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榛葉昴の銀幕  作者: ペポ
第Ⅱ章 冬峰学園編入編
33/36

031 考え無し


【秋宮雅視点】



 あたいは榛葉の横に立ちながら、渥美を睨む。館林はきっと榛葉が抑えてくれる。そう信じて、あたいは目の前の宿敵ライバルにだけ集中する。


 榛葉は凄い奴だ。


 あたいは心からそう思う。ついこの前転校してきたばかりだというのに、既にクラスに馴染み、しかも男子嫌いの姫奈とまで交友を築いてしまった。あたいじゃどうすることもできなかった姫奈の心の壁を、容易く乗り越えてしまったのだ。ずっと姫奈の事を見てきたあたいには、それがどれだけ凄い事かがよくわかる。


 それに、気が弱くていつも逃げ腰な癖に、喧嘩になるとなぜか頼りになった。榛葉が転校してきた日に風紀委員と揉めた時は、何度奴らに潰されたってタフに立ち上がりやがった。姫奈が暴漢に襲われてる時は、あたいよりも冷静に奴らを無力化した。


 今だってそうさ。


 榛葉が隣に立っているというだけで、こんなにも心強い。脳筋で考え無しなあたいの理想に賛同して、一緒に馬鹿をやってくれると言ってくれた。


 本当に大した奴さ。


 あいつには、不思議と人を引き付ける力がある。あいつを見てると、そんな気がするんだ。




「秋宮雅。いい加減にしてくれない? 私達も貴方の相手ばっかしてらんないのよね」


 あたいの眼前で三角定規を構えた渥美はそう言う。


「何度も言ってるじゃないか。あんたらが無能力者ノーマルへの武力行使を止めるって言うなら、あたいも大人しくなるんだけどね」


「……やっぱり相容れないわね。私だって何度も言ってるけど、風紀委員への反乱分子を叩き潰すことが、この学園の風紀を守るのよ」


「あんたが守りたいのは風紀委員会自身だろ」


 あたいが渥美を睨むと、渥美もあたいを睨み返してきた。


 あたいがロケット花火を構えると、渥美は三角定規であたいを指してくる。


 二人の間に緊張が走る。


 渥美は超能力サイキックであたいの思考が読める。だったらここで何かをチンタラ考えたって意味がない。相手より早く動いて早く倒す。考えるのはそれだけでいい。


「……渥美。今までのあたいと一緒と思わないほうがいいよ」


 あたいは手に持ったロケット花火を掲げて見せる。


 それはあたいがいつも使っていた販売用の派手な装飾の付いたそれではなく、もっと質素で造りが荒く、そして少し太かった。


「……確か貴方の家は花火職人の家柄でしたわよね?」


「そうさ。あたいがいつも持ち歩いているのは、全て自分で作ったものさ。将来花火職人になるための修業として作ったもの。つまり商売用のおもちゃみたいなもんさ。でも『これ』は違う。あたいが勝手に作った火薬量三倍の特性ロケット花火『燕雷』」


 藍色に塗られたそのロケット花火を、あたいは再び構える。


「もう一度言う。今までのあたいと一緒だとは思わないほうがいい」


 左手のジッポーライターに火を灯し、素早くロケット花火『燕雷』に点火。数瞬の後、激しい音と閃光を撒き散らしながら新型ロケット花火『燕雷』は飛ぶ。


「飛んでけ!」


 今までの比ではないスピードで飛ぶ『燕雷』を、しかし渥美は迎撃しようと試みる。あたいが火をつけた瞬間に動き始めた渥美は、あたいの花火が発射されるのとほぼ同時に三角定規をぶん投げた。


「打ち落としてくれるわ!」


 相手の思考が読める渥美だったがしかし、彼女の放った三角定規がロケット花火を迎撃することは無かった。人の腕力で投げられた物体よりも、数段速く『燕雷』は飛んでいた。


 激しい爆音とともに渥美付近に着弾するロケット花火。


「きゃっ!」


 渥美の悲鳴が聞こえるがその手を休める気はない。サッとポケットから取り出した黒い紐状の物体にも火をつける。点火を確認すると、それを渥美目掛けて放った。


「火薬量三倍特製ねずみ花火『熊鼠』。味わいな」


 屋上の地面に落ちたねずみ花火『熊鼠』は激しく火花を射出しながら猛回転し、渥美を足元から狙う。


 ロケット花火の被害から逃れた渥美は、続いて襲い掛かるねずみ花火をバックステップで躱す。


「貴方学園内でなんてもの持ち歩いてるの!? 風紀委員として粛清するわ!」


 あたいが続いてロケット花火に点火しようとしたところを、思考を読んだ渥美が鉛筆を投げることで牽制する。あたいが鉛筆を躱すと、それらは今まであたいがいたところに突き刺さる。


「コンクリに突き刺さる鉛筆持ってるくせに! 人の事言えないんじゃないのかい!」


 あたいの反論を無視し鉛筆を投げてくる渥美。それらは的確にあたいの行動先を狙っていた。完全に思考が読まれている。


 あたいは舌打ちしてねずみ花火『熊鼠』を一気に数個点火し、辺りにばらまく。少しでも奴の注意を逸らし、思考を乱さないと。


 地面で一斉に火を噴き出す『熊鼠』。あたいも渥美もそれらを回避するために一旦距離をとる。睨み合う二人。


「……あたいは諦めない。あんたんとこの委員長もぶっ倒して、絶対風紀委員会を潰す」


「貴方が大路委員長を? 無理に決まってるでしょ! あのお方は会長さえも圧倒するような学園最強のお方よ! だいたいどうして貴方がそこまで私達を敵視するのかわからないですわ」


「……気に食わないのさ。あんたらみたいに下の人間を足蹴りにするようなやり方が。自分達だけがよければいいみたいな考え方が」


 あたいの言葉を渥美は鼻で笑う。


「そう。じゃあやっぱり貴方と私は分かり合えないわね。絶対、貴方なんかにわからない。他人を傷つけてだって、自分達を守らなきゃいけない人の気持ちなんて……!」


 あたいはロケット花火を構える。


「……この超能力者サイキッカーが」


 渥美は三角定規を構える。


「……無能力者ノーマル風情が」


 二人は同時に動き出す。


「「図に乗るな!」」




 激しく飛び交う『燕雷』。


 それらを巨大な分度器で防ぎながら歩みを止めない渥美。そんな渥美の様子に業を煮やす。


「回れ!」


 あたいは複数個のねずみ花火『熊鼠』に点火し、渥美の足元に放つ。奴の注意を少しでも下に向けないと、あたいの必殺のロケット花火『燕雷』は命中させられない。そんなあたいの思考を読んだのか意地でも意識を上から離さない渥美は、とうとう『熊鼠』が散らす火炎を足元で喰らい始めた。それでも歩みを止めない渥美。どうする?


 このままじゃあたいの手持ちの花火が先に尽きる。そうすれば負けだ。打開策を考えないと……!


「どうしたの? もうお終い?」


 そんなあたいの思考を読んだのか、わざと攻撃を誘うように挑発してくる渥美。苛立ちは募るばかり。


「来ないなら私から行くわ!」


 巨大な三角定規(どこに持っていた)を構え、突進してくる渥美。その鋭利な角(30°の部分)が真っ直ぐあたいを狙う。


 まずい。あたいは攻撃スタイル上近接戦闘には向かない。自分の近くで花火を使えば巻き添えでダメージを喰らう。おそらくそんなあたいの弱点を見抜いたうえでの突進なのだろう。渥美は勝負を決めに来ている。どうするか。


「飛んでけ!」


 火を点けロケット花火を放つが、もともと目標の定まりづらいロケット花火は渥美には当たらず彼女の突進を阻むことが出来ない。あたいはバックステップで躱そうとするが、渥美の三角定規はあたいの腹部に直撃する。


「ぐっ……!」


 いくら三角定規とはいえ文房具なので体を貫いたりはしないが、あの鋭利な角での突きは相当に堪える。腹部に走る痛烈な痛みに耐えながら、あたいは気丈に笑って見せた。


「何笑ってるのよ」


 渥美は不可解に思うが、一旦敵の懐に入った以上あたいを倒すまでは距離をとらないつもりなのだろう。三角定規を問答無用に突き立ててくる。


「……もう考えるのは止めたのさ。いくらあたいが作戦考えたって、優秀なあんたにはお見通しだからね」


 あたいはポケットの中からありったけのねずみ花火『熊鼠』を取り出し握りしめた。


「もう何も考えない。あたいは体の動くままに動く。それだけで勝てるはずさ」


「私も見くびられたものね」


 渥美は三角定規を握る手に力を込め、あたいの身体を抉るかのようにグリグリと動かす。


「痛いでしょう? もう抵抗は止めなさい。これ以上私達の邪魔はしないと約束なさい」


「誰が言うか」


 あたいは左手に握るジッポーライターに火を灯す。右手に握ったねずみ花火を渥美に見せつけるように突き出す。


「泣きを見るのはあんたさ」


 あたいは火の灯ったジッポーライターを右手のねずみ花火の中に突っ込みまとめて全てに点火。激しく火の粉を散らし閃光を放つあたいの右手。


 尋常じゃない熱さ。


 だが耐えられないほどじゃない。


 火遊びには慣れっこだからね。


「ちょ、やめて……!」


 あたいのしようとしていることを察して距離をとろうとする渥美だが遅い。あたいは点火されたねずみ花火を握る右手を、渥美の身体に押し付けた。


 瞬間、右手に握られた全ての花火に火が行き渡り、一斉に激しくのた打ち回り始めるねずみ花火。その熱量も光量も耐え難いものであり、これがあたいと渥美を至近距離から同時に襲った。


「なんて真似を……!」


 二人の間で激しく爆発するねずみ花火。噴出する火花が二人を飲み込む――




 閃光が収まるのと同時に自らの意識が戻り、自分がまだかろうじて立っていることを認識した。それと同時に右手に焼けるような痛みが走るのを知覚する。内側から発せられるような熱い痛み。何度も経験したことのある、火傷の痛み。自分がさっきしたことを思い出し、当然の結果だなと自嘲した。


 あたいの目の前には誰も立ってはいなかった。その代わり、気を失って地面に倒れている人物が一人。四角い黒縁眼鏡をした真面目そうな女、渥美恭子だ。彼女の上半身の制服は黒く焦げ、その大半が焼け落ちてしまっているためにかなりあられもない感じの見た目になってしまっていた。そのことは何とも思わなかったが、制服の下の地肌に火傷は達していなそうだということにはほっと胸を撫で下ろした。いくら風紀委員の憎き敵だとはいえ、女子の肌を傷つけることには罪の意識を感じてしまっていたのだ。


 肌は女の命なのさ。


 あたいはショックで白目を向いて気絶してしまった渥美に対して一言。


「考え無しのやる事さ。読めなかっただろう?」


 あたいはそこで大きく息を吐くと、今だ戦闘が続いている榛葉と館林のほうへと意識を集中させるのだった。


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