022 超能力(サイキック)
僕と秋宮を、渥美達6人の風紀委員が囲む。渥美なんて文房具を上段に構えて完全に臨戦態勢だ。
僕はふと秋宮に尋ねる。
「……秋宮、お前喧嘩とかできるのか? 怪我するかもしれないし、やっぱ下がってろって」
「あんたみたいなチビに心配される覚えはない」
「誰がチビだと!」
女子の中では背が高いであろう秋宮に言われると、的を射ているようでつらい。いやさすがに僕の方が背が高いんだが。
「こ、これから伸びるんだよ!」
「わかったわかった、だから泣くな」
「泣いてないわ!」
こいつ僕の事おちょくってるな。絶対いつか仕返ししてやる。
「とにかく、あたいのことは心配しなくてもいい。それより心配なのは姫奈だ」
秋宮は屋上の入り口の扉の所からこちらの様子を窺っている片桐のほうをチラッと見た。
「あいつはまったく荒事とかできないから、あっちには奴らを行かせるなよ」
秋宮は強い視線を僕の方へと向けてくる。
「わかったよ」
僕らは目の前に集中する。
「さ! 行くわよ!」
渥美の言葉をかわきりに、僕・秋宮と風紀委員による一戦が始まった。
まず動いたのは渥美。
「貴方方の風紀の乱れ、許せませんよ!」
渥美は両手に構えた鉛筆をものすごい勢いで放ってくる。そのうちの一本が僕の頬を掠り、裂傷が走ったのを感じる。もはや鉛筆ではない、弓矢だ。僕はそんな事実に戦慄する。
「届いてないね!」
僕はそれなりにいっぱいいっぱいだったが、秋宮はそれをバックステップで軽く躱す。そして回避の短い間に懐から何かを取り出し構えていた。
赤や青や黄色の派手な装飾。
いつの時代でも変わらぬ夏の風物詩。
そう、ロケット花火だった。
秋宮はそれを計4本右手に構え、左手に握られた金色のジッポーライターがそれらにさっと火を灯す。
「飛んでけ!」
ぴゅうぅーという独特の快音を響かせながら、ロケット花火は秋宮の手を離れて飛んでいく。
僕はその様を見て納得した。
彼女から漂ってきた火薬や煙の臭いというのはこれが原因だったのか。
ロケット花火を素手で発射とか、火花で火傷とかしないのだろうか。心配だ。
「効かないですわよ!」
デタラメな軌道を描いて渥美へと向かって飛んでいくロケット花火だったが、渥美は数本の鉛筆をロケット花火目掛けて投げ放ち、全てを的確に迎撃して見せた。
「なっ……!」
僕はその芸当に驚いて開いた口が塞がらないが、秋宮はふんと不機嫌そうにするだけで特に驚いた様子はない。
二人の攻防の後、『場』が一瞬止まる。
渥美は不敵な笑みを浮かべている。
「……秋宮雅。学園内で風紀委員に抵抗する数少ない生徒のうちの一人で、最も積極的かつ過激な活動を繰り返す厄介な存在。で・す・が、貴方一人では何もできないってこと、もう何度も教えたはずですわ! まだ理解できてないのかしら!」
渥美の言葉に、秋宮はどこまでも不機嫌そうだ。
「あたいだって何度も言ってる筈だよ。あんたら風紀委員の所業は許せないってね。あたいの目が黒いうちはこの学園で好き勝手させやしないよ」
秋宮はそう宣言するが、渥美達はその言葉に吹き出す。
「好き勝手させない? 私達を止めることもできないくせに、口だけは達者じゃないのよ!」
渥美は周りの他の風紀委員達に指示を出す。指示を受けた一人の男子生徒が僕と秋宮へと襲い掛かる。彼の手に握られているのは金属製のバット。いつの間に用意したのだろうか。
僕は彼を迎え撃とうと構える。
これでも伊達に榛葉流を齧ってはいない。得物は扱えなくとも、自分の体が自然と防御やカウンターの体勢へと移行する。僕は彼の目線・利き手・足さばき・重心の位置などから攻撃を予測し、回避に入る。
「避けさせねぇぜっ!」
そこからは驚愕だった。
僕が回避しようとした方向へと、彼の動きがシフトする。それも僕の動きを見てからではない。『僕の動きと同時に』彼の攻撃の方向が変化したのだ。
結果的に僕は自ら彼のバットの軌道上へと体を投げ出すこととになり、彼の大振りの金属バットをその身で受けることになった。
「あっ……!」
堪らず後方へと吹き飛ぶ僕。骨が軋むような衝撃に、思わず込み上がった胃の中のものを無理やりに飲み下す。地面へと体を投げ出された僕は立ち上がることが出来ない。
「榛葉!」
秋宮が駆け寄ってくれるが、僕は声を発することもできない。
「欧堰、よくやったわ! これで榛葉は終わりね。後は秋宮だけ。今日という今日は、心が折れるまで痛ぶってあげるわ!」
欧堰と呼ばれたバットを持った男子生徒は得意げな表情を浮かべる。僕なんかよりもよっぽどツンツンとした茶色の髪と両耳に開けられたピアスが特徴的な、なんとも不良ルックな奴だった。
「余裕だぜ。こいつ弱すぎ」
「榛葉昴、さっき秋宮が言っていたでしょう。風紀委員は超能力者の組織。つまり私達全員超能力者。貴方方みたいな無能力者じゃ話にならないのよ!」
そうだった。
つまり渥美のあの的確な迎撃も、欧堰とやらのあの常軌を逸した動きも超能力によるものというわけか。
そりゃあ強いわけだ。
「さあ皆! 一気にやってしまいましょうか!」
渥美の号令により再び風紀委員達の攻撃が開始される。
一人のガタイのいい男子生徒が鞄から何やら黒く汚れた重そうな球を取り出した。
あれは砲丸か。
おいおい、それ何に使うつもりだ!?
「ふがっ!」
男子生徒がそれをこちらに向けて放る。
彼によって投擲された砲丸は、力及ばず僕の手前で落下するかに見えたが、そこから何やらありえない軌道を描いて秋宮のほうへと飛んできた。空中で方向を変え速度を変え、まるで生きているかのような動き。どこかで見たことあるような。
その様に見入ってしまっていた秋宮は回避が遅れる。
「危ない!」
僕は無我夢中で起き上がり、秋宮の前で砲丸の軌道に立ち塞がった。
そのまま僕の脇腹へとめり込む砲丸。
「うっ……!」
そのまま地面に崩れる僕。
金属バットと砲丸のダメージで本当に立ち上げれない。
やばい。
痛すぎる。
「……今の動き、見たことある。念動力か……?」
メロディーライン11班の高坂班長が鎖を操っていた時も同じように生きているようなしていた。それと同じ類の超能力なのではないだろうか。
男子生徒は答えない。
「この!」
風紀委員の攻撃に耐えかねた秋宮が、再びロケット花火に火をつける。激しい火花を散らしながら欧堰とかいう男子生徒へと向かうロケット花火。
「飛んでけ!」
が、そのロケット花火は突如巻き起こった強い突風により進路変更を余儀なくされた。屋上の隅の方へと流されるロケット花火。
なんだ今の突風は?
見ると、渥美の後ろに隠れていたもう一人の女子生徒が両掌をこちらに向けていた。彼女が何かしたのだろうか?
「は、花火は私が封じます!」
「任せましたよ。僕はこれから彼を――」
僕が彼女の能力について思案していると、女子生徒と会話をしていた一人の男子生徒の声が突如掻き消えた。それだけではない。今まで聞こえていた周囲からの一切の音という音が掻き消えた。他の連中の声も、校内からの喧騒も、風の音さえも何も聞こえない。
僕はそのことを秋宮へと伝えようとするが、この音のない世界では自らが上手く喋れているのかさえも分からない。
僕は無音の空間に突き落とされた。
「――――!」
僕は必死に秋宮に伝えようとする。
何かされた、と。
だが、おそらく音にはなっているだろう僕の声も、秋宮には届いていない様子だった。まったく反応が無い。そればかりか秋宮も耳を押さえながら辺りの様子を窺っている始末。
これは。
にやりと笑う男子生徒。
「――――、――――」
奴に何かされたようだ。
僕も秋宮も周囲の音が全く聞こえない。
この無音の世界では、相手の動向の把握も容易ではないし仲間との連携だって難しいだろう。何より、今まで体感したことの無いこの無音の環境という状況が、不安として心を侵食していく。こればかりはどうしようもない。
呆然と立ち尽くす秋宮。僕はダメージの残る身体に鞭打って、再び立ち上がる。
風紀委員の連中は驚いている様子だった。
甘いね。
僕は体だけは丈夫なんだよ。
「――。――――、――――」
金属バット使いと砲丸使い、無音男に続いてもう一人。残り一人の男子生徒が動く。僕と秋宮の正面へと躍り出た彼は右の手のひらを僕の顔の高さへと掲げる。
「――――!」
秋宮の手から、激しい閃光を撒き散らしながら発射されるロケット花火。目の前の男子生徒へ向けたものだったが、再び起きた突風により打ち落とされる。
てか秋宮、お前それ何本持ってんの……?
「――――」
突如視界が白に染まる。
違う、花火とは比べ物にならないほど眩しい閃光が僕の視界を奪う。
くそ、状況はわからないが、どうせさっき手のひら掲げてた奴がやったんだろ……!
これじゃ何も見えない。何も聞こえない。ある意味完全に動きを封じられた。
と、突如体前面へと飛来する衝撃。先程までロケット花火を標的としていた突風が僕の身体を吹き飛ばす。三度地面に投げ出された僕の、回復を始めた視界の隅に同様に地面に転がされた秋宮の姿がちらりと映った。
二人仲良く屋上の床に投げ出されている。
完敗だ。
人数の差もあるが、彼らの連携と超能力というチートな能力のせいである種それ以前の問題だった。
あー、この圧倒的な敗北感、覚えがあるな。
確かあの時。
榛葉家が国軍に襲われて、そこから逃げる道中での東雲少尉との戦闘も、これくらいボコボコにやられた気がする。
あの時僕はどうやって挽回したんだっけ?
どうにも記憶が曖昧だ。
生き残るために夢中だったはずだ。
断片的な記憶。
そう忘れていた。確かあの時僕の拳から不思議な銀色の光が溢れ出てきて、それのおかげで奇跡的に勝てたんだった。どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。確か譲原基地で最初に目覚めた時には思い出したはずだが、その後のなんだかんだでうやむやに忘れてしまっていたのだ。
なんという致命的なミス。
あの変な光の事について鈴置班長とかに相談できるチャンスだったのに。あれだけ人がいれば誰かが何か知っていただろうに。
僕の勘だが、おそらくあれは超能力ではなかったように思う。もっと別の何か。僕の中にある一つの仮説があるが、僕は『それ』に関しての知識をほとんど持っていないから誰かに尋ねなければなるまい。
……と、また思考が横道に逸れてしまった。
今はこの状況をどうやって打開するかだ。
あの銀色の光が出せればなんとかなりそうな気もしないでもないが、まったくそんな気配はない。僕の掌は通常通り肌色で、当然光が溢れ出すなんて超常現象は起きていないし、起こせそうもない。
さてどうするか。
「…………」
ほぼほぼ回復しきった視界には、僕と同じように地面に投げ出された秋宮と、僕らの正面に立つ風紀委員の面々が映った。彼らは満足そうに僕らを見下ろしていた。
「貴方方がこれから私達に楯突かないというのなら、これくらいで許してあげようじゃないですか」
渥美が言った。
おお、そうか。僕はこの学園で波風を立てるつもりなんてまったくないし、当然風紀委員に楯突くつもりもない。ぜひとも寛大な措置をお願いしたい。
「……と言いましたが、どうやら諦めるつもりはないようですね」
僕は彼女の言葉の意味が分からないまま秋宮のほうを見ると、彼女はロケット花火を手に立ち上がろうとしていた。
おいおいおい!
せっかく許してもらえるっていうんだから、もう止めようよ!
「……ざけんな。あたいはあんたらのやり方が許せない。何度ボコボコにされたって、あたいの心までは折れたりしない。いつか絶対風紀委員全員をぶっ倒してやる。あのふざけた風紀委員長もだ」
秋宮の言葉に目を丸くした風紀委員の面々は、ゲラゲラと笑い出す。
「私達全員をぶっ倒す? 無理に決まってるじゃない! それに風紀委員長を倒すだなんて、あまりにも不遜だわ! あの方こそ! 私達の最高の指導者であり、絶対的なリーダーなのよ! はぁー! 私は死ぬまであの方について行くわ!!」
恍惚とした表情を浮かべる渥美。他の面々からも同じような雰囲気を感じる。どうやら風紀委員長は、委員の面々から随分と慕われているようだな。渥美のヒステリックはちょっと異常だが。
「さあて、そんな生意気をいう人には、もう少しお仕置きが必要かしらねぇ!?」
渥美は両手に三角定規を構える。
さっきから文房具を正しくない使い方しやがって!
「ふふふふっ……! この三角定規で、貴方にあんなことやこんなことを――」
ふと渥美の言葉が切れる。
風紀委員六人の視線が空に釘付けになる。
僕は感じた。
何かが、来た。