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新月

作者: 大原妙子

時折、発狂しそうになる。

泣きたいのか、怒りたいのか、流れるままに打ちひしがれたいのか。

わからない。

だから僕は、押し寄せる情動が凪ぐのを、黙って待つ。

よそへ注意を向けようと、周りを見回してみると、そこかしこのものが、あらゆる形で僕に、ひいては今この時の情動に、繋がっているように思えてくる。

だから僕は、目を瞑って、この時を、やり過ごす。

途端に鮮烈になる、つんざくような静寂。

だから今度は、両手で耳を覆って、せめてこの一瞬だけが、過ぎ去ってくれるのを、ひたすらにねがう。


暗黒に沈んだ、無音の、閉じた世界に、『僕』が、広がる。

ゆるゆると、じわじわと、けれど確かな質感を伴って。

そして僕は、闇夜にも、濃淡があることに、気がついた。

そして、ふと、『僕』は思い当たった。

なぜ、淡い闇を、光だと、感じることができないのだろう。

なぜ、濃い闇が、光を受ける何ものかの影なのだと、信じることができないのだろう。

『僕』は、なんだか可笑しくなって、くすくすと、忍び笑いをした。

僕は、眉をひそめて、どうして、と問う。

だって、君は(僕は)、そんな風に、憂え顔でいたって、その実、たったの二十有余年分の夜しか、知らないじゃないか。

どうして、それらの夜々が、これからの、いくつもの夜々に比べて、真っ暗だったと、言い切れる?

それにどうして、真っ暗な夜が、薄暗い夜よりも、哀しいのだと、言い切れる?

そうだ、僕は(君は)、まだなんにも、見ちゃいない。

知っちゃあ、いない。

行く先の、さらなる闇を、誰ぞ知る。

いわんや光を、誰が知らむ。

眠りたいのなら、僕の腕の中で、眠ればいい。

隠れたいのなら、ほら、僕の最奥に、君をかくまってあげよう。

外を覗いてみたいのならば、そら、僕が君をしっかり包んでいてあげるから、君は、僕の肩越しに、そっと、覗いてごらん。

やがて、おずおずと、一歩、踏み出してみようとする君に、僕はやっぱり、寂しさを覚えるのだろう。

けれど、その時になったら、僕はきっと、黙って君を、見送るよ。

きっとだよ。

でもね、君、覚えておいで。

僕は、いつだって、『僕』だ。

『僕』はいつだって、君の内にいて、憩い、許す場所を、君に与えると、約束する。

だから、安心おし。

安心、おし。


今宵は、新月だ。

かつて僕は、月の無い夜を嘆いた。

月夜を知るゆえの、新月の哀しみを、ただただ、悲嘆したものだった。

今宵僕は、無い月を見て、僕の在るのを思い、僕の在ったのを思い、僕の在り続けねばならぬのを思い、途方に暮れる。

発狂しそうになるのは、こんな夜。

延々と巡る月の、名残と予感とを、うつろに浮かべる、こんな、夜。





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