2、オーク
「眩しッ!…一体ここは?」
目を開けると、周りはそこそこ広い空間におり、岩や土で囲まれていた。少し先には出口らしき光が見える。柔らかいクッションにだらしなく座っていたはずが、ゴツゴツと尖って痛い岩と変わっていた。
ゆっくりと立ち上がると、いつもより視線が高いことに気がつく。だらしがない下着姿だったのが、黒と紫の禍々しい服に変わっており、日本人特有の黄土色の肌は真っ白となっていた。
焦りながらも心を少しずつ落ち着かせる。できるだけ現状を把握しようと混乱する頭を息を吐きながら理性で抑えた。
「これじゃあまるで……え、これ…」
まさかゲームの世界に入ったのかとふざけ半分で考えていたが、奥に行ったところに選んだ能力と同じ画像の機巧兵士があった。自分と同じくらいのサイズだが、全身が銀色のそれは今まで見たことのない作りをしていた。無駄に厚い装甲で覆っているどころか、最小限まで不要部を省いたようなスマートなフォルム。両肘両足はナイフなようなものが装備されており、両手は長い掻き詰めとなっている。銃のようなものは見られないが、見るからに戦闘に特化したものだとわかった。
「やっぱりゲームの世界ってことよね…」
恐る恐る機巧兵士に触りながら、物体と現状を確認する。動く気配のないそれに思い切って力を込めながら握るものの、びくともしない。
「…たしか魔力で動くんだったわよね。ならできるはず…」
直前にしたことを思い出していく。たとえ自分の魔力がもともと皆無だとしても、魔力増大の能力で少しはあるはずだと考えた玲は、深呼吸をして落ち着く。両手を機巧兵士の背の部分に当てると、ダメ元で自分の中から何かが出ていくイメージをした。
『魔力確認。マスター認識しました。ご要件をどうぞ』
「う、嘘……本当に動いた……」
目のような部分が微かに光る。冷淡な女性の声はほとんど人間と変わらない。感情という部分を抜かせばそのままだろう。
「ここはどこ?」
『詳しい位置情報を取得することができませんが、マスターのダンジョンと認識しております』
「やっぱり…じゃあこれからどうすればいいの?」
『マスターの職業はダンジョンを拡大することです。しかし行動の権利はマスター自身にあります』
「つまり私が王ってことか…これなら同じ競争でも面白そう…」
動揺はいつの間にか消え、興奮とすり替わっていた。こんなに楽しい気分はもしかすると生まれて始めたかもしれない。敵をおびき寄せるのが一番なのだが、何もできることがない現状を考え、外に出て探索することにした。
「外に出たいんだけど、護衛することはできる?」
『了解』
機巧兵士は玲の2歩ほど前を行きながら洞窟を出た。足取りはとても軽く、ロボットと言われると想像するぎこちない動きは一切見られない。外は一面ジャングルに囲まれており、自分たちがいたダンジョンがほんの小さな洞穴だったことに気づかされる。
暫く進むと、青い塊の性別を発見した。
「…あれは?」
『スライムです。気づかれる前に排除しますか?』
「ええ。任せるわ」
そう返事すると、機巧兵士はものすごい距離を跳躍し、一瞬でスライムに近づく。着地した時の音で反応するが、肘の刃に一瞬で切り裂かれた。
「つ、強い…最初から所持できるから弱いと思って蹴らなくて正解だった…」
実際一番取るか取らないかで一番迷った能力がこれだ。最初から使えるモンスターなど後で使わなくなるのではないかと渋ったのだ。
その後も奥に進むに連れて何匹かスライムが現れるが、どれも瞬殺だった。
「ところでどのくらい魔力は持続するの?」
『先ほどの量ですと、一週間くらいが限界です』
「あの一瞬でそんなに・・・・・・省エネなのか私の魔力が多すぎるのかわからないけど便利だね」
如何に機巧兵士が使えるのかを改めて知る。
出てくるスライムをしばらく倒していると、自分より大きな影が見えた。
「あの大きい緑のやつ…・・・もしかしてオーク?」
『はい。対話が可能な魔族ですが如何致しましょうか?』
「できれば労働力にしたいわね…・・・一応コンタクトを取るけどいつでも私を守れるようにしておいて。もしもの時はなるべく殺さないように」
『了解』
仲間の位置を吐かせるためだが、機巧兵士はその目的も聞かずにただ従う。感情がない声と従順な態度は、何よりも安心するものがあった。
オークが背の低い木から果実のような物を採取しているところに、ゆっくりと近づく。
「ねえ、そこの貴方」
「え・・・・・・なんでこんなところに人間が・・・!頼む、殺さないでくれ!」
「・・・」
予想と反した対応に吃驚し、表情を冷静に保つ。相手が人間だとわかると強気でくると思い込んでいた玲は、半ば戦闘状態になることは覚悟していた。体格的にも圧倒的にオークのほうが有利だ。
そのあまりにも逆の対応に次の言葉を必死に考え出す。
「怯える必要なんてないわよ。貴方の村に案内して欲しいだけ」
「そ、それは……」
「断るというなら命の保証はしないわ」
目で合図すると、素早くオークの後ろに回り込み、掻き爪を喉に当てる。少しでも動かせば潰れてしまうだろう。どうやって話を切り出そうか悩んだが、相手が恐れているとなれば簡単だ。
「わ、分かったから!分かったから……」
「賢明ね。勘違いしてるようだけど、殺す気なんて全くないのよ。ただ取引したいだけ」
「…あ、ああ」
笑みを見せるが、あえて目は笑わない。一旦こちらが優位に経てば、この先もこちらが主導権を握ることを知っている玲は、どこまでも勝気だ。引き続き機巧兵士に先行させながら、怯えるオークに道案内をさせるとひとつの集落が見えてきた。丈夫そうな柵で囲まれており、とても想像していた野蛮な魔族とはかけ離れている。
「じゃあ私を命の恩人ということで長にあわせて頂戴」
「や、やっぱり殺す気なのか!?」
「ふふっ。殺す気だったら今貴方の首を落としてそのまま村を攻めてるわよ。抵抗されたりして殺しちゃったら話ができないでしょ?」
だらだらと冷や汗をかくオークに長を呼びに行かせる間、目に付かないように近くの気に隠れて待機した。相変わらず無機質に立っている頼もしいパートナーになにか名前でもつけようかと思っていると、走りながら連れて帰ってきた。筋肉がしっかり付いており、長い髪をしている。服からして女のオークだろう。
「ウチの村になんの用だい……?渡せるものなんて何もないよ…」
「ふーん…」
呼びに行ったオークに約束を破ったのかと言うように視線を送る。
「言っておくがコイツはお前に助けてもらったと言っていたよ。だがこんなに怯えてるのにそんな訳ない…」
「なるほど。やっぱり貴方が長なんだ。単刀直入に言うけど、貴方達全員私のは以下に加わりなさい」
「…何言ってるんだ?人間と魔族が手を組むなんて・・・」
「どうせ貴方達は人間に怯えて暮らしてるんでしょ?そこのオークといい貴方の態度といい丸分かりよ」
「・・・・・・ああ、そうだ!いつも比にならないほどの数で狙いやがって!もうこっそり暮らしていくしかねえんだよ!だから関わらないでくれ!」
怯える中、長の女オークは大声で本音であろう言葉を口にする。玲はそこに付け入る隙を見逃すことはなかった。
玲の中では協力関係になるだけが目的であり、最初に条件を高くしておいて最終的に目的の条件に達成するというよくある交渉をするつもりだった。最初のオークだけが弱気という最悪のことを考慮した行動だったが、完全にこちらが上という状況に思いもよらぬほど上手く話が進む。
「本当にこっそり暮らしていたいの?もっとしっかりとした暮らしが欲しい、違う?」
「・・・・・・何が言いたい?」
「私の配下になれば今よりは安全になるわ。力を見せてあげて」
『了解』
鍛え上げた話術でリードすることは成功したようだ。具体的な方法は考えずに命令すると、周囲の木を何本も軽く切り倒していく。その速さは目で追うのが精一杯だ。
「この子が今のところ私の力。少なくとも貴方達全員でも倒せないでしょ?」
「・・・・・・だがなぜ弱い我々を必要とするんだ?罠としか思えない・・・・・・」
「労働力が欲しいのよ。流石にこの子だけだと戦闘以外が大変だから。
それにそっちのオークにも言ったことだけど、罠なんか張られる程の実力差が私との間であると思うの?」
そこまで言うと、完全に黙り込んだ。玲はもはや断るすべがない事を察している。村の位置は知られているし、断ればそのまま機巧兵士の圧倒的な力に皆殺しにされる。そういう意味で最初から交渉するつもりなど全くなかった。
「・・・分かった。今日から我々はお前の配下だ」
「ふふふ。私は玲。これからよろしく」
「ライカだ・・・・・・で、一体何をすればいいんだ?」
「とりあえず全員集めて。自己紹介のついでにもう一つ今後のことも伝えたいから」
オーク達の視線を浴びる中、小さな広場に集まる。怯えている者や警戒している者とそれぞれだが、長の命令となると、話が簡単に進んでいく。
ライカが全員揃ったという合図を出すと、玲はオークたちの前に立った。
「私の実力はライカに聞いたと思う。貴方達が私に従っている限り身を守ってあげる」
「ほ、本当に・・・?」
「ええ。君たちの仕事は私の経営するダンジョンの増築や、裏方の仕事よ。面と向かって戦う必要はないわ」
「う、嘘だろ!お前たち人間は卑怯だ!俺たちを数で襲いやがって!」
「逆に聞くけど、貴方達は1対1で戦えるほど強い存在と思うの?そんな無駄死にさせるくらいならまだ別のことをしてもらうわ」
飛び交う質問の中、平然と答えていく。勿論この発言通りダンジョンの侵入者と戦わせる気は全くない。どう考えても今の彼らの力では足止めにすらならないだろう。
「それともう一つ・・・私の最大目標は世界征服よ」
「・・・え?」
「今まで貴方達は醜い人間どもを見てきたはず!競争の渦に飲まれ、欲望のためになんでもする!そんな彼らは支配されなければならない!その為にもどうかあなたたちの力を貸して欲しい!」
「そ、そこまでの野望があるとは・・・お、俺はついていくぞ!」
「俺も!」
1人2人と賛同者が現れると、その波紋は次第に全体へと広まっていく。一瞬だけ頬を釣り上げる玲に気付くオークは誰一人として存在しなかった。
次回に言及しますが、オークは基本頭が悪いです。
まとめ
トリップしたとわかる→機巧兵士を手に入れる→スライム倒す→オーク脅す→オークの村の長を脅す→オークたちを納得させる