百合咲に押されてばかりじゃ男がすたる。

すると彼女は微笑むと、

「…いいですよ?その条件、呑みました」

それから息を吸って、彼女は僕の名前を言った。

「…これで、いいですか?」

「…うん」

「じゃあ今度は先輩の番ですよ」

「わかってる。いくよ。―――音女」

わぁー、いっちゃったぁ、女の子の名前言っちゃったよぉ。

「…はい」

百合さ…音女は、そう返事をすると、もう一度僕に短くキスをした。

「…必ず、必ず高校追いつきますからね。それまで待っていてください」

「…うん、わかった。約束するよ」

「先輩…」

そのまま僕たちはしばらく抱き合っていた。




…それから一年後。

高校生活も慣れて大分落ち着いた新高2の春。新たな仲間と新たに立ち上げた『文庫本研究会』に、新たな入会希望者が現れた。

コンコンとリズムよく叩かれたドアに「はぁい」と返事をしてから、代表して“部長”ならぬ“会長”の僕がドアを開けると、そこには―――

「―――お久しぶりです、先輩」


――彼女が、百合咲音女が、立っていた。


~fin,~

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