閑話 ある侍女の事情
私の初恋はあっけなく終わった。
たぶん憧れから始まったのだ。
戦う姿に見惚れて、笑顔に見惚れて、毎日少しずつ恋心を育てていた。
何故私はあの場にいたんだろう。
あんな所を見なければ今も恋心は育っていたんだ。
いや、育てた所で実らない。そんな恋心だった。
「クリス!俺と結婚してくれ!」
私の初恋の人は、綺麗な人にそう言った。
綺麗な人は無言で初恋の人の手を取り自分の胸に置いた。
あー、私の初恋の人はあの綺麗な人と共に生きていくんだ。
私は悲しいような、寂しいようなそんな気持ちでその場面を見ていた。
そこで綺麗に終わらせてくれないのが私の初恋の人だ。
次の瞬間彼が大きい声で叫んだ。
「な、な、なんだと〜〜!クリス、お前!お、お、男だったのかーー!」
大きい声を不快に思ったのか綺麗な人が彼を殴った。
まあ、男らしい。
初恋の人は信じられない顔をしている。
一発殴って気が済んだのか綺麗な人はその場を離れた。
私も見なかったことにしようとその場を離れようとしたが、不注意で落ちていた木を踏んでしまい音をたててしまった。
「誰だ!」
彼がこちらに来た。
私を見ると困った顔をした。
「あ〜〜、サナだったのか……。変な所見せたな、すまん。今のことは誰にも言わないでくれないか?さすがの俺でも男に結婚を申し込んだのは結構堪える……。」
「はい、誰にも言いません。リカルド様。」
「うん?あれサナお前何で……」
彼が何か言う前に私はその場を駆け足で去った。
泣いてなんていない。
これはアレだ。目から汗が出たんだ。
私はこの時から彼をリカルド様と呼ぶようになった。
私の初恋の人、『リーくん』を忘れるために。
魔物狩りの時に慣れない私のことを庇ってくれた『リーくん』
私が初めて1人で戦えた時に笑顔で褒めてくれた『リーくん』
後をついてまわっても結局は面倒を見てくれる『リーくん』
いっぱいの『リーくん』の思い出を忘れるように私はリリーナ様の侍女として仕事を頑張った。
リリーナ様は王妃教育を見事にこなしレオン王子の婚約者として完璧だった。
なのにあのバカ……いやレオン王子はやってくれたのだ。
そしてリリーナ様の兄であるリカルド様は……。
彼は一体何をしているんだろう?
レオン王子をかばい奥様から鉄拳をこれでもかとくらっている。
しかも自分と同じ人に結婚を申し込んだ仲間意識から。
……バカなの?
うん、バカなんだね。
昔のよしみで私が出来ることはただ一つ。
矯正あるのみ!
「だからリカルド様!覚悟!」
「ちょ、ちょっと待て!サナ!一体何が『だから』なんだ?おい、何鞭出してんだよ!おおっと、あ、危ねえ。落ち着けって。」
昔の彼に戻ってほしいなんて……ほんの1ミリぐらいは思っているかもしれない。
でも、今はリリーナ様の為にこのバカ……うん、バカリカルド様を調教しなければ!
「うわっ。無言で鞭を振るうのはやめてくれ。マジで怖い。」
リリーナ様!
レオン王子と2人で話し合う決意をしたリリーナ様を見習ってこのサナ、頑張ってリカルド様を鍛え直しますね。




