閑話 あの人の今
「サナーーーーーー! 早く帰って来るから待って」
ドカッ!
「ほら、いいから行きますよ。……毎日毎日よく飽きませんね。本当に学習能力がない。ワザワザ迎えに来ているんですから余計な手間はかけさせないで下さいよ。さあ、とっとと歩いて下さい」
アレク様の容赦のない一撃が見事にリカルド様の頭に降り注いだ。
「いってぇ〜〜! アレク、お前日に日に容赦なくなって……あ、うん、わかってるって。だから、その、剣に手をかけるのはよせ。……行くよ行きますよ」
今、私の目の前では毎日恒例の行事が行われている。
リカルド様はアレク様に何発かど突かれたあと、私に大きく手を振り出勤された。
「サナさん、今日もお疲れ様です」
私の横で一緒に見送っていた、執事のセバスチャンさんから労りの言葉をいただいた。
「いえ、セバスチャンさんもお疲れ様です」
私たちはお互いにちょっと苦笑いしながら屋敷内へと入った。
今でこそセバスチャンさんは『サナさん』と呼んでくれているが、リカルド様の婚約者に決定した時には『サナ様』と呼び方が変わってしまった。
昔から知っているセバスチャンさんにそう呼ばれることに抵抗があった私は結婚するまでという約束で『サナさん』呼びを手に入れた。
私の我儘に巻き込んでしまい申し訳ないが、それでもあと少しだけこのままでいさてほしい。
ただの侍女の私がリカルド様の婚約者ということが結構プレッシャーになっている。
せめて今だけは……名前の呼び方だけでもという私の願いが受け入れられた結果である。
「あの子、日に日に馬鹿になってないかしら? 」
私の目の前でリーザ様がお茶を飲みながらそんなことをおっしゃっている。
私はなんて答えるべきなんでしょう。
「あの……一つ言えることはアレク様に申し訳ないです」
はい、これが全てです。
本当にアレク様にはご迷惑おかけしております。
アレク様が来てくれないとリカルド様はいつまでも離れないから。
何かお礼が出来れば良いのだけど。
「確かにその通りね。今度何かお礼しましょう。さあ、それより邪魔者がいない間にやることやりましょう。時間がないわ」
「はい、奥様」
「違うでしょう。『お義母様』よ。はい、もう一度」
「あ、申し訳ありません。……はい、お義母様」
私がそう言うとリーザ様はニッコリ笑って抱きしめてくれた。
「ああカワイイ! 本当、リカルド良くやったわ。さあ、行きましょう」
なかなかの力で抱きしめられ結構痛いが毎日のことなので慣れた。
もはやこれも修行だと思っている。
私はわざわざ領地から来てくださっているリーザ様にいろいろ教わっているところだ。
それこそ普通の侍女が貴族に嫁ぐのだ、はっきり言って死ぬ気で覚えないといつまでも結婚なんて出来ない……と私は思っていた。
だけどリーザ様は
『サナだったらちょっと領地経営のことを覚えればそれで大丈夫よ。だってうちで一番大切な強さをもう持っているし、ずっとリリーナの侍女をしていたのよ。そんじょそこらの貴族の令嬢よりしっかりしているし、マナーだって誰かに教えることが出来るレベルじゃない。ある意味必要なのは、リカルドの妻になる覚悟だけよ』
こうおっしゃってくれた。
知らないところに嫁ぐわけではないからそこは安心だけど、やっぱり貴族に嫁ぐとなると心配も多い。
せっかくリーザ様が来て下さっているから何でも吸収しようと思う。
ただ、何故か教わることがリカルド様をいかに素早く沈められるかに重点を置いているのは良いのだろうか。
とにかく時間は限られているし、何よりリリーナ様が戻られるまでにはしっかり修行を終えたい。
リリーナ様は元気だろうか?
アンジュさんや大旦那様がついているから大丈夫だと思うけど、それでもずっとお側にいたのに……こんなに離れたことがないから不安だ。
どちらかと言うと私の方がリリーナ様と離れて不安に感じている。
リリーナ様に会いたい。
ーーその頃、リカルドは……
「お前らいい加減にしろ!! サナは俺の嫁だぞ!! 」
「「「まだ嫁じゃないでしょう! おとなしくヤられて下さい! 」」」
この馬鹿たちは俺とサナが婚約したというのに懲りずに俺に挑んでくる。
どんだけサナが好きなんだ。
だがしかし、サナを愛する気持ちが一番強いのは間違いなく俺だ。
だからヤられるのは……
「お前たちだーー! 」
突撃してくる奴らをまとめて吹き飛ばす。
だが俺の騎士団は地味にパワーアップしている。
このぐらいの攻撃では止まらない。
毎日こんなことを繰り返せばそうなるわな。
アレクなんか、これも訓練の一つとか言ってどんどん団員を送ってくる。
たまに『アンジュ様に会いたい!』とか言って俺に攻撃してこようとした奴が、突然現れたアレクにボッコボコにヤられていた。
あいつは手加減を覚えた方がイイトオモウ。
はあ〜、とりあえず早く帰ってサナに会いたい。