匂い
ようやく全て片付いた。
お祖父様とサナも、助け出した人を連れて戻ってきた。
捕まっていた人は、家がお金の準備に時間がかかった為、ずっと閉じ込められていたらしい。
本人はのん気に『うち、貧乏貴族なんですよ〜。』と言っていたけど。
そんな人まで誘拐するなんてバカなんだね。
「え?私、誘拐されていたんですか?」
エリスさんの目隠しを外して状況を説明すると、エリスさんはびっくりしたようだった。
連れ去られた時に薬で眠らされたらしい。
急に意識がなくなって、次に気づくと真っ暗だったという。
目隠しを外して、周りをキョロキョロしていたエリスさんだったが、兄の姿を見かけるとよろけながらも近づいていった。
「リカルド様!私のことを助けに来て下さったんですね!嬉しいですわ!やっぱりリカルド様は私の王子様です。」
エリスさんは満面の笑みで兄に抱きついた。
私はサナのことが気になって、チラッと横を向いた。
サナは……表情は変えていないが、でもちょっとだけ悲しそうに見える。
もう一度兄とエリスさんに視線を移すと、少し不思議な光景が広がっていた。
「エ、エリス嬢、もうそろそろ離れて下さい。」
兄がそう言ってエリスさんを引き離そうとしているのは、分かる。
ただ、そのエリスさんが兄に引っ付いたまま、あれは…………匂いを嗅いでいる?
エリスさんは一生懸命兄の匂いを嗅いでいるようだ。
しかもずっとクンクンと嗅いでいたかと思えば、妙に首を傾げている。
そして、納得できないのかまた匂いを確認しているのだ。
始め引き剥がそうとしていた兄も、そのエリスさんの不思議な行動に困惑している。
しばらくそうした後、ようやくエリスさんが兄から離れた。
何だったんだろう、アレは。
「さあ、ここはリカルドとアレク殿に任せて私達はここから脱出しよう。このままここに居ては、エリス嬢が誘拐されていたことがばれてしまう。きっとサスケの火薬玉を見た人が警備隊に連絡を入れているだろうからな。」
お祖父様に促されて私達は屋敷から出ることにした。
だけど、兄に破壊された扉から外に出ようとしたアレン君が慌てて戻って来た。
「屋敷の前に人がいっぱい集まっています。あの中を出て行くのは……無理そうですね。」
やっぱり火薬玉は目立つよね。
でも、何が起こっているかわからないようだから、みんな入っては来ないみたいだ。
まあ、そんなに簡単に貴族の屋敷には入って来れないか。
「ふむ、では入って来たところから出るか。リカルド、私達はこのまま隠し通路から脱出するから後のことは任せたぞ。それから、君はどうする?」
お祖父様は一緒に救出した人に確認した。
ところでこの人は誰だろう。
申し訳ないが、全く覚えがない。
「あ、僕はこのままここに居ますよ。捕まっていた僕がいた方が説得力があるでしょう。それに僕が誘拐されたのがばれたって家に影響ありませんから。」
笑ってそんなことを言っているけど、良いのかな?
その人は「あ、でも……」と言いながら、こちらに向かって来た。
そして私の隣にいたサナに話しかけ始めた。
「あの、お名前伺っても良いですか?あ、そうだ、まず僕が名乗らなきゃですね。僕の名前はダミアンと言います。」
ダミアンさんとやらはニコニコしながらサナを見ている。
どうやらサナが名前を教えてくれるのを待っているようだ。
対するサナも、名乗られてしまってはしょうがないとばかりに答えた。
「私の名前はサナと申します。」
「サナさんですか。素敵なお名前ですね。近いうちに助けていただいたお礼がしたいので、お時間いただけますか?あっと、もう、時間がなさそうですね。サナさんは見たところリリーナ様の侍女のようですね。うん、今度お邪魔させていただきます。おや、もうそろそろ誰かが入って来るかもしれません。お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした。」
そう言うとダミアンさんは私達の前からスッといなくなった。
なかなか見事な引き際だ。
サナに断られる前にいなくなるなんて。
サナもそのあまりの早い展開についていけていないようだ。
その後ダミアンさんはお祖父様にも少し話しかけていた。
「よし、もう行くぞ。」
お祖父様の言葉を合図に私達は脱出するべく、侵入してきた部屋へと戻った。
エリスさんは隠し通路を見て喜んでいる。
エリスさんは私が言うのもアレだけど貴族っぽくないよね。
無事脱出した私達は屋敷へと戻った。
屋敷にはエリスさんの父であるククール伯爵もいて、エリスさんの姿を見るとすぐに近づき抱きしめた。
「ああ!エリス、よく、よく無事で……みなさん本当にありがとうございました。」
ククール伯爵は涙ながらに私達にお礼を言ってきた。
うん、本当に無事で良かったよ。
その後落ち着いた伯爵はエリスさんを連れて家へと戻っていった。