十一話 「精霊石」
地面が鏡のように透き通っている、
いや確かに地面という保証は無い。
もしかしたら天井かもしれない、
ここがどこかもわからない。
「そうか…死んだらこんな感じなのか…」
シュライト聖堂で死んだ俺は見知らぬ場所に立っていた、
恐らくこれが死の世界というものなのだろうか。
元来思い描いていたイメージとは大きく異なっている、目の前には鏡のような壁ばかり。
たくさんの自分が映っている、
まるでミラーハウスのようだ。
「まぁ、モンスター相手ならまだしも高レベルのPVPときたら…そりゃ、ただじゃすまないよな…」
そういえば、
俺が死んでここにいるってことはシュベルクもどこかにいるのだろうか。
または、奴はまだ死んでいないか。どちらにせよ厄介な敵だったことには変わりない。
「さて、どうしたものか…ん?」
俺はそこらへんを飽きるまで探検してみようと思い、身体を翻した時。
何かがこちらに向かって来るのが目に入る、
黒い霧のようなものだ。
「あれが"あの世への迎え"ってやつか?ずいぶんと恐ろしい雰囲気なこった」
しかし、
本能からか。それとも誰かから過去に聞いたか、
それはわからない。
わからなかったのだが、
進むべき道を俺は知っていた。
「こっち…か」
俺は自分の精神の向くままに無数に輝く鏡の中の1枚に向かって走る、
そしてその勢いに任せたまま飛び込む。
「ここは…」
全てが輝いていた。
◆ ―シュライト聖堂― ◆
「ハァ…ハァ…さすがにキツイな…!!」
「本質的には二対一のはずッスけどねぇ…!」
背中合わせにジャンとビートが武器を構えて聖堂の大広間でピンチ、
クロードに苦戦していた。
「あのクロードって奴のMPの底が見えねぇ…」
「そりゃ、そうでしょ。そんなスキル持ってないですもん~」
「いや、そういうことじゃなくてだなぁ…」
ジャンとビートの足元から氷の刃が飛び出す、
スレスレで同時にかわす。
「やれやれ、そろそろ諦めたらどうですか?あなた方二人だけでは勝ち目はありませんよ」
「へへ…こう見えても最強クラスのナイト、なんだけどなぁ…」
「それが…どうしたというのか!!」
クロードが持っていた杖を振り上げる、
杖の先には黒い球体のようなものが現れた。
「『デモーションズ・ゲート』!!」
「マズい…!」
急いでビートを庇うように覆いかぶさるジャン、
その背中に向かって先ほどの球体が飛んでくる。
「"チェックメイト"ですよ」
そのままジャンの背中に球体が触れる。
「うぐぅ…ォォォオオオオオオオオオオオオオ!!」
球体に腕、足、下半身とドンドン吸い込まれていく、
数秒の出来事だった。
たった数秒でジャンは消滅した。
「ジャン先輩ッ!」
ジャンとともに球体も消滅し、
その場には静寂とビートの絶望した姿だけが残った。
「これが『デモーションズ・ゲート』の威力ですよ。相手ごと消滅、まぁどうせ世界樹で生き返るからいいでしょう」
そう、確かにプレイヤーは世界樹で蘇生される。いわば不死身の存在である、
しかし精神的に気持ちのいいものではない。
「さて次は貴女の番ですよ」
先ほどの様に杖を振り上げて球体を出し、
ビートに向かって飛ばす。
「うっ!!」
◆ ―世界樹― ◆
世界樹の根元には無数の光が輝いている、
その光の中にジャンもいた。
「ヤッベー、久しぶりに死んじまったよ…」
失敗をごまかすように頭の後ろをかくジャン、
その周りには他の全滅プレイヤーたちも復活していた。
「さて…どうしたらいいのか…ん?」
するとジャンのそばに現れた光からはビートが出てきた、
やはり一人で立ち向かうのは不可能だったようだ。
「やっぱり死んじまったか」
「やっちゃったッス~」
「マズいな、セト1人にシュベルクとクロードは分が悪いぞ」
どうやって助けに行ったらいいものかと、
世界樹の根元をウロウロしていた時だった。
「やはり復活していたか」
「お前は…」
そこには黒いコートを身に着けている男が立っていた、
しかしジャンには見覚えがあった。
「setoか」
「そうだが」
そう、
ラクスラズルで戦っていたのをジャンは目撃している。
その時のsetoである。
「お前、そんな口調だったか?」
「あれは仲間にやれと言われてやっただけだ、どうでもいいだろう」
仲間に言われたからってやるのか…
いまいちキャラがわからんな…
「そんなことより、お前らシュライト聖堂で全滅したようだな」
「なんで知っているんだ?」
「俺の部下も1人、シュライト聖堂に行っていたところでな。話は聞いた」
「そうか…」
そこまで話すとsetoは踵を返してテレポートゲートに向かった。
「お、おい!どうする気だよ!」
「お前達には関係ないだろう」
そう言い残してsetoはテレポートゲートに入っていった。
◆ ―シュライト聖堂・屋上― ◆
屋上の破壊された扉からは1人の男が歩いてくる、
男は泣いているリノアに向かって無言で近づく。
「おやおや、シュベルクの奴。やはり負けてしまいましたか」
そう呟き、
男はリノアに手を触れようとする。
「触らないでください」
声も出さずに泣いていたリノアはすぐに顔色を変えて、手を払いのける。
男はやり返そうとせずにそのまま引き下がる。
「まぁいいでしょう、このクロード。女性に意味もなく手を上げる趣味はありませんがゆえ」
一言いうとクロードはリノアをベッドに連れて行く、
リノアにはこれ以上抵抗する気力も、体力も、魔力も残されてはいない。
ただジッと黙ってされるがままにベッドへと運ばれた。
「さて、儀式の続きと行きましょうか」
クロードは一糸まとわぬリノアの身体に指先から触れる、
そしてなぞるように手の先を走らせる。
「そこまでにしてもらおうか」
突然声が聞こえる、
扉のほうを見るが誰もいない。
気がつけば屋上を囲む石段の上に黒いコートの男が立っていた
「扉から入ってきてはどうなんですか?」
「悪いな、生憎俺はアイツと同じ道は通りたくない性分でな」
そう言いながらsetoは背中にあるナイトメアソードをゆっくりと引き抜いていく、
お互いに攻撃の間合いに入ってるがゆえ迂闊に攻撃はできない。
「そのアイツというのが誰かは知りませんが……邪魔をしないでいただきたい!!」
クロードが先手をとる、
杖を振り上げ『デモーションズ・ゲート』を真っ先に発動する。
「ハッ!遅いなぁ…何秒前の俺に向かって発動してるんだよ」
気づいた時には真後ろに回りこまれており、
腹部には貫通した剣先が見えている。
「『グリード ブレイド』…!!」
setoがスキルを発動させると、
貫通した剣の刃からは黒いツタが伸びて絡まる。
「『グリード ブレイド』…だと!?」
『グリードブレイド』リキャスト:3分
相手への攻撃が成功した際、
剣の触れた部分から寄生して体力・魔力を吸いだす。
「く、クソォ!剥がれろ!この!」
必死に絡みついたツタをむしり取ろうとするが、
クロードの全身に絡みついたツタの再生速度には追い付かない。
「クロード、お前は立った二人を倒した程度で調子に乗りすぎなんだよ。俺を奴らと一緒にするな」
「貴様ァァァアア!!」
エネルギーを吸い切ると、
ガラスが割れるようなエフェクトとともにクロードは消滅していった。
「相手にならないな」
振り返るとベッドのリノアが怯えた顔をしている、
それをみてsetoは背中の鞘に剣を収めた。
「リノア、"精霊石"をそこにいるアホに使ってくれないか?」
「…?」
リノアは何のことかわからなかったが、
その声に悪意が感じられないことから言われるままにした。
「こう…?」
「あぁ、それでいい」
リノアが仰向けになっているセトの胸に精霊石を置くと、
setoが近づいてくる。
「ちょっと待っててくれ」
そう言い残し、
setoはリノアに自分のコートを着せてセトに触れる。
「"精霊よ、わが声を聞け"」