029 榛葉昴の決意
放課後になった。
僕らとラティーシャは一緒に昼食を食べた後、そのまま教室に戻り普通に授業を受けた。僕らがラティーシャと一緒に昼食を食べたと聞いた時のクラス中の男子共の顔といったら。確かに見ようによっては僕が美少女三人と昼食を食べている図だからな。わかるけども。
昼食の時色々と話して分かったことだが、ラティーシャは本当に何にも知らないのだ。一般常識とかもろもろ。世間知らずというか、今までまさに箱入り娘といった感じで大切に育てられてきたんだろうと僕は思った。
そんな彼女だったから昼休みの時に、今日の夕飯も一緒に作って食べようかという約束を取り付けていた。世間知らずを自覚している彼女が不安になったりしないようにいろいろ教えてあげようという心遣いだ。当然秋宮と片桐も一緒。というか約束を取り付けたのは秋宮だ。僕と片桐はそれについて行くだけ。さすが秋宮だと言いたくなる。
というわけで放課後になり一緒に夕飯の買い出しに行こうかと思っていたのだが、気付けば教室にラティーシャの姿は無い。約束を忘れて帰ってしまったのだろうか?
「ラティーシャいないね」
隣の席で帰り支度をしながら片桐が言う。
「約束忘れて帰っちゃったのか、トイレとかに行ってるのか」
「でも席に荷物もないよ?」
片桐が示したラティーシャの席には、なるほど荷物は残っていなかった。
秋宮も僕らの席まで来て会話に加わる。
「約束破るような子じゃなさそうだったし、忘れちゃってるだけじゃないかい? もしまだ校内にいるんなら夕飯に誘ってあげようじゃないか」
秋宮はラティーシャの席の近くにいたクラスメイトに話しかけた。
「……なあラティーシャってもう帰った? どこか行くとか言ってなかった?」
尋ねられた女子生徒は考える素振りを見せる。
「どうだったかな……。あ、そういえば、なんか手紙を貰ったから屋上に行かなくちゃって言ってたような気がする」
女子生徒の言葉に僕らは顔を見合わせる。
転校生であるラティーシャが受け取った手紙。
おそらくそれは十中八九『あれ』だろう。
「また風紀委員か……!」
僕らは急いで屋上へと向かった。
僕らが勢いよく屋上の扉を開けると、そこには予想通り先客がいた。気品漂う金髪の美少女・ラティーシャと、彼女を囲うように六人の男女。彼らの左腕には杜若色の腕章。風紀委員だ。
「お前ら!」
そこにいた風紀委員六人には見覚えがあった。
忘れられるわけがない。全員で寄ってたかって僕と秋宮をボコボコにしてくれた連中だ。四角黒縁眼鏡の渥美恭子とツンツン茶髪の不良男の館林欧堰、その他の四人もこの前と同じ面子だった。
状況を見るに、ラティーシャも僕と同じく賢者の鉄槌とやらを受けさせられそうになっていたところなのだろう。まだラティーシャに外傷はないようでひとまず安心した。
「ラティーシャ! 大丈夫!?」
「……秋宮雅様、私は大丈夫です」
秋宮がすぐに彼女に駆け寄り、無事を確認する。
「また貴方ですの秋宮雅。どうして毎回毎回私達の邪魔をするんですか」
呆れた様子の渥美恭子。
「あんたらが毎回毎回同じことするからじゃないか」
「これが私達の仕事なんですって」
秋宮は不機嫌そうに舌打ちすると、ラティーシャを連れて屋上を去ろうとする。
「ちょっと待ちなさい! まさか黙って帰られるなんて思ってないわよね? 私達の公務の邪魔をするっていうなら、それなりの覚悟をしてもらうわよ!?」
「上等」
秋宮はラティーシャを僕と片桐に預けると、自らは臨戦態勢で渥美達の前に立った。
おいおい、まじかよ。
僕はとりあえずラティーシャを連れて片桐が隠れている屋上入り口へと歩く。前みたいなこと始めるにしても、ラティーシャを巻き込むわけにはいかない。
「……えっと。ラティーシャ・アルマンドさん。本当に大丈夫? あいつらになんかされなかった? 具体的には鉛筆投げられたり砲丸ぶつけられたりとか」
「……? されてないです」
そうか、よかった。
「てかなんで呼び出されちゃったの? 手紙とかそんな簡単に信じちゃいけないよ?」
僕が言えたことじゃないけど。
ラブレターだとか勝手に勘違いして誘き出されちゃった僕に言われたくはないだろうけど。
世間知らずなお嬢様だから、疑うこととかも知らないんだろうな。
「いえ、お手紙の中身を拝見したら、ラブレターのようなものだと思いましたから、安全だと思いまして」
あんたもラブレターと勘違いしたのかよ!
そりゃあ貰ったこといっぱいありそうだしな!
「ぷぷぷ、榛葉君とおんなじだね~」
おい笑うな片桐。
「とりあえずラティーシャさんはそこで隠れてて。てか逃げて。ここは僕らが時間を稼ぐから」
「それではお二人が……」
申し訳なさそうな表情を浮かべるラティーシャ。
「大丈夫。僕けっこう頑丈だから」
「そうそう。榛葉君に任せておけば大丈夫だよ。だってこの前も私のこと助けてくれたんだもん」
なぜか胸を張る片桐。
僕はそんな片桐の様子を見て苦笑する。
そうだな。
僕だって内心風紀委員の連中の事許せないって思ってるんだ。前は自分の事だったから我慢したけど、今回は友達のことだ。我慢できない。風紀委員は怖いけど、秋宮の言う通り彼らをこのままにしちゃいけない気がする。誰かが止めないと。
しゃーない、僕が何とかするか。
秋宮と一緒に反風紀委員やっちゃうか。
我ながらどうして自分から茨の道に足を突っ込むのか理解できないや。でも、やっぱり自分の心には正直に生きたいと思うんだよ。
「片桐、今回も協力してくれるよな?」
「だが断る」
思いがけない片桐の返答に言葉を失う僕。
「なんで!?」
「私そういうんじゃないもん。いい? 私は電脳世界を闊歩する最強無敵の絶対支配者。電脳世界の宵の支配者たる私の矜持は、直接手を下さない事。覚えておいてねっ」
とドヤ顔で語る片桐。
「……この前だって直接じゃないじゃん!? ヘリコプター操縦してただけじゃん!? 今回もあれでいいよ!?」
「私の自慢の回転式不死鳥が傷つくから嫌」
非協力的―。
まあいいや。
『この前』みたいな目に遭ってほしくないし、僕と秋宮でやろう。
「私、ラティーシャと一緒にここから見てるね!」
片桐とラティーシャは屋上の入り口から顔だけ覗かせて僕らの様子を見ているようだ。とりあえず安全そうだからそれでいいとしようか。
僕は制服の上着を脱ぎ去りながら、渥美達と対峙する秋宮の側へと寄る。秋宮も手にロケット花火を構えてやる気満々といった様子だ。
「ラティーシャは?」
「片桐に預けた。入り口んとこで見てる」
屋上の入り口にチラッと目線をやった秋宮ははぁーとため息をつく。
「……まあいい。榛葉、あたいは今度こそ我慢の限界だ。転校したての女の子を寄ってたかって苛めるなんてのはクズ野郎のやることさ。あんたが協力してくれなくたって、あたいは絶対風紀委員会をつぶす」
「女の子があんま物騒なこと言うなよ」
秋宮が批判的な目線を向けてくるが、無視して続ける。
「でもまあ、僕も自分に嘘つくのは止めることにしたよ。気に食わない奴は気に食わない。それでいいんだ。仕方ないから秋宮の野望に付き合ってやる。僕と秋宮、二人で風紀委員会をぶっ潰してやろうぜ」
僕はそう決意した。