五話 「メニュー」
ミッドナイト・バーミルドを倒してかれこれ一日、
といっても別に俺の体感時間が早いわけでもなく、現実世界が遅いわけでもない。
このゲーム「Lost new World」内では通常の世界の数倍の速さで時が流れる…と、ゲームを始めたころにガイドキャラが言っていた。
とにもかくにもリリールに無事、帰還できた。
初めはレベル7だったリノアも上級モンスターを倒したおかげで、
町についたころにはレベル23。
ある程度のソロプレイはこれで出来るだろうし、
ミッドナイト・バーミルドからドロップした装備アイテムもある。
「おっと!」
ジャンがいきなり声を上げる。
「どうした?」
「そろそろ落ちる時間だわw」
"落ちる"というのはネット用語でゲームやチャット・通信を終了するときなどに使用する言葉で、
このようなMMORPGなどではログアウトの際などに使われることが多い。
「ま、俺にはそれすら許されないんだけどな~」
「???」
リノアが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「いや、な…色々あってログアウトできないんですよね」
俺が軽い苦笑いを返すと、
リノアは一瞬難しい顔をした後ホッとしたような顔をすると、
近くの階段に腰を下ろして静かに話を始める。
「いえ、変に思われるかもしれませんが安心したんです、予想通りで…」
「予想通り?」
"ここだ"
ここでもし、この話を聞かなければ、
あんなことにはならず…悲しむことも無かっただろうに。
今思えば、ここが分岐点だったのかも知れない…
「実は私も出られないの…というよりは出かたを"知らない"の」
「え…?それはログアウトボタンを押せばいいんじゃ…?」
リノアは首を横に振る、
どうやらリノアはログアウト方法がわからないようだった。
「えっと、メニューを開いて一番右の…」
「無いの」
「え?」
するとリノアがメニューを開いて見せてくれた。どうやら、閉じ込められているプレイヤー同士だとウィンドウを見ることが可能らしい。
そして、確かにそこにはログアウトメニューが存在しなかった。
俺も確かにログアウトはできないがログアウトメニューは健在だ、ただ押しても反応しないというだけ。
だが、リノアの場合は違う。
リノアにはログアウトメニューが存在しないのだ。
「うーん、じゃあ君もこのゲームの世界に閉じ込められてるんだね?」
「わからないけど、多分…」
心配でもあったが少し嬉しい部分もあった、
そりゃあ自分1人だけじゃないんだからな。
「実は私…」
それから俺は運命を変える話を聞いた。
「ま。今考えてもしょうがない、今はとにかくレベリングだ。」
「え…?」
そういうと俺は座り込んでいるリノアに手を差し伸べた、
別に何かを意識していたわけじゃない。
ただ、そうするべきだと思ったんだ…
「あ、そうそう」
「?」
「レベルがもうちょっと上がったらプレゼントをあげるよ。」
リノアは何のことかと首をかしげていたが、
俺はどうしても彼女を連れて行きたかったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コケで埋め尽くされた壁に太陽の光が差し込まない広場、
一見するとスラム街なこの町『ルーラー』。
その広場には二つの影があった
「おい、本当に順調なのか?」
「順調よ。"急がば回れ"、まずは様子見ってことよ」
大柄な男と、
噴水の横に座る大人っぽい雰囲気を醸し出す女性が一人、
そこに影がもう一つ増える。
「ちゃんと進んでいるみたいだね」
そこにいたのは銀髪の髪に絵に描いたような美顔、
身体全体もスラッとしており、いわゆる美青年だ。
「えぇ、順調ですとも」
広場の噴水に座っていた女性が答える。
それに対して「そうかそうか」とご機嫌そうに笑う青年、
しかしその瞳には女性も、話も映っていない。
見つめる先は……
—————その頃
「よっし、今日はこのくらいにしておくか!」
「ハァハァ…」
現在、セトとリノアはレベリングに勤しんでいた、
もちろん町の近くではあるがソコソコの穴場をセトは把握していたので、そこで狩りを始めていたのだ。
しかし新しい武器を使いこなすのは思いのほか難しいようで、
リノアはどうやら限界のようだった。
「えーと、今のレベルは…」
リノアのステータスを見る。
「おぉ!レベル31か!凄い早いじゃないか!」
「…」
どうやら照れている様子、
基本的に感情を表に出さないような子だと思っていたが
やはり照れは隠せないようだ。
(それにしても、ずいぶんと成長が早い気がするが…)
「?」
とにかく今日はもう休むべきだと判断した俺はすぐにリノアとともに宿屋へと向かった、
MMORPGといえどもこのゲームの場合は宿屋にもちゃんと人数制限がある。
故に、他のプレイヤーが集まる前に寝床を確保しなくてはならない。
「あー悪いねぇ」
「へ?」
「一応、泊まれるには泊まれるんだけど。部屋があと一つしかないのよぉ~」
しまった、さすがに遅かったか…
基本的に野宿だったから今の宿屋ピーク時間がわからない、
これがあだとなったかぁ。
「えっと、つまり同室ってことですか?」
「そうなるわねぇ」
俺は一応の確認のためリノアのほうを向く、
するとリノアは首を小さく縦に振っていた。
「じ、じゃあそれで…」
「はいよ」
同室というのは少し気が進まないが、
泊まれるだけ良いだろう。
気が進まないのは女性と一緒に泊まったことがないから…もあるが、
基本的に"ソロ"だったのもある。
「おう、意外と広いなぁ」
部屋の戸を開けて中に入る際に一言、
なんとなく言いたかっただけである。
「これが…宿」
「そうだぞ~野宿とは別物だ!」
「…」
無言で部屋に入っていくと、
何やらメニューを操作し始めた。
(何をやっているんだ…?)
そして…
「!!?」
消えた。
いや、すまない。
いきなりの事で気が動転してしまっている、
正確には…その、えーと…
間接的装備品が消えた…のだ。
つまりは服だ、
いきなり服を脱いだのだ彼女は!
「ストォォォオオオオップゥウ!!」
もちろん止めに入る、
いや…まぁ個人的には見たいといっちゃあ見たいのだが…
いや、いかんだろ。
「どうして脱いだ!?」
「???」
「いや、"?"じゃなくて!」
「…部屋では楽にしたい。」
「いや…そうだけどさ…」
確かに全裸ではない、
ただ上の服を脱いだというだけではあるのだが…
「それでも少しは躊躇しろよ…」
「…」
すると無言で近づいて来て…
"降ろした"
「うわあああああああ!!」
もちろん、
俺のズボンをだ。
「な、なにをするんだ!?」
「いえ、貴方も楽になっていただければわかるかと思いまして…」
「やめろおおおおお!!」
俺は急いでズボンを引き上げた、
これ以上されたら18禁に突入してしまうからな…
「いいか、ちゃんと羞恥心というものを知るんだ」
「…」
うなずいているから、
理解したとは思うが…
「さてと、俺はもう寝る。」
「…」
リノアも自分のベッドに向かった、
やはり疲れたときには寝るのが一番。
電気を消して間もなく、
リノアは口を開く。
「貴方に記憶はあるのでしょうか?」
「そりゃあ、あるさ」
リノアが不思議なことを聞く、
記憶喪失なのだろうか?
「記憶喪失といった感覚はありません、なったことは無いけどわかります」
「じゃあどうして聞いたんだ?」
「…」
その後いくら待ってもリノアは答えなかった、
が最後に言っていたことがある。
先日、謎の出現を遂げたミッドナイト・バーミルド。
"あれは私のせい"だと。