026 家路の最中
僕ら三人は、今度こそ寮へと向けて帰路についていた。
憔悴しきった片桐を僕と秋宮で抱え、学園の敷地内へと向かう。途中、片桐は疲労からかウトウトし始めたので、仕方なく僕が片桐をおぶって歩くこととなった。ほどなくして片桐は、僕の背中でスヤスヤと眠り始めた。
よほど疲れていたのだろう。
「姫奈は、寝たか?」
「たぶんな」
だって背中にかかる重さがさっきまでの比じゃない。人間寝ている間は重くなると言うが、ここまでだったとは。見た目はかなり細く見えるんだが。
「本人には言うなよ。一応女の子だからな」
「わかってる」
正直思春期真っ盛りの僕としては、片桐の重さうんぬんよりももっとずっと意識せざるを得ない事柄があったりする。
か、片桐さん。
当たってますよ。
しかも綺麗な黒髪から何やら香しい香りも漂ってくるし。
僕はとにかく理性を保つのに必死だ。
「なあ榛葉」
僕が頭の中で己の煩悩と死闘を繰り広げているところに、秋宮の声がかかる。
ま、まさか僕の思考が読まれた!?
ち、違うんだ……!
やましい事なんて、ちょっとしか考えてないんだ……!
信じてくれ……!
「……片桐の左手の事なんだがな、クラスの奴らには秘密にしておいてくれるか?」
秋宮に言われて、僕はさっき見た片桐の左手の事を思い出す。黒く鈍く光る義手。可憐というか儚いという言葉で表現するにふさわしい彼女には、似つかわしくないその金属の手首。今は包帯で再び巻きなおされて見えないようになっているが。
「わかってるよ」
そう答えて黙り込む。
既に日は暮れかかっていて、辺りは夕焼け色に染まっている。僕の中で片桐のイメージはまさにその色だった。頭のリボンがオレンジ色でその先入観からかも知れないが、僕の中では片桐は、一日のうちでも一瞬しかないこの夕方を連想させるのだ。それは彼女の存在が僕の中ではどうにも儚げで、夕焼けと同じに感じてしまっているからなのかもしれない。
「あの手のこと、気になるか?」
「……気にならないと言ったら嘘になるな」
「そうか」
何かを決心した様子の秋宮は、片桐の左手について語ってくれた。僕が、それは話してしまってもいい事なのかと尋ねると、榛葉には知っておいてほしいと秋宮は答えた。
お前が許可するのかよ、と言いたくなったが、二人の間にはそれだけの絆があるということなのだろう。
「昔、と言ってもあたいと姫奈が小学生の時だが、そん時一人で街に買い物に行っていた姫奈は『ある事件』に巻き込まれた」
重々しい口調の秋宮から出た言葉。
『ある事件』。
片桐と秋宮、そして僕が小学生の時というと、ざっと5年以上前ということになる。その時に起きた『事件』というと……。
「……『南総クーデター事件』か?」
「そうだ」
『南総クーデター事件』とは、約9年前に起きた超能力者達による大規模なクーデターのことである。事が主に東京から千葉にかけて起きたことからこの名で呼ばれている。
僕は子供ながらにこの事件のニュースを見ていたのだが、それはもうひどいものだった。当時世界中に広がっていた超能力者達の不満が一気に爆発し、当時国内は大混乱になった。多くの死傷者が出たが日本政府はこれを何とか制圧することに成功した。しかしこの事件をきっかけに世界中の超能力者達が反乱を起こし、それに乗じて世界の治安は悪化の一途を辿っていった。そしてこの治安の悪化の末に起きたのが4年前の『第二次南北戦争』である。
まあ僕も歴史はあまり得意じゃないからこれ以上は説明できないけど、要するに片桐はそんな背景を持った『南総クーデター事件』に巻き込まれた過去を持っているというわけ、でいいんだよな?
「……あの事件で暴徒に片腕を切り落とされた姫奈は、その後小学校・中学校と酷いイジメを受けた。もちろん原因はあの『手』さ」
僕は背中の片桐のほうをチラリと見る。
あどけないまるで子供の様にスヤスヤと眠る彼女に、そんな暗い事情があったとは。
「まさか片桐がこんな厨二病的になっちまった原因って……!」
「いやそれは関係ないな」
さいですか。
あれはデフォルトらしい。
「……で、それから姫奈は人と積極的に関わろうとしなくなった。家に引きこもることも多くなって、昼間からネットに入り浸る日々を送っていたのさ。正直見ていられなかったよ。あたいは姫奈をイジメていた奴らを痛めつけてやったけど、それじゃあ姫奈の壊れた心は戻らなかった。姫奈の左手を奪った暴徒が男だったってことからか、姫奈は特に男に怯えていてね、学校にいる間もほとんど男子共とは口をきいてなかったよ」
僕は秋宮のその話に疑問を覚える。
「男子共とぜんぜん口きかないって、僕とは普通に口きいてるけど?」
「さあ? 男と思われてないんじゃないの?」
ひどいな。
それを言う秋宮がひどいな。
「そんな姫奈がさ、今日転校してきたばっかの奴、それも男子と喋ってたんだよ? あたいがどれだけ驚いたことか!」
秋宮は嬉しそうにそう言った。
「……たまたまだろ」
そう、たまたまだ。
僕が東雲少尉と戦闘しているところを偶然彼女に見られ、それがキッカケになって話し始めただけに過ぎない。
「そうか、たまたまか。でもたまたまでもなんでもいい。榛葉と喋ることで姫奈の男嫌いが少しでも緩和されて、クラスにもなじめるようになるってのがあたいの理想さ。だから、これからも片桐と仲良くしてやってくれないか? 頼む」
立ち止まった秋宮は、真剣な表情で頭を下げた。
僕と片桐が話すようになったのはたまたまだ。
それでも。
そんな偶然があったっていいじゃないか。
僕が何となく感じていた違和感。片桐がクラスに馴染めていないんじゃないかとは薄々感じていた。その背景を知ってしまったからには見過ごすことなんてできない。いや、例え彼女の過去がどんなものであったって関係ない。片桐はちょっと変わった厨二病患者のいたって普通の可愛い女の子だ。秋宮に諭されなくたってこれからも一緒にいるつもりだ。
「…………」
そういえば片桐は僕が国軍と戦っていた事、秋宮に話したんだろうか? 話してないと良いんだけどな。変に怪しまれたくない。
それに。
片桐とはもちろん、秋宮ともこれからも仲良くやっていきたい。
国軍とかメロディーラインとか、そういう世界には彼女達を巻き込みたくない。
そう思っている。
何もわからずテロリスト達に保護されて、その束縛から逃れるためにこの学園に来た僕だけど。
この学園生活を有意義なものにしたい。
ちゃんとした青春ってやつを送りたい。
その気持ちはちゃんとある。
「……秋宮、一つ聞きたいことがあるんだけど」
それにもう一つ、僕にはこの学園に来てやらなくちゃいけないことがあった。己自身が何者なのか知る為、ここでの学園生活の間にやっておきたいことがあった。
「なんだい?」
「秋宮はさ、青い刺青をした男の噂とか聞いたことあるか? 顔面に目立つのがドンってあるんだけど」
僕の話がいきなり過ぎたせいだろう、秋宮はよく意味が分からないという表情を浮かべている。
「刺青?」
「そうだ。なんとなく茨みたいな感じの模様のやつ」
僕が必死に手でその形を表現しようとするが、どだい無理な話である。僕の方をわけわからないみたいな表情で見てくる。
「その手の動きはよくわからないな。あたいはそんな刺青の奴に会ったことは無いし、噂も聞いたことないと思う」
「そうか……」
簡単に見つかるとは思っていなかったが、やっぱり少し落胆の色が隠せない。
「力になれなくて悪いな」
「別にいいよ。これからゆっくり探すから」
そうだ。ここでの学園生活は後二年ある。そのうちに何か手掛かりが見つかればいいんだ。
「何か大切な人なのか?」
秋宮は少し興味を持ったようで、尋ねてくる。
「……重要な人物ではあるな」
その辺は微妙にぼかしておく。
自分の正体が不明なんて奴、友達にしたいとは思わんだろうしな。
それから僕達は他愛もないことを話しながら学園内の寮へと戻った。
こうして僕は冬峰学園登校初日を無事に乗り越えたのだった。




