005 榛葉昴の憂鬱
「昴君……じゃなくて昴様は『継承式』に参加しないの?」
「名前だけじゃなくて後半も敬語にしないと意味ないだろ」
「はぅ……」
僕は隣に座り込む幼馴染、寧々ちゃんにそうアドバイスをしてやる。
まあ僕は敬語だとか気にしないんだけどな。
僕らは今、家の中でも比較的人通りの少ない離れ(実はこの家はかなりでかいのだ)の縁側に座り込んでまったりとしていた。
おっと、別に人気のないところで寧々ちゃんをどうのとかそういうことじゃないぜ。
そこは勘違いするなよ?
むしろそんなことを考えたお前達自身の事を恥ずかしく思えよ?
あの翔との一騎打ちから数日。
今日は榛葉家の当主の座を父さんが引き継ぐ継承式が行われていた。
僕はなんとなく継承式が行われている道場には近づけないでいた。本当はこの家の孫である僕が参加しない訳にはいかないのだが、こっそりと抜け出してきた。
いや、まじで別に弟が次期当主になることに関して不満があるわけじゃない。勝負して僕が負けたんだし、実際翔の方が次期当主に向いていると思っているのだから、この人選に不満はない。
ただ。
ただなんとなくやるせないなって思っただけだ。
じいさんの考えてることなんてわかんないし。
翔にも負けるし。
「はぁー……」
これからどうしようか。
なんとなく当主になるのかなって考えてたから、他の将来のビジョンなんて考えたことなんてなかった。特にやりたいことなんてないし、どうしよう。もう高1だしそろそろ将来の事考えないといけないな。
なんて。
考えてみたり。
「昴君……じゃなくて昴様、ため息なんてついて大丈夫? 私でよかったら話聞くよ?」
「別に心配しなくてもいいよ。僕は大丈夫だ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
僕の顔をじーっと覗き込んでくる幼馴染に、僕はそう言い聞かせる。
「翔君……じゃなくて翔様は次期当主になるんだよね」
「そうだな」
「なんか、凄いね。この前まで三人で一緒に遊んでたのに、いつのまにか翔君はもう将来どうするのか決めちゃってるんだもんね」
そうだ。
今まさに行われている継承式で父さんはじいさんから当主の座を、翔は父さんから次期当主の座を受け継いでいるはずだ。
ある意味将来安泰というわけだ。
お嫁さん候補(寧々ちゃん)いるし。
なんてリア充。
それに比べて僕は。
…………。
まあいいか!
僕が翔を補佐すればいいんだ。翔が僕にしてくれようとしていたように。
ただ僕は翔みたいに剣術が出来ないからそういう意味で補佐は出来ないし、勉強もできないからそういう意味でも補佐は出来ないが。
…………。
あれ、僕なんも出来なくね?
特技とか無くね?
どうしよう!?
なんとか翔より優れてるとこ探さないと!
「ねえ、寧々ちゃんは将来どうするの?」
僕は寧々ちゃんに尋ねた。すると寧々ちゃんはガバッと顔を上げて顔を真っ赤にしながら首をブンブンと振った。
「わわ私!? そそそそそんな、翔君とけけけけ結婚なんて! 考えてないですぅぅぅ!」
寧々ちゃん若干涙目。
うーん、寧々ちゃんは本当にわかりやすいなー。
今更驚くことなんてない。とっくに知っていた事だ。ただ寧々ちゃんの気持ちを翔が知っているのかは微妙なところだ。あいつは基本的に鋭い奴だが、そういうのは疎いからなー。
僕としては応援したいところだが、翔にも寧々ちゃんにも立場ってものがあるからな。まあすんなりとはいかないかもしれん。
「…………!」
とかなんとか考えていた僕の耳を突如貫く撃音。
それはおそらく、銃声。
「きゃっ!」
いきなり聞こえた銃声に身を縮こませる寧々ちゃんと、それを庇うようにさっと立ち上がる僕。
なんだ!?
何が起こったんだ!?
今日この日僕の日常が崩壊してしまうということに、この時の僕はまだ気づいていなかった。




