028 金髪の美少女
滝沢先生の言葉に湧き立つクラス。
だが次に続いた滝沢先生の言葉に、クラスの特に男子はさらに湧き立つのだった。
「……静かに。ちなみに今回は女子生徒だ。しかもかなり可愛い。喜べ男子共」
「うおぉぉぉ!」
クラス中に響く低い歓声。男子共は猛る。
おい教師、その生徒の紹介の仕方はどうなんだ。
「うるさいね。そんなに可愛い娘がいいもんなのかい」
騒ぐ男子を呆れた様子で眺める秋宮。
「榛葉もやっぱ嬉しいもんなのか?」
秋宮にそう聞かれて戸惑う。
確かに可愛い女の子が来れば嬉しいだろうけど……。
僕の目線はなんとなく隣の席の片桐のほうへと向かう。
「……ぐぅ……ぐぅ……」
ホームルームは始まったばかりでしかも周りがこんなにうるさいというのに、片桐は早くも机に突っ伏してスヤスヤと寝息を立てていた。
学園生活に興味無さ過ぎだろ!
転校生なって学園最大のイベントと言っても過言じゃないというのに!
どんだけネトゲやり込みたいんだよ!
「はい、じゃあさっそく入ってきてもらいましょう。男子共、拍手!」
滝沢先生が声をかけると教室の扉が再びガラッと開いた。
男子から割れんばかりの拍手が鳴り響く。
「…………!」
僕は彼女を見て息を呑んだ。
まるで絹のように滑らかな金髪を自然に伸ばした異国の美少女。その威風堂々とした物腰に圧倒され、その深い森を思わせるエバーグリーンの瞳に吸い込まれそうになる。全体的に気品漂うただならぬ存在感。
まるで物語の中のお姫様みたいだ、と僕は思った。
美しすぎる。
圧倒的だ。
いつしかクラスは静まり返っていた。滝沢先生以外は皆口をぱっくりと開けて拍手することも忘れていた。見惚れてしまっているのだ。その気持ちはよくわかる。
金髪の美少女は静かに壇上に立つと、恥ずかしそうに少し俯きながら口を開いた。
「……は、初めまして。私、ラティーシャ・アルマンド、と言います。に、日本には長く居ますので、日本語は上手に喋られると思います。家の事情でこのような時期の、て、転校になってしまいましたが、一生懸命勉強に励もうと思っていますから、み、皆様、大変よろしくお願いします」
少したどたどしいながらもしっかりとした日本語で自己紹介を終えた気品漂う金髪の美少女・ラティーシャは、自分の自己紹介が終わってどうしたらいいのかわからず目をあちこち泳がせている。
なんとも可愛らしい。
あの見た目でその挙動は反則ではないか。
「よし自己紹介は終わったか。皆もわかった通りラティーシャは日本人じゃないが日本語はほとんど不自由なく話せる。ただまだ日本には完全に慣れてるわけじゃないらしくてな、当たり前のことも知らない場合がある。そんな時も皆優しく教えてあげるように」
滝沢先生がクラス中にそう告げると主に男子から「うおぉぉぉ!」という雄叫びが上がった。さっきから男子共は唸り声しか上げていない気がするのだが気のせいだろうか。
ラティーシャはそんな雄叫びに少し戸惑いながらも、クラス中に向かってぺこりと頭を下げた。そんな仕草がまた可愛い。
滝沢先生が示した席にラティーシャは座り、その日の朝のホームルームは終わった。
ホームルームが終わるとさっそくラティーシャの周りには人だかりができていた。主に女子。男子はそんな様子を羨ましそうに遠巻きに見ているのだった。
うちのクラスの男子は意外に奥手が多いようだ。
僕の目線も何となく彼女の方へと吸い寄せられる。
転校生特有の質問攻めに対して、真摯に答えているラティーシャ。その横顔を見ているだけで不思議な気分になる。なんというか彼女にはカリスマ性を感じるのだ。僕達みたいな雑種とは違って、彼女は血統書付きの犬みたいなものなのだ。高貴な血を受け継いでいるような気がする。
「……まったく皆浮かれ過ぎだ」
そんな様子を見ながら呆れたようにそう言う秋宮。
「なんだ秋宮嫉妬か? 自分があんな風にわーきゃー言われないからって……いてっ!」
そんな軽口を叩いていたら頭にげんこつ落とされた。
お前は僕のじいさんか。
「それを言うなら榛葉お前だって同じ転校生だったくせに、あんな風に質問攻めに遭わなかったのはどう思うんだい?」
僕はげっとなる。
痛いところを突かれた。
「……いいんだよ別に! 質問攻めとかめんどくさいだけだし!」
「強がるな。さびしかったんだろ?」
「……うん」
僕らはそんなことを話していた。
まさかあの転校生と接点を持つことになるとは、この時は思っていなかった。
昼休み。
僕が片桐と秋宮と三人で学食に向かっていた(全寮制の学園内には無料で食事がとれる学生食堂が存在していた。その他学園内の施設はかなり充実しているが、学園長の計らいにより学費がめちゃくちゃ高いということは無い)ところ、食道の入り口で一人立ち尽くす金髪の美少女がいた。
転校生、ラティーシャだ。
彼女はどうすればいいのかわからず立ち尽くしている様子だった。前の学校でもまさか学食で昼食支給なんて制度じゃなかっただろうし、戸惑ってるんだろうな。こんな設備はこの学園が異常なんだ。
「……というわけで助けてあげよう。行って秋宮」
「榛葉が話しかければいいじゃないのさ」
秋宮に窘められるが、僕はブンブンと首を振る。
「初対面の女の子と話すとか無理!」
「あたいや姫奈とは最初から普通に喋ってたじゃないか」
「それは、その、あんまり緊張しなかったというか……いてっ!」
再び僕の頭に落とされるげんこつ。
秋宮はそういうキャラでいくつもりなのだろうか。僕の頭が今後どうなっていくのか心配だ。
「はははっ、榛葉君ヘタレだね! 転校生の美少女なんて絶対何かのフラグなのに、話しかけないなんてもったいないよ?」
片桐はニヤニヤしながら僕にそう言う。
「そういう片桐が話しかければいいじゃんか。フラグとか立てたいんだろ?」
「美少女と美少女で立つフラグってどうなの? つまんなくない? どうせなら美少年と美少年がいいよねっ!」
「お前の趣味は聞いてねーよ! 早く行けよ!」
「無理だよ、私コミュ障だもん」
そんな僕と片桐のやり取りに業を煮やした秋宮がずいっと前に出た。
「二人ともいい加減にしないか。もうあたいがいくよ」
男らしくそう言い放った秋宮が転校生・ラティーシャの肩を叩いた。
「どうしたんだい転校生。わからないことがあったら何でも聞いてくれ」
ラティーシャは突然話しかけてきた赤い髪の女子生徒に驚いた様子だったが、逆にクラスの中で見た覚えがあったらしく、すぐにほっとした表情になった。
「……お、同じクラスのお方ですよね。大変助かりました。ランチを食べたいのですが、どうすればいいのかわからないのです」
「あたいは秋宮雅っていうんだ、よろしくラティーシャ。昼食を食べたい時はな――」
そう言った秋宮はラティーシャに食券の買い方(無料)や料理の受け取り方なんかを丁寧に教えていた。僕と片桐はそんな様子を呆然と眺めているだけだ。
秋宮のコミュニケーション能力すげー!
てか秋宮って基本面倒見いいよな。
なんだかんだ片桐の事もずっと見てあげてるみたいだし。
男らしくて美人だし。
将来いいお母さんになりそうだよ、うん。
「雅ってほんと可愛いよね!」
片桐は自慢げにそう呟く。
「まあそうだな」
「榛葉君もしかして雅のこと狙ってる? ダメだよ~。私の目が黒いうちはどこの馬の骨ともしれない男には雅の事渡さないんだからね!」
「お前は秋宮の親父か」
えへへとはにかみながら笑う片桐。
確かに秋宮いい奴だし魅力的だと思うけど、僕は――
僕の視線は自然に片桐へと吸い寄せられる。
「……ん? どうかした?」
「い、いやなんでもない」
僕は誤魔化すようにして秋宮とラティーシャのほうへと視線を戻す。
「お、おい僕らも二人のとこ行こう。せっかく転校生と仲良くなるチャンスだ」
「榛葉君も男の子だね~!」
からかう片桐を軽くあしらいながら、僕らは秋宮とラティーシャに合流し、そのまま流れで一緒に昼食を食べたのだった。




